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4.料理が修行、修行は料理

 一目で、グランの料理に対するこだわりが分かる空間だ。


 何段もある作り付けの棚には、色とりどりのハーブや香辛料が込められた瓶がずらりと並ぶ。


 壁のフックには大小様々なスキレットや調理道具が隙間無くぶら下がっており、部屋のサイズとは不釣り合いに大きい調理台の天板はヒバ。その片隅には、同じ木材を柄に使った用途別の包丁が、几帳面に包丁スタンドに収められている。


「まずは魔法使い……なんていったか? あぁ、確か……ロクシオ!」


 調理台を両手でどんと叩き、挟んで向かいに立つとんがり帽子の魔法使い――ロクシオ――の漆黒の瞳を、グランは真っ直ぐに見つめていた。


「……は、はい」


 慣れない呼び捨てに加え、「黒眼と目が合うと呪われる」などという風説を気にしているロクシオは、これまで人とまともに目を合わせたことがない。


 そんなロクシオにとって、グランの声と眼差しは、二連撃の強烈な不意打ちである。彼女は頬を染めて目を逸らし、知らずにもじもじと、腹の前で人差し指の腹を摺り合わせていた。


「あぁ? 顔が赤いが、熱でもあんのかぁ? ロクシオ」


 額に伸びるグランの手を反射的に払い、ロクシオは声を張り上げた。


「だ、大丈夫よ! ほら、グラン師、私に課題があるんでしょ? それを早く出しなさいよ! 一瞬で終わらせて、私の実力を理解させてあげるわ!」

「くっく……。そっちの方がらしいぜ、ロクシオ。ああ、課題だったな。ロクシオには、さっきの手合わせで俺様の美しいケツに火をつけた魔法を使ってもらう」

「火魔法ですって!? そんなの今更ね。私の、一番の得意魔法なんだから」


 ロクシオは、すんと鼻を鳴らした。


「知ってるさ。さっきも妙に乱発してやがったからな。課題は、火魔法を使って、たっぷりと炭を熾す事だ。……炭は、納屋の木箱に入ってる。俺が冬に焼いた、樫の上物だ。炭が悪いって言い訳は通用しねぇぜ」

「ふぅん……。残念だけど、私には炭の違いなんか分からないわ。だけどグラン師、私の火魔法で炭に火を付けるなんて無理よ。強力過ぎて、全部灰になっちゃうわ」


 少しだけ首をもたげ、夜の闇よりも深く輝く漆黒の長髪を掻き上げたロクシオの目は泳いでいる。


「それだ。俺は見抜いてたんだぜ? ロクシオ、お前は魔法の出力コントロールが苦手……いや、それどころか、全く出来ないって事をな」


 口端を挙げ、グランはロクシオの鼻先に人差し指を突きつけた。


「な、何がおかしいのよ! 魔法は常に全出力でぶっ放すものでしょ! 私が魔法で魔王を倒すのよ! 制御の必要なんて少しも無いわ!」

「くっく……。なぁるほどな。ギルドやローグのジジイが、お前の訓練を俺に投げやがったワケもわかるぜ」

「グラン師!? おじいさまを知っているの?」

「ああ。昔な、一緒に組んでやんちゃしたもんさ。ローグのジジイ、年甲斐もなく無茶苦茶しやがるんだぜ。何度ケツを拭ってやったかわからねぇ」


 仲間の名を出せば、駆け出しの頃の記憶が蘇る。グランは口元に手をあて、愉悦に笑った。


「その話、面白そうね。また今度聞かせなさいよ」

「約束だ、ロクシオ。お前が制御を覚えて、一端の魔法使いになったら、奴の失敗談を嫌というほど聞かせてやる」

「……やるわ」

「その意気だぜ。魔法を構成する魔素、術式、魔力、詠唱、杖に魔道具……。どういう方法でも、何を使ってもいい。炭を灰にしない程度に出力を制御するんだ。お前だって知ってンだろ? 魔力は全開にするのが一番簡単だってことくらいな」

「むぅうう……」


 図星を指されたロクシオは、口を真一文字に結び、ぱたぱたと可愛らしく地団駄を踏んだ。エルフの遺伝、尖った耳先を真っ赤にして。


「なぁに、炭焼きは冬の間の暇つぶしでな。まだ炭窯に山程積んであるからよ。何度失敗しても構わねぇ。灰は灰で、畑の肥やしになるンだ。失敗なんてこれっぽっちも恐れず、思い切ってやればいい。何度でもだ」

「きっと、家まで燃えちゃうわ……」

「かっか! いくらなんでも、そいつぁ困るぜ。だが、安心しな。外に地獄の煉獄にも耐える赤熱煉瓦で組んだ、俺様特製のファイヤーピットがあるンだ。そこで思う存分ぶっ放せばいい!」

「……そう。だったら天才の私には簡単なことよ。一発で決めてやるわ」

「そうかいそうかい。期待してるぜ、ロクシオよぉ!」


 挑発的なグランの言葉に一瞬顔をしかめるロクシオ。


 納屋の位置を確認し、両手に樫の長杖を、防寒と耐火の魔法術式が刻まれた群青のローブを羽織って、無言のまま家の外へと飛び出していった。


「ロクちゃん、すなお。あんなの、はじめて、ね。アル君?」

「うん。驚いたよ。言い方一つでああも変わるのか」

「ンな難しい事じゃねぇ。単に腹が減ってるってことさ! よーし……次は王子様、アルクに課題だ」

「待ってました! 先生、よろしくお願いします!」


 調理台に両手を突き、ぐいっと身体を乗り出すアルク。


 揺らめくランプの下にあっても映えるその空色の瞳からは、「生きる」という強力な意志が伝わってくる。


「なるほど、『勇者』……か。いい目をしてやがる。よぉし、アルク! てめぇには水晶球(タマネギ)朱根(ニンジン)の皮を剥いてもらう。ああ、はじめに白六片(ニンニク)を頼むぜ!」

「えぇ!? 野菜の皮を剥くだけ……ですか?」

「かっか! ンなわけねぇだろぉ! 課題だって言ったろ? ……使う得物はコイツだ」


 グランは、触れただけでぱらぱら砕ける赤サビの塊を、ゴミ箱から取り出す。


 ふっと息を吹きかけて付着した埃だけ飛ばすと、無造作にその塊をアルクに向かって放り投げた。


「おわっ! っと、っと! ぼろぼろの……これは、ナイフ?」

「正解だ。そいつで物を切るには、刀身に太陽神の加護を薄く纏わせる必要がある。分厚けりゃザクっといっちまうし、何より、途中で息切れしちまうはずさ」

「太陽神の加護を外に……。初めて聞く方法ですね」

「……繊細さと器用さ、集中力が肝要だぜ? あぁ、錆の匂いを食材に絶対うつすなよ。鉄くせぇメシなンざ食いたくねぇからよぉ。炭とは違って代わりはねぇんだ。慎重にな」


 力の強弱こそあれ、人は皆、生まれつき神の加護を持っている。種族によって異なり、ヒューマンは太陽神、ドワーフは地母神、エルフは風螺神、そして魔族は邪神といった具合だ。


 ロクシオのような混血種はいずれの加護も持たず、それ故、神の教えに背いた『混ざり物』として虐げられている。


「加護の精緻な使い方を教えられる人間なんて、大陸にもそうはいねぇ。まずは一回、俺がやって見せて――……」

「こんな感じ……でしょうか?」


 アルクが手に持つ朱褐色の果物ナイフの刀身を、低空の三日月のような淡く黄色い光が覆った。


「……ンなぁ!?」

「さっきの試合で、見せていただきましたから」

「ったく。才能ってのはいやになるぜ。……だが、まだまだ荒いな。そいつを極めれば、木剣でも竜鱗を切れるようになるンだ」

「木剣……? そうか、聖剣!」

「そうだ。聖剣は世界樹の芯が素材だって話だからな。きっと役に立つぜ? ムラが出ないように気をつけろよ。覆いの無いところに野菜が触っちまえば、錆の匂いが――……って、もう聞いてねぇか」


 手元に集中するアルクには、もはやグランのダミ声は届いていないようだ。


 加護やオーラの制御は高難易度。薄く纏わせるなら尚更だ。取りかかったばかりだというのにアルクの額にはもう、脂汗がにじみ出していた。


「せんせ、わたし、は?」

「ああ。舌を噛んじまいそうな名前の聖女様にはとっておきだ。よく聞くんだぞ……マリアリア!」

「ん!」


 秋桜色の聖女マリアリアは、両手の拳をぎゅっと握りしめて胸の前で構えた。


 ふんすと鼻息を荒く吐く様子は、気合いが外に漏れ出しているようで愛らしい。


「聖女って事はだ。マリアリアには当然、『眼』があるな?」

「うん、ある、よ。なんでも、みえる、の」

「俺の腰を視てくれたのも、その力か」

「とっても、痛そうだった、の。よかった、ね。せんせ」


 グランの腰をさすさすと撫でながら、マリアリアは満面の笑みを浮かべた。


「おうよ! おかげで絶好調だぜ! 今ならお前達三人にだって、指一本触れさせねぇ!」

「……ごめん、ね。せんせ。バビルス、さんに、きいてたの。弱点」

「知ってるぜ。だが、気にする必要はねぇ。敵の情報収集も、弱点を突くのも戦士には必須のスキルだからよぉ」

「わたし、ね。まだ上手じゃない、の。うーんと近づかないと、視えない、から」


 修行を終えた聖職者には、真実を見通す『眼』があるといわれている。

 人の欲望や心理、言葉の真偽はもちろん。体内をめぐる魔力や加護、果ては作物や食肉の栄養素といった、視覚化ができないものまで見通せるというのだ。


 その特性ゆえ、国の重要な審理では、聖職者が最終的な判断を下す。

 『眼』の使用には、限りある神聖力を多量に消費するし、人の欲望や悪意に常に触れているなど、常人に耐えられるものではない。ほとんどの聖職者は「正当」な「寄付」を得た時にしか『眼』を使わず、一度使えば一年は休暇を取るという。


 『眼』を使っていることが平常運転の聖女マリアリアは、感受性が強すぎる。口下手で感情の浮き沈みが少ないのも、自己防衛本能によるものだ。


「さっきも言ったが、メシはすべての礎だ。技術はまだまだひよっこ同然だが、お前ら三人のポテンシャルはすげぇ。つまり、最上の素材を選んで、体力と魔力、精神を整えて毎日の訓練に臨む必要がある……わかるな?」

「うん! わたし、ね。ごはん、すきだ、よ」

「よぅし! ならば、マリアリアには食材の目利きをしてもらおう! すげぇ罰が当たりそうな話をしているとは思うんだが……。確か、神教は肉食オッケーだよな?」

「うん。司教ちゃん、ね。お酒もお肉も、大好き、なんだ」

「……司教、ちゃん!? お、おう。安心したぜ。……この家の地下には、どでかい氷室があってな。俺様が仕留めた、熟成真っ最中の鳥がずらっと並んでるのさ。そこで、だ。マリアリアのお『眼』鏡にかなう極上のものを二つ、選んできて欲しい」

「鳥さん? わたし、ね。初めて、たべる、よ!」

「そうかいそうかい。めちゃくちゃうまいぜ? ついでに、棚からハーブも探してもらおう。今日の料理に使うのは時草(タイム)薔薇草(ローズマリー)紫草(セージ)の三種類だ」

「どれも、見たことない、よ」


 棚にずらりと並ぶ香辛料の入った瓶を見、マリアリアはぐるぐると眼を回している。


「俺の心と食材をマリアリアの『眼』でよーく見れば分かるはずさ。食事ってのは、魔力や体力、活力の源だ。適切な料理は、病気だって吹っ飛ばしちまう! 食材の品質は勿論だが、仲間や自分自身に何が必要なのか、しっかり観察して選ぶんだ。いいな?」

「うん! わたし、がんばる、ね!」


 早速あらゆる角度からじろじろと、翡翠色の真ん丸な目で凝視されるグラン。

 それも、歴代最高の神聖力を持つと言われる聖女マリアリアの『眼』だ。心の内の内まで覗かれているようで、身の毛がよだつ。


「まな板の上の魚ってのは、こういう気分のなのかもなぁ……」


 グランは後ろ首に手を添え、眉をひそめるのだった。

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