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34.賢者の贈り物

 光の加減によって色を変えるスミレの花を一輪、いつもアルクが着いた定位置に。


 古びた料理宿の、無垢の床に跪いてグランは、魔王城の方角――北東――を向き、静かに祈りを捧げていた。


 ふと、空気が揺らぐ。


 察知したグランは瞬時に目を開き、気配の許へと首を動かした。そこには、ある人影――


 グランは飛び退き、すぐさま徒手でのファイティングポーズを取った。その素早さ、僅かにコンマ数秒。振り返ったらイボ付きのキュウリが置かれていた時の、猫の如き瞬時の対応である。


「……その花。アルに手向けていたの?」


 グランが凝視する先には、跪いて手を組む女性の姿。どうやらグランに倣って、祈りを捧げていたらしい。


 女性は大きなウィザードハットを拾い上げて埃を払うと、それを目深に被った。


「なんでぃ。ロクシオかよ……脅かしやがって」

「ロクシオかよ……とは何よ! 大賢者と名高いこの私が、こんな辺境までわざわざ来てあげたっていうのに」

「散々な言われようだぜ。ここに宿を開けっつったのは、お前達だろうが」

「魔王がいなくなってまで残るとは思っていなかったのよ……。今はそんな事、どうでも良いわ。グラン師、さっさと質問に答えなさい」

「質問……? ああ、花のことだったなぁ。お前の洞察の通り、コイツはアルクに手向けた物だぜ」

「ねえ、どうしてその花なの?」

「アルクとは最後に魔王城まで旅をしてな。その時にアイツ、この花を摘んでやがったんだ。それ以上でも、それ以下でもねぇよ」

「やっぱりね……。ありがとう、グラン師」


 風音に消えてしまうくらいに小さく、宵の風に黒の長髪を揺らすロクシオが呟いた。


 大切なことほど小声で話すのがロクシオだ。グランの耳はそれを聞き逃さないように鍛えられている。


「どうしてお前が礼を言うンだ?」

「それは……馬鹿ね。アルが大切な仲間だからよ」

「俺にとっちゃあ家族だぜ? お前も、マリアリアも勿論な。……正直に話せよ」

「……勇者アルクが死んだって言う事実、南大陸では厳重に秘匿されているの。悔しいのよ、私。アルは命を賭けて戦ったのに、花を手向ける人もいないなんて」

「な、なンだとぉ!? 俺は、ヤツの遺体をきっちり南に送り届けたぞ!」

「黙殺されたんだわ。きっと、呪いと魔王に関する噂が流れる事を恐れたのね。勇者の存在は、平和の象徴だから……。老化が始まってからは、表舞台に出ることだって禁じられたのよ、彼」

「情報操作、か。大政府の連中がやりそうな事だぜ。……だが、それでいのかも知れねぇ。アルクのヤツ、満足そうな顔をして逝きやがったからよ」

「いいわけない! 私は少しも面白く無いわ! アルが努めていたギルドの総長だって、彼が北大陸に冒険に行くとかデタラメ言って、知らない間に変えられていた! アルがどんな思いで改革に取り組んだと思っているの? ……全部、元の木阿弥じゃない!」


 かつて無いほどに声を荒げるロクシオ。クールに見えて彼女は、自分の事より仲間の事に怒れる熱さを持っている。


「『凝り固まった世の中を変えたい』……ってか。ヤツの口癖だったなぁ」

「ギルドの影を白日の下にさらし、真に平和と探求、冒険のためのギルド組織を作ろうとしていたわ。命をかけて――」

「かっか! なンとも勇者らしいじゃねぇか! だがなぁ、ロクシオ。二人旅の途中、ヤツはこうも言っていやがったンだ。『揺り戻しながら、世界はきっといい方向に進んでいく』ってよぉ。……俺も、そう思うぜ」

「そんなの妄言だわ! 相変わらずお人好しなのね、グラン師。アルもよ!」

「お前ぇは、ちっとも丸くならねぇなぁ!」


 頭からひっくり返るほどに体を反らせ、大口を開けてグランはげらげらと笑った。


「人間、そう簡単には変わらないものよ。良くも、悪くもね。……その花、『七色スミレ』。この辺りには自生しない事くらい知っているわ。アルクに手向けるため、わざわざ魔王城の近くまで行って摘んできたんでしょ?」

「ちっ。相変わらず何でもお見通しってか。ああ、そうさ! ひよっこどものガイドを始めるための、下見を兼ねてな」

「南大陸からの定期便の目処、立ったみたいね。ロズ船長が安定した航路を見つけたとか」

「ロズも俺と同じ穴のムジナだぜ。秘境にすっかりハマっちまいやがってなぁ! ……ま、北大陸も少しは賑やかになンだろ」

「そうなれば、きっとこのお店は大繁盛ね。金も、名誉も女だって思うがままね」

「根に持ちやがんなぁ……。マリアリアが見抜いたとおりだぜ。アレは強がりだって、ロクシオも分かってンだろぉが」


 思わずグランは嘆息した。


「だけど、グラン師もアルも水くさいわ。冒険に行くなら、私にも声を掛けてくれたら良かったのに。マリアだってきっと――……」

「考えはしたさ。だが、そう簡単につかまる賢者様と聖女様じゃねぇだろ?」

「家族の間に立場の壁なんてないわ! アルだけずるい! ……グラン師との最期の旅、私も一緒に行きたかったのに」


 怒鳴り声を上げたあとは一転。消えいるような声で、ロクシオはぽつりと呟いた。


「あぁ!? なんだってぇ? 俺も耳が遠くなってな、はっきり喋ってくれないとわからねぇンだ」


 鍛えた耳には聞こえているが、聞こえていないふりをしておく。


「何でも無いわよ! このバカ師匠!!」


 再び声を荒げ、ロクシオはグランの懐に綿の塊を力一杯投げつけた。


「なんだ、こりゃあ……上着?」

「プレゼントよ。今日でしょう? 貴方の誕生日」


 尖ったエルフの耳先に、火が灯っていた。腕組みし、ぷいっとそっぽを向くロクシオ。照れ隠しをする姿は、八歳の頃から少しも変わらない。


「風螺神の月、十二日だな。ンなこと、すっかり忘れちまってたぜ」


 食器棚の上にあるロクシオ特製、魔道具の自動日めくりカレンダーをグランはちらりと見遣った。


 六十も近くなると誕生日に喜びはほぼ無いし、秘境に一人で籠もっていれば、日にちの感覚など無くなってしまう。意識するのはぜいぜい、季節くらいのものだから。


「ここの冬は寒いから……魔法式を刻んだ半纏を作ってあげたのよ。魔力はその辺の植物から供給されるようになっているから、効果は永続するわ。……風邪、引かないようにね。その歳で一人だと、下手したら死んじゃうから」

「お、おう。ありがとうよ、ロクシオ」


 いつも当たりの強いロクシオが、真っ直ぐ身体の心配してくれるのは初めてのことだ。百戦錬磨のグランとて、ついつい動揺して口ごもってしまう。


「嬉しいでしょう? 大賢者様のブランド品よ。お手製の魔道具なんて、百年並んでも買えないんだから」

「ああ。めちゃくちゃ嬉しいぜ。何年か前、オルサックに遊びに行ったが、一日並んでも栞の一つも買えなかったンだ。お前が開発した、勝手にページを捲ってくれる魔道具さ! アレが一つ、欲しかったんだがなぁ!」


 実母の出身地オルサックは、現在のロクシオの拠点だ。


 魔法の平和利用を標榜としたロクシオ肝いりの研究所では、魔法の改良はもちろん、魔道具の発明や魔導機関の開発などが行われている。後進の育成にも熱心で、世界中から優秀な魔法使いの卵を集めているという。


「嘘!? オルサックに来ていたの? そんなの、言ってくれればどれだけでもあげたのに」

「オルサック料理を食いたかったのが一番だが……こっそり行ってお前の人気を肌で感じてみたかったのさ。どれ――」


 早速包みを開け、グランはそれを羽織ってみせた。身体に吸い付くようなサイズ感。一ミリィも狂わずぴったりだ。


「おお! 大賢者様の魔法ってのはすげぇモンだぜ!! すぐに温かくなるし、サイズもぴったりだぜ! コイツぁ……魔法で自動調整されてンのかぁ?」

「……とんだボンクラね。一度読んだ事は忘れないって、何度も言ってるのに」


 小さな囁きは完全に空気に溶け、消えた。


「あぁ?」

「そうよ! これで分かったでしょ! 私は大天才だって!! もう! この大バカ師匠!!」


 顔中を真っ赤にして叫ぶロクシオ。


 さっと踵を返して玄関扉を大袈裟に開け放つと、勢いをそのままに家の外へと飛び出していった。


「……何を怒ってやがるんだ、アイツ?」


 月と星以外に光源がない北大陸の夜は、どっぷりと暗い。


 もらったばかりの半纏の上に家宝の大剣を背負い、魔道具のランタンは左手に。グランは急いでロクシオを追いかけた。


 無手でもあらゆる魔法が使えるロクシオに万に一つも無いが、どれだけ経っても弟子は弟子。


 要は、心配なのである。

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