8.シメはもちろん……
「よぉく見てな……。とっておきってのは、コイツだぁ!!」
意気揚々とグランが地下の氷室から持ち出してきたのは、浅い竹ざるに山と盛られた、薄黄色のもじゃもじゃした物体――
「せんせ。これ、まもの?」
「ま、まもっ!?」
忌憚のないマリアリアの言葉に、思わずグランはずっこけた。確かに、どこぞの弱小モンスターと見間違えそうな風貌をしている。
「違うわよ、マリア。……ねえグラン師、これは麺よね? 私の国でも人気がある食品だわ。……色も形も、かなり違うけど」
「当然だぜ! コイツは、世界中を旅した俺様が、濃厚なスープに合うように開発したメンだからよぉ!」
「貴方って、本当に多才なのね。戦闘に狩猟、採掘に伐採……極めつけは、食材の開発ですって?」
「かっか! どれも生きるために磨いた技術さ! だが、そン中じゃあ断然、料理が好きだぜ! うまいもんを考えるのは堪んねぇ! ……こいつにゃあ、卵縮麺って名を付けたんだ。白雪粉に卵黄、膨粉を加えて練ってある」
「ふぅん、この色は卵黄……。それに、ジュウソウとコムギコの反応を利用して、メンにコシを出してあるのね。ならグラン師、麺が縮れているのは、どういう理屈なの?」
「ほっほう。一目で見抜くとは、さすがはロクシオだ! 料理は魔法薬の開発に似ているって聞くぜ」
「こ、こんなのジョーシキよ、ジョーシキ!!」
言葉とは裏腹に、ロクシオの鼻先は、ヒクヒクと動いている。
「くっく……。わかりやすいヤツだ」
「な、何よ……。早く答えなさい!」
「縮れはよぉ、こうやって握って開いて、地道にやるのさ」
グランはコムギコを麺にさっとまぶし、それを優しく揉んで見せた。
「こうすりゃあ、もちもちして食感が面白くなる。なんたって、スープの油が良く絡むンだぜ」
「そんなに上手くいくものかしら?」
「……ま、理屈は理屈さ。料理の良し悪しなんてのは結局、食ってみなけりゃわからねぇ!」
グランはテーブルの上、鳥の脂と野菜の出汁、骨だけが薄く残ったドッヂ・オーブンの把手を掴んで持ち上げ、再び炭の上に移動させる。
誰からというわけでは無く、ファイヤーピットの側には三人の弟子達が集結し、腰をかがめてドッヂ・オーブンの中をじっと眺めていた。
「おォ! 少しは料理にも興味が出てきたかぁ?」
「食事の大切さ、しっかり学ばせていただきました! シメも楽しみです!!」
「おいしいの、すき」
「はっは! そいつぁ最高の褒め言葉だぜ!」
したり顔でグランは、ドッヂ・オーブンにザバザバと水を加え、そこに手持ちの酒、丸豆と穀物を発酵させて圧搾した塩みの強い黒の液体――魔豆醤――を少しずつ回し入れる。
更に、荒く切った雪葱と、薄切りの辛根を投げ入れた。
「ロクシオ、少しばかり火力を足してくれ」
「ふん。私は便利な魔道具ではないのよ」
「そう言うなって。お前も美味いメシが食いたいだろ?」
「……」
唇を尖らせるロクシオだが、すぐさま生活魔法用の短い杖をローブの袖口から引き出し、その先をドッヂ・オーブンの方に向け、魔力を滾らせた。
呼応して、散らばっていた熾の炭が、意志を持っているかのようにドッヂ・オーブンの近くに集合。供給される火のエレメントが、白くなりかけた樫の炭に活力を与え、再び赤々として優しくとろりとした炎を立ち上らせた。
「お望み通りかしら?」
「ああ、上出来だぜ。一晩ですっかり上達しやがったなぁ!」
大きな手を揺らぐ炎の赤を受けたロクシオの、美しい天使の輪に乗せ、がしゃがしゃとかき交ぜるグラン。ロクシオは嘆息し、諦めたようにただそれを受け止めていた。
▽
強火で煮立った出汁の中では、シロネギの繊維は解け、時間と共に淡い白、透明へと変化していく。シロネギから溶け出した粘質物がスープに僅かなとろみを与えはじめると、滋味深いショウガとショウユが調和をなし、辺りに香ばしい風味が漂ってきた。
完成を待つ間に、チヂレメンは別の鍋で軽く茹で、打ち粉を落としてある。
竹のザルにあげ、しっかりと湯を切ったメンを、丁寧にアクを取り除いて琥珀色に澄んだショウユスープの海へと放り込み、軽くほぐす。
ドッヂ・オーブンを少しずらして遠火の弱火でさらに二分――
「よぅし、出来たぞぉ! 皿を持って並べ! さっきのヤツの使い回すんだ。残った油や骨からも旨味が出るからよ! 麺のストックはもうねぇ! 早い者勝ちだぞ」
マリアリア、ロクシオ、最後にアルク。先ほどと同じ順番で、グランが呼びかける以前に行儀良く列を作っていた。
三人が唾を?む音が、ぐつぐつと鍋が煮える賑やかな音よりもはっきりと、グランには聞こえていた。
「くっく……。飲み込みが早くて、なんとも優秀な弟子達だぜ」
器には、まずはたっぷりのスープを。メンの配分は重要だ。きちんと等分しなければ争いの種になって仕舞う。冒険者歴の長いグランは、野営の料理の恨みがどれほど長く尾を引くかを知っている。
琥珀色のスープに、山吹色のチヂレメンが気持ちよさそうに泳いでいる。
香り付けに、細くたて切りにし、水にさらしておいたシャキシャキのシロネギをたっぷりと。さらに、グランが晩酌のあてに常備している黄金豚の焼き豚を薄く切り、鉢一面に敷き詰めれば――……
旨味たっぷり鳳凰鳥の出汁を使った、ショウユチヂレメンの完成だ!!
▽
「……汚いわよ。グラン師」
グランがずばずばと音を鳴らしてメンを啜っていると、正面のロクシオから叱責が飛んだ。
上目で見れば、三人の弟子達はレンゲにスープと麺とを掬い、はふはふ言いながら、上品に麺を口に運んでいた。
「あぁ? いいんだよぉ! このメンはよぉ、こうやって食うのが一番美味いんだぜ!」
「苦しい言い訳ね」
「ンなんじゃねぇよ。こうすりゃ香りが鼻の奥に突き抜けてくし、空気と混ぜれば温度だって、ちょうどいい加減になるンだ! ほぉら、師匠の指示だぜ? 騙されたと思って一度、試してみやがれ!」
アルク、マリアリア、ロクシオの順で恐る恐る、グランの真似をする。
初めは咽せたり、遠慮しているのか小さな音で啜ったりしていたが、三人はすぐに要領を得、やがてテラス中に、大きく豪快なズバズバ音が響き始めた。
「おいしい、ね」
「本当に美味しい……。スープ料理にこんな食べ方があるなんて、驚きだわ」
「先生の言った通りだ。チヂレメンに、鳳凰鳥の脂のスープがしっかり絡んで、口の中に旨味が広がっていく……」
「ええ。それに、シロネギの風味と食感も爽やかでいいわ。ショウガも効いていて、身体が中からぽかぽかよ。刺激的なニンニクも良かったけど、これも好き……。野菜って、こんなに奥深いのね」
「おお。わかってんなぁ、ロクシオ! 案外お前が、一番乗り気なんじゃねぇのか?」
立ち上る湯気の煙幕の中からグランは、ロクシオに悪戯な視線を送った。
「……ご、ごちそうさま!」
スープを一滴残らず飲み干し、空の器をテーブルに叩きつけたロクシオは頬を染め、照れを隠すように声を張り上げた。
「私、お風呂に入ってもう寝るわ! ……急ぐのよ、マリア! 髪についた煙の匂い、早く落とさないといけないでしょ!」
「うん! わたし、ね。お風呂、すき、だよ」
「いいわね、男ども! 覗いたら火あぶりにしてやるんだから!」
ロクシオは、マリアリアの小さな身体を両腕に抱き、侮蔑の視線をグランとアルクへと、交互に投げかける。
「はンっ! ガキの身体になんぞ、微塵も興味はねぇ」
「ふぅん……そう。なら、五年以内に修行を終えないといけないわね」
「五年経っても十二じゃねぇか!? ガキには変わんねぇぜ! ……安心しな、俺の守備範囲は三十歳からだからよぉ!」
「何の興味も沸かない情報、ありがとう。記憶の深淵に投げ捨てておくわ」
「言うもンだぜ! 五年どころか、百年かからなきゃいいがな。明日からの鍛錬、楽しみにしてるぜ!」
「目に物見せてやるから!!」
東の空には真っ赤な太陽がもう、その頭頂部をひょっこり覗かせている。
素晴らしい時間が始まる。愉悦に笑うグランには、そんな確信があった。