カエル
僕の住む地域では雨の降らない日々が続いていますが、6月という事も有り梅雨をテーマにしたエピソードを作りました。
6月の中旬に差し掛かった或る日の事。
窓から外を見ると、濃い灰色をした雲が空を覆う様に広がり時折激しさを増しながら雨を降らせていた。
また、季節柄梅雨という事も有り一歩外に出ればジメジメとした空気が漂っている事も有り、傘を差しながら街を歩く人々は降り続ける雨と蒸し暑さにうんざりしている様だった。
うんざりしているのは、何も外に居る者だけではない。
この部屋の住人である主もその1人だ。
今日は折角の休みの日だというのに生憎の雨。
これでは、洗濯物や布団類を干す事も、窓を開けて部屋の掃除をする事も出来ない。
それだけではなく、何処かに出かけるのも億劫になるし、喫煙者である主にとってベランダで煙草を吸う事もままならなくなるのだ。
「あ~、雨かぁ・・・。」
起き抜け早々、溜め息交じりに心の声が漏れる。
煙草の箱を握りしめ、雨雲を睨みながら喫煙したい気持ちを抑える主。
部屋の中で吸おうものならば備え付けの火災報知器がすぐさま作動し、大問題になる事は言うまでもない。
仮に室内で喫煙出来たとしても、可愛い愛猫達に煙草の煙を嗅がせる等もっての外だ。
煙草を吸いたい気持ちに侵されている自分に対し、苛立ちを覚えた主は一先ず朝食を取るべくキッチンへと移動した。
丁度その頃、ソファの上で眠っていたモカとモモが目を覚ます。
日課である朝の愛撫をして貰おうと思っていたが、主はキッチンの調理スペースで朝食の準備に取り掛かろうとしている。
流石にこの状況下で相手にしてもらうのは難しい。
「仕方ないね、後にしよう・・・。」
「うん、そうだね・・・。」
ふたりは残念そうな表情を浮かべながら耳を後ろに反らせた。
主が自身の朝食を作り終えると、愛猫であるモカとモモの食事をそれぞれのフードボウルに用意する。
梅雨の為か、心成しかドライタイプのキャットフードが湿気を吸っている様だった。
朝食を済ませると、主はマグカップに珈琲を注ぐ。
『モカ』の名前の由来となったモカのストレートをベースとしたブレンドの甘い香りが鼻を刺激する。
リビングへと移動すると、テーブルにマグカップを置きテレビのスイッチを入れソファに座る。
そして、ふたりの居る方向に視線を向けると優しい声で手招きする。
「おいで。」
待ちわびていた愛撫の時だ。
どちらが先という訳でもなく、主の膝の上に身体を預ける様に寝そべると頭から腰に掛けて優しい手つきで撫でられるふたり。
「ふにゃぁ~・・・。」
「はにゃぁ~・・・。」
心地よさそうな表情を浮かべながらゴロゴロと喉を鳴らし、愛撫を堪能する。
珈琲を飲みながらテレビ鑑賞に浸っている主の横でまどろむふたり。
しばらくすると、何かの視線を感じたモカ。
「ゲコ、ゲコ・・・。」
窓の方を見るとベランダの柵に1匹のカエルがこちらを見詰める様にして鳴いていた。
モカはソファから降り、サッシの傍まで来ると窓越しにカエルの様子を伺う。
喉の辺りを小刻みに動かしながら鳴き声を発する以外、これといって何かをする素振りを見せる事の無いカエルが気になる様だ。
「ねぇ、何をそんなにじっと見ているの?」
話しかけてみるも、言葉が分かる筈も無くカエルは相変わらずゲコ、ゲコと鳴くばかり。
ましてやネコであるモカの言葉となれば、尚更である。
「どうしたの、モカ。誰か居るの?」
モモはうつ伏せの状態でソファの肘掛けに上半身を預ける様にしながらモカに尋ねる。
「あ、モモ。ほら見て、さっきからあのカエルがこっちをずっと見てるの!」
背中越しに聞こえたモモの声に振り返ると、ベランダの柵に居るカエルの方を指で差しながら事情を説明するモカ。
だが、身体を起こしベランダの方を見るモモは眉をひそめながら不思議そうにしている。
「カエル? カエルなんて何処にも居ないじゃない?」
「え?」
そんな筈は無いと思いながらも再びベランダへと目を向けるモカ。
しかし、モモの言う通り先程まで居たカエルの姿が何処にも無い。
念の為、ガラスに手を付き室内から外を見渡す。
すると先程のカエルが跳躍しながら姿を現すと、窓越しに居るモカの目の前に着地した。
「ふにゃぁ!」
予想し得なかったカエルの行動に思わず声を上げながら尻もちをつくモカ。
「はにゃぁ!」
また、モモも突然大声を上げるモカに釣られる形で驚いてしまう。
「もう、ビックリしたじゃない!」
激昂したモカは立ち上がるや否やその感情をぶつける様に窓ガラスを激しく叩く。
「ちょっとモカ、落ち着いて。 そんなに叩いたらガラスが割れちゃうよ!」
興奮状態のモカを落ち着かせるべくモモは少し慌てた様子で宥める。
「モカ、ダメよ!」
その行動を見兼ねた主は視線をモカの方に向けるとピシャリと叱った。
「ゴメンなさい・・・。」
大好きな主に叱られてしまい落ち込んだモカは謝りながら耳と尻尾を下げる。
そして、今度は耳と尻尾を上げながら横目で窓に貼り付いたカエルを横目で睨む。
「君のせいでご主人様に叱られたじゃない・・・。」
まだ怒りが収まらないのかはたまた主に叱られた腹いせかそんな言葉を呟くモカ。
一方、モモは少しだけ不穏な空気に包まれたリビングでひとりソファの上で居た堪れない様子でモカを見ている。
そんな様子を気に留める事無く、カエルは相変わらずこちら側に腹を見せながらゲコ、ゲコと鳴き続けていた。
休みの日ではあるが、雨という事で今日は何処にも出かけず曲作りをする事に決めた主は別室にて制作活動に取り掛かった。
リビングでは窓ガラスに貼り付いたままのカエルを怪訝な表情で見詰めるモカ。
モモはソファから降りるとモカの傍まで行くと気に掛ける様に聞いた。
「モカ、ご主人様に叱られてまだ拗ねているの?」
「だって、あのカエルがあたしをビックリさせるんだもん!」
モカの返答から察するには完全にヘソを曲げている事が窺える。
そんなやり取りをしていると、空を覆っていた灰色の雨雲が少しずつ薄くなり、雨が上がった。
主はそれに気が付くとベランダへ出る為、小走りで作業部屋からリビングへやって来た。
「今の内に・・・。」
そう呟きながら、手には何時も吸っている煙草の箱を握りしめている。
また何時、雨が降って来るか分からない。
そう思いながら、主はリビングの窓を開ける。
するとその弾みに、窓に張り付いていたカエルが体位を変えながらジャンプするとそのままリビングへと侵入してしまった。
「あ、いけない!」
火をつける前の煙草を加えながら、慌てた様子でカエルを捕まえようとする主。
しかし、なかなか捕まえる事が出来ずリビング内を飛び回るとそのままモカの顔面に着地した。
「ふにゃあああ!」
モカは驚きの余り、またもや大きな声を上げるとその勢いのまま床の上にひっくり返る。
「モモぉ、取ってよぉ~!」
「む、無理だよ。あたしには出来ないよぉ~。」
もがく様にジタバタと手足を動かしながらモモに助けを求めるモカ。
しかし、モモはカエルに触る事を躊躇しているのか尻込みしている。
「モカ、今、取ってあげる!」
そう言うと、主は瞬時にモカの顔面に飛び乗ったカエルを取り外へと逃がすと、ベランダの柵を伝い元気良く飛んで行く後ろ姿を見送った。
リビングには心配そうに尋ねるモモとその横でしかめ面をするモカの姿が確認出来る。
「モカ、大丈夫?」
「うぇ~、顔がヌメヌメするよぉ~。」
そう言いながらモカは上半身を起こすと自分の顔を拭った。
からかいに来たのか、はたまた仲良くなりたかったのかは分からないがモカにとっては忘れられない梅雨の日の1日となった。
最後まで読んで頂きありがとうございます。
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