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共に創るという戦い

――朝の図書室。

共有ノート制度が導入されてから三日。巫鈴は、朝の誰もいない静かな時間を使って、生徒たちの書き込みを読み返していた。

『先生が、私の目を見て話してくれた。』

『今日の授業、はじめて発言できました。』

『……でも、あの先生はノートを見た後、私の名前を呼ばなくなった。』

巫鈴の目が止まる。そこには、明らかな選別の影が落ちていた。

「……予想通りね」

背後から聞こえた声に、巫鈴は振り向いた。

「おはよう」市子だった。

「共有は、透明性じゃなくて、弱者の立場を見せる危険もある。記録は力だけど、同時に武器にもなる」

巫鈴は静かに頷く。

「でも、今さら後には戻れません。すでに、見てしまったから」

市子は苦笑した。

「なら、帳簿の監査に入る必要があるわね。誰が、何を書き、何を書かせなかったのかを」


――職員室。

「これが、記録の読み取り方だとでも?」

再教育協議会の新しい顔ぶれ、佐藤が提出されたノート抜粋を机に叩きつけた。

「生徒の一方的な主観を教育データにする気か? ふざけてる」

「数字に置き換えられない信頼を可視化することが目的です」

そう答えたのは、家庭科の岡村だった。声は震えていたが、目は逸らさなかった。

「くだらん」岸田が低く吐き捨てる。

「問題児の告白を集めて教育した気になるな。……この制度、崩す方法はある」

「制度を守るには制度を使え」

岩田がメモを見せた。そこには運用不備による教育支障の項目。

「提案します。『共有ノート制度における教師の業務圧迫・精神的負担に関する協議』を開くべきだと」

佐藤が頷く。

「やり方は間違えない。制度の見直しという建前で進める。……あの生徒のように、真正面からはやらない」


――放課後、文化部室。

「やってきたわね、正面からじゃない潰し方」

翔吾が資料を読み上げる。

「業務負担増生徒の主観による名誉毀損の恐れ教師側のメンタルリスク……完全に制度そのものを叩きに来てる」

「でも、これは予想してた通り。ここからは、【読み解き】のフェーズよ」

巫鈴はそう言って、ノートを開いた。

「私たちが収集した記録を、『批判』ではなく『共創』として提出するの。先生と一緒に創った授業として可視化する」

「つまり見守りを協力に置き換えるってことか」

沙羅が理解する。

「教師を敵にするんじゃなくて、教師を主体に戻すんだ」

琴美が頷く。

「なら、次の武器は感謝だね」


――翌週、校内掲示板に張り出された新しいポスター。

『先生にありがとうキャンペーン』

「この授業が面白かった!」「このとき助けてくれた」など、共有ノート内の感謝記述だけを集めた内容だった。

「ふざけてるのか……?」

職員室でそれを見た大河原の眉がひくつく。

「いや、これは……皮肉じゃない。本当に喜んでる声だ」佐藤が表情を曇らせる。

「記録が、生徒の味方だけじゃなく、教師の味方にもなった?」

「くっ……!」


――昼休み。生徒会室。

「やられたな……」

生徒会副会長が資料をめくる。

「教師の圧力を暴露してきたと思ったら、今度は感謝で全方位包囲。……やっぱり伊勢野巫鈴、タダ者じゃない」

会長は沈黙のまま、うっすら笑みを浮かべた。

「――さて、どっちにつくべきかね」


――夜。

社会科準備室。

「改革の次は、共創か。……やっぱり教育という言葉を知ってる」

市子はポスターを見つめながら、ひとりごちた。

「風が嵐じゃなく、空気の通り道になっている……」

彼女の手には、一枚の報告メモ。

《数学・西脇、国語・相沢、保健・志水、美術・竹内、家庭科・岡村、理科・塚本、歴史・市子 ――協力継続中》

市子は息を吐き、窓を開けた。

夜風が、そっと髪を揺らす。

「次の段階は、教師と生徒の共闘ね」


巫鈴のノートに、新しい文字が書き込まれる。

『提案:協働授業週』

教師と生徒が一緒に授業を創る、共育週間。

記録だけではない、未来を語る授業。

その風は、またひとつ、学園に通いはじめていた。


――朝。

校門に貼られた新しい掲示には、こう記されていた。

『今週より、共育週間を開始します。すべての授業は、生徒と教師の対話を軸に構成してください。』

いつものように登校した巫鈴は、その紙を一瞥し、小さく頷いた。

「……始まるね」

隣でスマホを構えた翔吾が、掲示を写真に収めながら言う。

「教員サイドの反応、半々って感じです。灯の会の先生は喜んでるけど、無反応派と冷笑組は相変わらず」

「数字じゃ測れない部分こそ、記録していかないと」

「それが共育ってことか」

巫鈴は歩き出しながら、軽く笑う。

「教育じゃない。共に、育つの。教えられる側が受け身でいる時代は、終わりにする」

昇降口を抜けた風が、静かに髪を揺らした。


――一時間目。国語。

担当は、灯の会の相沢先生。

今日は生徒からの質問を中心に、授業が展開された。

「では、『山月記』の臆病な自尊心って、現代で言うとどういう状況でしょう?」

巫鈴が手を挙げる。

「たとえば、改革に賛同したいけど怖くて言えないっていう今の学校の空気。あれも、臆病な自尊心の一種です」

相沢は一瞬、目を見開き、それから穏やかに笑った。

「……素晴らしい。じゃあ、その自尊心を超えるには?」

「誰かが最初に恥ずかしくても言うことです。正解じゃなくても、言葉にする。それが空気を変えるきっかけになる」

その言葉に、教室の空気がやわらかくなった。

板書の横に、新たな言葉が加わる。

『臆病な自尊心』→『声に出す勇気』

巫鈴は、心の中で呟いた。

(この一歩が、何人を救えるか……)


――昼休み。日ノ本文化部室。

「共育週間、反応どう?」萌香が問うと、シャオがタブレットをスクロールしながら答える。

「コメント投稿数、昨日の三倍。特に、英語の授業で生徒の発音に先生が拍手してくれたって話がすごい数の共感取ってる」

ズーハンがサンドイッチを持ったまま続ける。

「でも、岩田先生のクラスは共育の名の下に無理やり指名して、間違えたら点引くとか言ってる」

沙羅が静かに言う。

「改革の波に見せかけて、抑圧を強める……最悪の変質ね」

「問題は、言葉だけ改革が増えてること。外見は変えて、中身は同じまま」

巫鈴がうなずく。

「次に必要なのは、評価の透明化。授業中に起きたことを、先生も生徒も記録して、照らし合わせる仕組み」

「さらに一歩踏み込むんだね」と翔吾。


――その夜。職員会議室・非公開の別室。

再教育研究会の再編メンバーたちが集まっていた。

「共育だの、共有ノートだの……形を変えても制御できない生徒はいる」

「ならば、制度を潰すんじゃなく中から乗っ取る。表向きは賛同、裏では誘導」

「改革疲れを教師たちに感じさせればいい。生徒に優しくしても裏切られる……そう印象付ければ、抵抗は自然と広がる」

静かに進行する逆改革のプラン。

だが、その動きすら――すでに巫鈴は察知していた。

「そろそろ制度を作った責任を問われる側になる」

文化部室の片隅で、巫鈴がノートに記す。

『制度は完成して終わりではない。制度の運用者こそが、次の戦線になる』


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