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才能を潰すな!16歳の静かな怒り

 スライドが静かに切り替わった。

 

「ここからは、少しだけ時間を遡ります。

 ――日本という国が、才能とどう向き合ってきたか。」

 画面が変わる。

 江戸の街並み。草木に囲まれた工房の絵。

「平賀源内。

 エレキテルを復元し、地熱発電を構想した人。

 でも彼は、身分制度の外側にいた。

 理解されず、‘奇人’と呼ばれ、獄中で亡くなりました。」

 一拍置き、次のスライド。

 

 会場が静まる。

 巫鈴の声だけが響く。

「私は思うんです。

 この失敗のミニチュアが、いまの教室にもある。

 一斉授業。画一評価。質問は放課後。

 出しゃばると笑われ、黙れば褒められる。

 ――まるで才能を均すための装置みたいに。」

 巫鈴は一度、観客席をゆっくり見渡した。

「私は、もう次の源内を待たせません。

 天才や奇才が“普通”に学べる教室を作ります。

 闘いではなく、設計で。

 怒りではなく、責任で。

 空気を責めず、仕組みを変える。」

 風が講堂を通り抜け、吊るされた風鈴がひとつ鳴った。

 巫鈴は静かに言葉を結ぶ。

「失敗の連鎖は、ここで断ちます。

 ――教室から。」


——巫鈴が壇上を降りた。

照明の熱がまだ頬に残っている。

舞台袖の薄暗がりを抜けた瞬間、そこに翔吾がいた。


彼は言葉より先に動いていた。

震える両手で、巫鈴の手を握る。

その指先が、信じられないほど熱かった。


「す……すごかったです……」

掠れた声。涙をこらえるような笑顔。

「途中で……胸が、ぎゅって……。

 でも、最後に“教室から”って言った時……本当に……届いた気がしました。」


巫鈴は一瞬だけ、目を伏せた。

掌の中の震えが、自分の震えと重なる。


「……ありがとう。数えてくれた日々が、今日に繋がったのよ。」


翔吾は、慌てて首を横に振る。

「ぼ、僕なんか……!」

「“僕なんか”って言葉、今日から禁止。」

巫鈴が小さく笑った。


そこへ、萌花が息を弾ませて駆け込む。

「巫鈴っち、最高だった! てかあの会長とのやり取り、ドラマかと思った!」

 ズーハンが腕を組み、「GG、演説ってより作戦会議だった」と呟く。

 翔吾は真っ赤な顔のまま、小さく「ぼ、僕……この部にいていいですか」と言った。


巫鈴は、彼の手を軽く握り返しながら答える。

「もう、とっくに仲間でしょ。」


廊下の窓から、九月の夕陽が差し込む。

オレンジ色の光が三人の影を伸ばし、講堂の中からはまだ拍手の余韻が漏れていた。


巫鈴は一度だけその音に振り返り、静かに言った。

「……次は、制度の番ね。」


その声に、翔吾はまっすぐ頷いた。

拍手の向こうで、未来の音が確かに鳴っていた。


翌朝。

曇りと晴れの境い目みたいな光が、廊下に細く伸びていた。


巫鈴が教室の戸を開ける。

ガタリ、と椅子の音。何人かが一瞬だけ顔を上げ、すぐに視線をノートへ落とす。


「おはよう、翔吾くん。萌花。ズーハン。」

淡く笑いながら、巫鈴は自分の席へ向かう。

三人がそれぞれ頷く。萌花は少し誇らしげに、翔吾は緊張を隠せず、ズーハンは「GG」と短く返す。


その瞬間だった。

教室の空気が、わずかにざらついた。

見えない粒が、漂い方を変えたような気配。


黒板の前で教師がプリントを配り、後ろのほうで誰かが小声で囁く。

「昨日の……見た?」

「会長が拍手してたってよ」

「てか、なんであの子が壇上に?」

机の間を風が通り抜けるような、そんな声たち。


巫鈴は筆箱を静かに机に置き、教室全体を見渡した。

冷たい敵意でも、あからさまな称賛でもない。

ただ、観察されている。

――これが、変化の匂い。


前の席の女子が、そっと消しゴムを拾って差し出す。

「昨日の……よかったよ。」

その声は小さく、でも確かに届いた。


巫鈴は受け取りながら、微笑んだ。

「ありがとう。」


後ろの窓際、翔吾が胸の前で小さくガッツポーズをつくる。

萌花がそれを見て笑い、ズーハンは「GG、空気の重さが一グラム軽い」とぼそり。


巫鈴は少しだけ息を吸い、窓の外に目をやった。

曇り空のすき間から、一本の光が差し込んでいた。


――圧はまだある。

でも、その下に小さな共鳴が芽を出している。


巫鈴は静かに席についた。

今日の空気は、昨日までの続きではなかった。

プレゼンの当日には萌花が文化部のアカウントで動画を上げた。

 タイトルはシンプルに――

 「伊勢野巫鈴 学校改革プレゼン」。

 夜のうちに、再生数は十万を越えていた。

 コメント欄は、ただの賞賛ではなかった。

 どの言葉も、どこか痛みを帯びていた。

「中学で浮いた私を“変な子”と切り捨てたのは教師でした。

でも、あなたの言葉で、自分が間違っていなかったとわかりました」

――元研究者(34)

「音楽より“就職”を選べと言われて、夢を捨てた。

あの日の自分を思い出せた」

――元ピアニスト志望(26)

「学校に馴染めなかった子が、あなたみたいな存在に出会えていたら、

人生は違ったと思うんです」

――町の図書館員(42)

 名前も肩書きも、バラバラだった。

 けれど、どの言葉にも同じ匂いがあった――

 かつて声を失った人たちの、再起の匂い。

 スマホの画面を見つめる巫鈴の手が、わずかに震える。

 涙ではなく、鼓動が速くなる。

 彼女の中で、何かが確かに変わった。

 モノローグ。

「私が戦っていたのは、過去の私だけじゃなかった。

声を上げられなかった、あらゆる“異端”の魂。

それが今、私に力をくれている。

なら――私は、もう止まらない。」

 画面の光が、巫鈴の頬を照らす。

 コメントが流れ続ける。

 その一つ一つが、まるで拍動のように世界を照らしていた。


放課後の部室。

カーテン越しの夕陽が、オレンジの粒になって机の上を泳いでいた。

スマホを囲む全員の顔が、その光に照らされている。


萌花が満面の笑みで画面を掲げた。

「見て見て、コメント四千超えてる!」

シャオは身を乗り出し、目を丸くする。

「パォォ……すごいですぅ! みんな巫鈴ちゃんの言葉に泣いてる!」


勇馬は腕を組んだまま、口角を上げた。

「社会の“空気”まで動かしたな。…おそろしい後輩だ」

「褒めてるんだよね?」と巫鈴。

「もちろんだよ」勇馬はあっさり答える。


琴美は画面を覗き込みながら、しみじみとつぶやいた。

「『もう一度勉強したくなった』って人、多いね。なんか、教育番組より教育してるじゃん」


沙羅は手帳にペンを走らせながら言う。

「数字も伸びてる。拡散率このペースなら、週末には二十万再生。

 ……でも、すごいのは数字じゃないわね。」

「声、だね」美優が柔らかく言う。「ひとりひとりの“ありがとう”が、本気で伝わってる」


ズーハンは静かにクーラーボックスを開けた。

中には、冷えたゼリー。

「GG……祝いだ。沈黙を壊した日として、乾杯。」


クラッカーの音が軽く響く。

紙テープが舞い、笑い声が弾ける。

それでも巫鈴だけは、少しだけ遠くを見るような目をしていた。


「……みんなが動いてくれたおかげ。でも、これは始まりにすぎないわ」


萌花がにやりと笑う。

「巫鈴っち、そういう顔のときが一番ワクワクするんだよね」

シャオが続ける。「パォ! 文化部の戦いは、これからですぅ!」


真平が湯呑を掲げた。

「静かに、だけど確実に燃えてるな。あの動画――ただの記録じゃない。

 火種だよ。」


その言葉に、全員がうなずいた。

風鈴が小さく鳴る。

夕焼けの光が、部室の奥まで伸びていた。




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