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39.めぐり、めぐり。

 マリアリアの死から二十年――


 未開の大地に新たな資源や発見を求める者が大挙として海を渡り、北大陸には開拓の熱が押し寄せていた。

 さすがは大賢者。ロクシオの予言通りである。


「先生ぇ!! コカトリスの串盛りとエール三つ、まだぁ!!」

「わぁってる! ちょいと待ってろ、もうすぐ出来るからよ! ……ちっ! ひよっこ冒険者どもに顎で使われる日が、また来やがるとはなぁ」


 グランの料理宿は何故か、救世の英雄が愛した店として世界中に知れ渡っていた。北大陸中央の秘境。普通に冒険していては、辿り着くはずのない場所にあるというのに。


 きっと、三人のうちの誰かが、自伝か何かに残しているのだろう。


 店を始めて訪れる冒険者にも「先生」などと呼ばれるのだから、アルクかマリアリアの線が濃厚。いや、アリバイ工作をしたロクシオの悪戯かも知れない。

 そんな事を考えていると、グランの口端は自然と上がる。


「……ったく。あいつら、とンでもない土産を残して逝きやがったぜ。俺に恨みでもあンのか? いい加減休ませろってンだ!」


 ぼやきながらも嬉々として、グランはロクシオの魔法が込められた包丁を手に持った。


 それもそのはず、マリアリアの祝福のおかげで、八十歳も近いグランの身体は絶好調なのだ。一度は狩りを諦めた難敵ドラゴン・タートルすら、悠々と討伐できる程に溌剌としている。


 若い頃よりも強くなったグランは、昼は開拓民や冒険者のガイドで引っ張りだこ。夜には店を訪れる冒険者に請われるがままアルクやロクシオ、マリアリアの語りをしたり、一緒に酒を呑んで若者達の冒険譚を聞いたりと、慌ただしくも充実した毎日を送っている。


 そんな日常が楽しくて堪らない。面倒見のいいグランにとって料理宿の主は、まさに天職だ。


「待ち方くらいは選ばせてくれるだろぉ? なぁ、マリアリアよ――」


 グランは、命ある限り待つ事を決めている。

 勇者の、賢者の、聖女の生まれ変わりの冒険者が来店するその日を。今度こそ、彼らと肩を並べて戦えると信じて。


  ▽


 カランカランと、ドアベルの音が鳴った。


 今日もまた、四人の新しい冒険者が店にやってきた。


 剣士、格闘家、魔法使い、癒し手の四人組だ。

 才能に溢れた、絶賛売り出し中と噂のパーティーで、近くのダンジョンを早速攻略してきたらしい。


「注文、何にするンだ?」


 ぶっきらぼうに、四人が着いたテーブルに分厚いメニュー表を放り投げるグラン。


 物怖じする事も無く、リーダーとおぼしき銀髪の青年は、グランに空色の瞳を向けて軽く会釈をした。


「へぇー……。メニュー、たくさんあるんだ。なあ、三人はどれにする?」


 それもそのはず。食材や調理法の研究は重なり、メニューは今もその数を増やし続けているのだから。


「わたし、海老、すきだよ。『エビ・フライ!』だって。おいし、そう!」


 テーブルに身を乗り出す少女。ふわりと広がる秋桜色の髪から漂うのは、懐かしいあのコロンの香り。


「……ふぅん。いい選択ね。なら、私は『大好み焼き』にするわ。この料理、私の故郷が発祥なのよ。世界で唯一のS級調理師だったかしら? 食通で知れた大賢者が認めたお手並み、拝見させてもらうわ」


 強い言葉は、単なる照れ隠しだろう。妙な単語については、聞こえないフリをしておくに限る。


「僕は『熟成鳳凰鳥の丸ごとハーブ焼き――シメは特製卵縮れ麺――』にするよ。キャンプに行くと、父さんがいつも作ってくれたるんだ。もちろん、鳳凰鳥なんて高級食材は手に入らなかったけど」

「いいわね。私も目を付けていたのよ。だけど、ニンジンは抜いて――」

「偏食は冒険者にとって命取りなんだ。一口の食事で、生死を分けることだってあるんだから」

「……もう。わかったわよ」


 強力な目力に深大な包容力。気がつけば、首を縦に振る自分がいた。


「そこのお嬢ちゃんは、どうするンだ?」


 奴隷としてのみ生きることを許されていた魔族も、南大陸で人権を得たと聞く。勇者達の数多い功績のうちの一つだ。


「ふむ……どれも美味そうではないか。ならば儂は『爆弾おにぎり――スパイシィの灼熱トウガラシ漬け――』にしようかの」


 額から一本角を生やしたブロンドヘアの少女は、可憐な見た目に反して無謀なチャレンジャーらしい。


「とっても、からそう、だよ?」

「本当だ! 『辛さ、魔王級!!』って書いてある」

「……止めておきなさい。何だかとても、嫌な予感がするわ」

「心配無用。儂は、辛い物が大好きだしのぉ。『魔王級』であるからこそ…この五人で攻略せねばならぬ気がするのじゃ。のう、店主よ?」

「ご、五人!? 俺も混ざるのかよ!」

「当たり前じゃろう? 作った責任は取らねばならぬ。相場はそう、決まっておっての」


 一本角の少女は上目で、グランをじとりと見つめていた。謎の威圧感に、百戦錬磨のグランとて思わず後ずさり。


「どれも、おいし、そ。ねえ、ねえ。みんなで、わけよう、ね!」

「貴女。相変わらず食い意地張ってるわね。太るわよ?」

「わたし、食べても食べても、太らない、よ?」

「儂もじゃ」

「僕も、だね」

「……揃いもそろって人類の敵ね。滅よ」

「う、運動すればいいだけさ! やっと念願のお店に来られたんだ。探索の報酬も受け取ったから余裕もあるし……今日は好きなだけ食べよう!」


 カリスマとでも言うのか。青年が拳を突き上げると、迷わず一同はそれに倣った。


「あとは――……」


 顔を見合わせた四人。にやりと口端を緩め、とあるメニューを同時に指差した。



愛する家族に贈る(ドラゴン・タートルの)料理(スープ)



「――も追加で!」

「――たべたい、な」

「――もらえるかしら」

「――試して見ようかの」

「――食うンだろ?」



 しばしの間の後。花咲く笑顔が、五つ。


 グランが「営業中」の札を外す時は、すぐそこに来ている。



(了)

グランの物語、これにて完結です。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 題名からしてお料理日常ものと思いきや、しっかりファンタジー。しかも題名にいつわりなし! サバサバした男気溢れるドワーフに、可愛らしいまっすぐな勇者たちの交流がとても癒されました。 正直魔王…
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