ケンカ(後編)
後編である今回はモカの視点で展開しています。
ごゆっくりご覧下さい。
「モカのバカ!」
「モモのオタンコナス!」
何時もは仲の良いふたりは珍しくケンカをしているらしくお互いを罵り合いながらリビングに響き渡る程の怒号を飛ばしていた。
その後暫くの間、睨み合うふたりは『フンッ!』と言いながら互いに視線を逸らす。
そしてモモはひとりソファから降りるとその場を後にしようとする。
「着いて来ないでよ!」
「ふん。誰が!」
立ち止まり振り返ると捨て台詞を吐きリビングを後にするモモにモカはムキになると去り行く後ろ姿に向かって舌を出した。
「ああ~、もう!」
リビングにひとり残されたモカは喚き声を上げると『ドスッ』と音をさせながらソファに座るとブツブツとモモに対する愚痴を言い始めた。
「モモってば、『バカ』だなんて。『バカ』って言う方が『バカ』何だからね!大体あたしの何処が『バカ』だって言うの?あたし本当は賢いんだからね・・・。」
誰が聞いている訳でも無いのに延々と喋り続けるモカ。
その姿は宛らケンカをしてしまった事で本来なら激しい動揺を覚えている筈の自分の心情から目を背けている様にも見える。
そうしている内に今度は口を閉ざすと俯いたままで黙り込んでしまう。
一瞬、思い詰めた表情をし、何か言いかけるもそれを否定するかの様に首を横に振ると再び口を開く。
「ま、良いや!モモが居ない分、ソファでのびのびとお昼寝出来るし!それにボール遊びや部屋中を走り回るのだって自由に出来るし!」
改まった様子で今度は都合の良い事だけを自分に言い聞かせる様に話し始めるモカ。
しかし、引きつった様に笑うその表情からは青ざめた胸の内を隠し切れずにいる事が伺える。
モカは続ける。
「そうだ! 今日はご主人様にいっぱいなでなでしてもらおう。」
だが現在、主は自身が所属するバンドのツアーに周っており今夜は遠方の会場にてライブを行う為、残念ながらこの家に帰宅する事は無い。
この時点でその事実を知る由も無いモカは期待に胸を膨らませつつ帰宅した主に擦り寄りながら膝の上で愛撫されている自分の姿を想像した。
「ふふふ。今夜はご主人様を独り占め出来ちゃう。モモってば羨ましがるだろうなぁ・・・。」
頭の中でそんな企てをすると、意図せずやきもちを焼くモモの表情が目に浮かびニヤニヤするモカ。
しかし、つい数分前まで激しいケンカをしていた事を思い出す。
「って、あたしってばどうしてモモなんかの事、言ってるんだろう・・・。」
『自分とした事が。』
モカはそう言わんばかりに首を横に振った後ソファのクッションに顔を埋めた。
すると深く呼吸をすると嗅ぎ慣れた主の匂いが鼻に入って来る。
「(ご主人様の匂い・・・。)」
少しだけ気持ちが和らいだモカは静かに目を閉じると瞼越しにこの家に来てからの日々を映し出す。
「《モカ、モモ。おいで!》」
「《ふたりで仲良くするんだよ。》」
「《ふふふ。良い仔にしてた?》」
愛撫する為、主が手招きする時。
仕事に行く主を見送る時。
帰宅して来た主を出迎える時。
様々な場面の中でモカの隣には何時もモモが居た。
「《モカ。》」
「《モカぁ~!》」
「《モカ・・・。》」
不意に自分の名前を呼ぶモモの姿が頭の中で現れるとモカはケンカをしてしまいそのせいで心無い言葉をぶつけてしまった事に対し後悔と罪悪感を覚え始めた。
その後、モカはソファにちょこんと座ると特に何かをする訳でもなく不毛な時間を過ごしていた。
もしかしたらモモがこちらに戻ってきて来るかもしれない。
そんな淡い期待をするもその気持ちとは裏腹にリビングは徐々に紅色に染まっていき暫くすると室内は紺色に包まれていた。
「(ご主人様、今日は帰って来ない日か・・・。)」
夜になりこの時点で今日は主が帰って来ない事を悟るモカ。
それと同時にやはりと言うべきかモモがこちらに戻って来ないという事実を受け入れる。
途方に暮れるモカは腹が減っている訳では無いのだが、一先ず自動給餌機が置いてあるキッチンへと足を運ぶ事にした。
そこに行けばもしかしたらモモが来ているかもしれない。
その時はちゃんと自分から謝ろう。
そんな思いを内に秘めつつ自動給餌機の前までやってくるとやはりモモの姿は無かった。
「居ない・・・。」
落胆しながら一言呟くモカは並ぶ様に置かれた自分達のフートボウルの方向に目をやるとある異変に気が付いた。
「あれ。モモ、ひょっとしてご飯食べてないのかな・・・?」
モカ専用の緑色のフードボウルの右隣に置いてあるモモ専用の桃色のフードボウルに自動給餌機によって盛られたキャットフードは減った形跡が見られなかった。
恐らく家の何処かに居るであろうモモの下を訪れ食事をしないか誘おうと考えたモカ。
しかし意図せず昼間のケンカの事を思い出してしまうと、怖気付いてしまいその場で立ち竦んでしまう。
ただでさえ食べる気分ではなかったのだが完全に食欲が失せてしまったモカは取り敢えずリビングに戻る事にする。
その後ソファの上で寝転がると様々な感情が混同し自己嫌悪に陥りながらこんな事を思うのであった。
「(独りぼっちってこんなに淋しかったっけ?)」
翌朝。
気付かない内にソファの上で眠ってしまったモカはリビングに差し込む朝陽の眩しさに目を覚ました。
起きて早々、辺りを見渡すもやはりモモの姿は無い。
念の為、キッチンに置かれている自動給餌機を確認するも自分のも含めキャットフードが新たに供給された形跡は勿論、減った形跡も見られなかった。
「(やっぱり、あたしの方から行かなきゃ!)」
そう決意すると、リビングを後にするモカ。
不安と緊張の相乗効果で心成しか踏み出す足は震えている様だった。
暫く廊下を歩きドアが開いたままになっている主の寝室の前に辿り着く。
ドアに隠れる様にしながら廊下から恐る恐る、室内を除く様に見渡すと窓辺に見慣れた後ろ姿を発見するとモカは一瞬はっとした表情を浮かべた。
何故ならその後ろ姿はどこか淋しげでシルバータビーの尻尾も元気なく下を向いていたからだ。
そして、静かに寝室の中へ入り大声でなくても聞こえる位の距離まで近付いた。
「モモ・・・!」
呼びなれた名前であるにも関わらず、緊張している為か少しだけ声が裏返りそうになった。
一方、名前を呼ばれたモモは後ろを振り返ると少し驚いた様な表情を浮かべる。
「モカ・・・?」
最後まで読んで頂きありがとうございました。
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