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数字という檻


 巫鈴は静かに登校していた。

「おはよう、シャオ。ズーハン、翔吾くんも」

「パォ~! 巫鈴、今日の髪型いつもより攻めてるです!」

「ズーハンはその服、また改造したのか?」

「当たり前だろ、制服文化に個性の尊厳を!」

「……あはは。翔吾くん、変なノリに巻き込まれてない?」

「もう慣れました。文化部の朝はいつも、エネルギー値が高い」

何気ないやり取り。そのすべてが、巫鈴にとっては戦いの前の静けさだった。


■一時間目

英語教師・樋口が、いつもより不自然なほど早口で進める。

「訳は飛ばします!次、文法。板書写す時間?甘えるな!」

生徒たちが目を見開き、教室の空気が緊張する。

巫鈴は静かに手を挙げた。

「先生、内容が飛びすぎていて……」

「文句があるなら、自分で予習してこい!優等生さんなんだからよ!」

黒板のチョークがパキンと折れる音が、異様に大きく響いた。

巫鈴はその一言で悟った。

(――これは、明確な敵意)


■二時間目

国語の杉山。

古文を読み上げる声が妙に抑揚に欠け、抑制された熱のなさが逆に不気味だった。

「あはれの解釈?君たちの主観なんて要りません。これは入試の点数になるかどうか、それだけです」

生徒たちがざわめく。

「……あはれって、心の機微のはずじゃないの?」

「言わせんな。数字にならん感情なんて、この学校には不要ってことだよ」

誰かがぽつりと呟いた。

巫鈴は唇を噛んだ。

(こうやって、数字の檻に閉じ込めてきたのか)


■三時間目

理科の山中。教師としての温厚さでは知られた人物だったが――今日は違った。

質問が出ても、無言。板書をしながら、生徒をまったく見ない。

注意した生徒にも「はい、以上」とだけ。

(――黙認型。目を逸らすことで、責任を回避している)

その姿勢が、巫鈴にはいっそう苦しく感じられた。


■四時間目・五時間目

次々と現れる異常な空気の教師たち。

小テストの答案をクラス全員の前で晒す者、教科書にない問いを延々と投げ続ける者。

「授業に参加できないのは、自己責任です」

「正解だけ覚えればいい。あとは無駄なノイズだ」

言葉が指導ではなく、暴力に変わっていた。


■昼休み

「なんか、先生たち今日こわくない……?」

「わざと嫌がらせしてる感じ、しない?」

巫鈴の耳に、いくつもの声が入ってくる。

翔吾がそっと近づいた。

「記録、取ってます。あきらかに異常値。発言数、遮り、指名偏り、全部」

「ありがとう。……やっぱり、始まったね」


■放課後・文化部ミーティング

部室に集まった一同は、重い空気を共有していた。

「完全に来てるね、教師側の静かな反撃……!」

沙羅が腕を組む。

「でも巫鈴は正面から戦ってる。私たちが守らなきゃ、誰が守るのよ」

琴美が言い切る。

美優が湯呑をそっと出しながら、囁くように言った。

「私たち、声を上げることはできるよね。――生徒の味方は、生徒しかいないって、巫鈴ちゃんが教えてくれたから」

巫鈴は静かに頷いた。

「数字で檻を作るなら、数字で証明してあげる。……それが、私の戦い方」

ズーハンが拳を掲げた。

「なら、統計データとグラフ、全部オレに任せろ!」

シャオが笑顔で続ける。

「パォ~! だったらシャオは動画作るです~!」

笑いと熱が、再び部室に灯る。

巫鈴の視線は、まっすぐ前を向いていた。

(――戦いは、続いている。だけど、私はひとりじゃない)


 文化部の部室には、重苦しい空気が漂っていた。

 琴美がプリンターから出力した資料を机に並べ、美優が湯気の立つお茶をそっと全員に配る。

 そのどれもが、今日一日で教室内外から集められた「異常」の記録だった。

「……想像以上だわ」

 沙羅が目を伏せたまま言う。

 「1年だけじゃない。2年も、3年も――反撃が始まってる」

 ズーハンが重い口を開いた。

「うちのクラスも。今日いきなり漢文の小テストがあってさ、問題が事前に配られてないプリントからとか意味不明だった」

「私のとこは、数Aの授業。先生がクラス内平均点が60点切ったら全員居残りって」

 そう報告したのは、同じ2年の美優だ。

 「しかも、評価比率の変更は校内試験の成績重視に戻しますって……暗黙のうちに言われた」

 真平も額に手を当て、深く息を吐いた。

「3年の俺らのとこも例外じゃない。参加点廃止で、通知表は定期テスト一本って宣言された。……明らかに数字で支配するやり方に戻してきてる」

 巫鈴は、静かにそれを聞いていた。

 眉根を寄せるでも、怒りをあらわにするでもなく。

「……あのさ」

 ズーハンが口を開いた。

「これ、先生たち全体の意思なの? それとも一部が勝手に……?」

 沙羅が首を振る。

「上層部――校長と理事長は、試験導入に理解を示してる。今朝、職員会議でも放課後の見回り中止は通達された。でも――その後だよ。反発が強い一部の教師が、自主的に動き出してるの」

「つまり、沈黙のクーデターってこと?」

 萌香が低い声で呟いた。

 部室が凍りついた。

 その中で、巫鈴だけが立ち上がる。

 窓の外には、沈みゆく夕陽。

 彼女は振り返り、いつもの調子で言った。

「――面白いじゃない。なら、徹底的に記録しよう」

 全員が目を見張る。

「彼らがどれだけ数字で縛ろうとしたか、こちらも数字で示してやる」

 巫鈴の声は静かで、しかしはっきりと力があった。

「テスト内容、配布プリントの有無、授業の進行、口頭での圧力。全部、記録する。そして比較する。前と、今でどれだけ違うのか――」

「記録って……具体的には?」真平が尋ねた。

「翔吾くんに報告フォームを作ってもらう。日付と授業、教師の言動と内容をチェックリスト化する。匿名で投稿できる形にして、全学年で共有する」

「……それ、すぐできるかな?」

「できます」翔吾が即答した。

「彼らは数字という檻を作って、私たちを閉じ込めようとしている。でも、それは逆に――彼ら自身を測る道具にもなる」

「測ってどうするの?」琴美が不安げに聞く。

「……数字で縛るってことは、数字で問われるってことよ」

 巫鈴の目に、一瞬、鋭い光が宿った。

「こちらが動かなくても、データが教師自身の矛盾を示し始めるわ。記録は武器になる。そして、沈黙は共犯よ。そう思わせていく」

 その言葉に、部員たちがゆっくりと頷き始める。

「やるなら、徹底的に」

「ええ」巫鈴は頷いた。

「――これは、数字の檻を逆に利用する戦いよ」

 放課後。

 那須塩原学園の旧校舎。

 夕日が窓枠に傾き始めるころ、文化部の部室にはいつもの顔ぶれが静かに揃っていた。

 机の上には各自が持ち寄ったメモや資料が散らばっている。教室での出来事、教師の反応、生徒の声――。

 ズーハンが腕を組んだまま、深くため息をついた。

「こっちは1年。今日の五時間目、渡辺先生……明らかに敵意むき出しだった。余計なことを言うなって、生徒に直接言ったらしいッス」

 沙羅も頷く。

「3年も似たような感じ。曖昧な宿題を出して、提出物の内容で内申決めるって脅しかけてきた先生がいたって」

 琴美がやや怒りを帯びた声で口を挟む。

「つまり、おとなしくしてないと成績で報復するよって言ってるのよ。大人が、それを、生徒に……ふざけないでほしいわね」

 シャオはむくれて「パォ……」と呟いた。

「先生って、みんな立派な大人だと思ってたけど……大人のくせに子どもみたいなこと言って、怒ってばっかり。なんか、がっかりしたです……」

 翔吾は静かに頷いた。

「けどさ、全部の先生がそうじゃないよな。今日も、逆によくやったって声かけてくれた先生、いたよ。……たった一人だけだったけど」

 その言葉に、部室が一瞬だけ沈黙した。

 そして、巫鈴が口を開く。

「――分かりました。まずは、一週間、様子を見ましょう」

 全員の視線が彼女に集まった。

「教師の中にも、私たちの提案をちゃんと受け止めてくれる人はいる。逆に、生徒のことなんて何も考えてない者もいる。その違いは、すぐには見えなくても、行動に出るはずです」

「行動に?」と美優が小さく問い返す。

 巫鈴は頷き、机の上の紙を指先で撫でた。

「こうして情報を集めていけば、どの先生が、どういう姿勢で授業をしているかが分かる。数字と同じです。誤魔化せない。積み上がれば傾向が見える」

 琴美が言った。

「それってつまり……沈黙をやり返すんじゃなくて、見抜くってことね?」

「そういうことです」

 巫鈴は目を細めて、ひときわ強い声で続けた。

「今、私たちがやるべきは反撃じゃない。選別です。味方と、敵を、はっきり見極める。それが、生徒の未来を守る第一歩になる」

 静かに、しかし確かな力を込めた言葉だった。

 部室の空気が、きゅっと引き締まった。

 誰もが、自分の中で「この戦いはまだ終わっていない」と理解していた。

 やがて真平がぼそっと呟く。

「……やっぱ、巫鈴って、冷静な顔してるけど、本気で怒ってるな」

 巫鈴は小さく笑って答えた。

「怒ってますよ。子どもを盾にする大人なんて、大嫌いですから」


――数日後。

日ノ本文化部の部室には、例によって各学年の情報が持ち寄られていた。

「やっぱり……始まってるわ」

3年の佐野がファイルをテーブルに置く。中には教師の行動や言動をまとめた記録がぎっしり。

「ここ数日の反応を整理したよ」

翔吾がタブレットを開いて皆に画面を見せた。


【記録:教師の反応傾向】

《敵対的反応》

・一部教員が、従来の「班活動」や「学年別指導」を突然復活。改革案を無視して指導再開。

・進路相談で「全員一律」のテンプレ資料を強制配布。「個別対応」と真逆の指導が再開。

・ある教師がテスト前に「上から言われた改革のせいで今年は全員成績悪くなる」と発言。

《黙認・静観型》

・変化に何も言及しないが、明らかに以前より慎重。発言や授業進行が型通りになる。

・課題配布は従来通りだが、グループ活動は控える。教員間での相談が見られる。

《支持・協力型》

・「学年関係なく、自由に学ぶ権利はあっていい」と授業内で発言した数学教師(藤倉先生)。

・生徒からの質問に「自分の学び方を選べる今を大事にしてほしい」と励ます英語教師(大西先生)。

・図書室利用拡大や自習の黙認が急増。特に情報科と図書司書の連携が目立つ。

________________________________________

巫鈴はひとつひとつに目を通し、静かに頷いた。

「やっぱり、出るのね……色が。教師としての、信念の色が」

琴美がふと尋ねる。

「でも、黙って見てる先生たちって、本当はどう思ってるんだろうね?」

「葛藤してるわ。間違いなく」

巫鈴が断言する。

「組織の命令と、自分の良心。揺れてるの。だから――」

彼女は手元のノートに、赤ペンで大きく書きつけた。

「反応は、立場より心を見るための鏡」


一方、生徒会室でも動きがあった。

総生徒会長・花園が中心となり、臨時ミーティングが開かれていた。

「……伊勢野さんの提案が採択されたことは、僕たちにとっても試金石だ」

花園は腕を組みながら言った。

「でも、この混乱が長引けば、逆に生徒会が学校を混乱させたと責任を問われかねない」

副会長の一人が口を開く。

「でも、支持してる生徒も多いよ。自分で選べるのが嬉しいって声、たくさん来てる」

「だったら、生徒会として現場の声をまとめて、正式なレポートにしよう」

広報担当が前のめりで言った。

「数字にする。教師たちが数字で生徒を縛るなら、こっちも数字で返す」

金曜日の放課後。部室に集まったメンバーは、それぞれの一週間を振り返っていた。

「まったく……生徒に当たり散らすとか、教師のやることじゃないよな」

ズーハンが唸る。

「でもさ、文句を言う生徒も減ってきてる。なんか、空気変わってきた気がする」

萌花がぽつりと呟いた。

その言葉に、巫鈴は頷く。

「そう。空気よ。最初は揺れる。けど、必ず新しい空気が生まれる」

そして、ゆっくりと宣言する。

「――次のステージに進みましょう。今こそ、本当に改革を進める土壌が整いつつある」

琴美が手を上げる。

「じゃあ、次は何する? またプレゼン? それとも……教師側に対話を申し入れる?」

巫鈴は少しだけ笑って、答えた。

「――教育理念の再定義。まずはそこからよ」



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