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33.勇者の初恋

「……今、はっきり理解しました。世界を救ったのは、食べ物の、グラン先生の力だって。正攻法じゃ、エリシスには絶対に勝てませんでしたから。あーあ……。僕達だって一生懸命修行したんだけどなぁ」

「バカ言え。お前達以外の誰が魔王城に辿り着けたってンだ。……で? その時の様子を詳しく教えてくれよ。ロクシオには……どうも聞きづらくてな」

「賢明ですね。『触らぬ地母神にマグマ無し』と言いますから。聞いて下さいよ! ロクシーってば、その時――」


 『大当たり』にかぶりついた途端、クールを地で行くロクシオが尖ったエルフの耳先まで真っ赤に染め、フグのように頬をパンパンに膨らまして悶絶しはじめたようだ。


 魔王城の床でのたうち回るその姿、ギャップがあまりにもおかしく、マリアリアが堪らず噴き出すと、次はアルク、最後は魔王エリシスまで、腹を抱えて大笑い。


 笑い声の渦の中、正気を取り戻した賢者は「食べてみれば分かるわよ!」と、件のおにぎりを差し出した。五日間戦い続け、お腹の空いていた勇者、聖女、魔王は迷わず挑戦を決意――


 あまりの辛さに汗と涙をだらだら流し、四人一丸となって激辛おにぎりを討伐してがっちりと握手を交わせば、絆のようなモノが芽生えたという。


 そんなこんなで、魔王エリシスは一行とすっかり打ち解ける。


 アルクの淹れた食後のお茶を飲みながらよもやま話を重ねるうち、ふと和解の糸口が見つかったそうな。


「全部、先生の予想通りでした。ただエリシスは寂しかったんです。無限の命があるだけに、一万年も一人きりで……」


 創世期――

 空からやってきた神々との戦いで、原住民である魔族の多くが命を落としたという。魔王城とは、その墓標。


 さまよえる同胞の魂を鎮めるためにエリシスは魔王城と北大陸を守り、一万年の時を一人、歩み続けていたのだ。


「長すぎて想像も出来ないがよぉ……。人が拗らせる理由なんざ、昔っから孤独かハラヘリのどっちかって相場が決まってんのさぁ! どっかの勇者様みたいになぁ!!」


 弟子入りを懇願しにグランの許を訪れた三人の子どもの様子を思い浮かべ、グランはけらけらと笑う。


「あ、あれは! マリーでも僕でもなく、ロクシーのお腹の音なんですっ! 隣で聞いてて、ひっくり返るかと思いましたよ!」

「……知っていたさ。だが、それで全てが始まった」

「先生は、何でもお見通しなんですね」

「そりゃあそうだぜ! 一応はお前ぇたちの師匠だからなぁ!」

「一応も何も。最高の師匠ですよ?」

「や、やめろってンだ! くすぐってぇぜ!」

「くすっ。お腹が満たされれば、心も満たされる……それもグラン先生の教えでしたね。そのおかげで、エリシスも心を開いてくれました」


 魔王エリシスが望んだことは唯一、仲間の魂を供養すること。それさえ叶えば、自ら命を絶ち、北大陸を解放することに躊躇いはないと断言した。


 エリシスの望みを叶えるために必要なのは、巨大な器。それを持つ者は、唯一勇者アルクのみ。


 一時も迷うことなく、魔王との盟約を結ぶ事を決めたアルク。魔王城に縛られた魔族の魂を全て受け容れ、浄化を果たしたのだ。


「その代償が、お前を蝕む『呪い』か」

「『呪い』……確かに、そうとも言えますね。ありとあらゆる病気にかかって、マリーでもお手上げですから」

「……師として、俺が勝手に悔いるのはお門違いか?」

「ええ。何度でも言いますよ。僕が決めて、僕が納得した事なんですから」


 アルクは穏やかに微笑み、続ける。


「それにね、先生。そのおかげで僕は、『勇者』という鎧を脱げたと思っているんです。ようやく、本当の自分を解放できました」

「まぁ、な。俺は、今のお前も結構好きだぜ」


 肩肘を張る必要が無くなった分、無邪気になったアルク。

 そんな彼のこともまた、グランにとって愛おしい。


  ▽


「さて、と……。グラン先生。僕は今から、魔王城に向かいます。エリシスに、どうしても花を手向けたいんです」


 軽い昼食を済ませ、クッキーとともにハーブティーを一口。


 訪れた心地よい沈黙を破るように、アルクが掠れた声で言葉を絞り出した。


「……その様子、惚れたな?」

「はい。魔王エリシスは僕が恋した最初で最後の女性です」


 嘘を吐けない男だ。空よりも広い空色の瞳が、真っ直ぐにグランを見つめていた。


「旅の果てに出会った女に一目惚れってかぁ? 全く贅沢なヤツだぜ。ずっと美女二人と一緒にいたってのによぉ」

「美女? 二人というと、ロクシーとマリーのことですか?」

「決まってンだろ。他に誰がいるってンだ?」

「そんな気になんて、とてもなれませんでしたよ。……僕はね、先生。いつだって、勝ち目のない戦いには挑まないんです」

「まさか……最初の手合わせの時もか?」

「もちろんです」

「ちっ! 可愛げのねぇやつだぜ。……ま、ずっと一緒に暮らしていれば仕方ねぇってなぁ。いいとこも、悪いところも丸見えだからよぉ!」

「そういう意味では……。二人とも、素敵な女性だと思いますよ?」

「素敵? かっか! 俺に言わせりゃあ、ただのガキだがぜ!」

「……これは筋金入りだ。頑張りなよ、マリー、ロクシー」


 アルクは顔を伏せて言葉を零し、ひっきりなしに首を左右に振った。


「あぁ? 何か言ったか?」

「いーえ。何も」

「……まあ、ともかくだ。今のお前を危険な旅に送り出すワケにはいかねぇな!」

「僕だってまだまだやれます! いつかのように、手合わせで証明しても――」


 言葉を遮るように立ち上がるグラン。


 迷うことなく台所に立ち、容量の小さなドッヂ・オーブンを縄で縛って肩に提げる。さらに、昨夜研いだばかりの家宝の大剣を背負った。


「一緒に行ってやるぜ。今の北大陸なら、俺が最強だ。来るべき開拓時代に向けて、魔王城の見学にも行っておきたかったからよぉ」

「先生……」

「勘違いすンなよ。青くせぇ恋の手助けをしてやるつもりはさらさらねぇンだ。……単に、渡りに船ってだけのことさぁ! 北大陸の案内をさせるなら、お前以上の人材はいねぇだろ!」

「魔王城まで、たどり着けないかも知れません……」

「そんときゃあ、ロクシオかマリアリアでも引きずり出して続きを案内させるさ。ちぃと、不安だがな」

「ありがとう……ございます。先生!」

「気にすンな。俺はこうも教えてやったはずだぜ? 弟子のケツを拭くのは師の役目だってなぁ。一度くらいは師匠風吹かさせてくれや!」


 上機嫌を装い、愉悦に笑うグラン。アルクは目に涙をいっぱいに浮かべ、身体を震わせていた。


 本当に人が変わった。長年共に過ごしたグランにして、アルクの涙を見るのは初めてのことだ。


「……無理してやがったンだな。気づいてやれなかった俺こそガキだってんだ」


 言葉が落ちる。


「?」

「な、何でもねぇよ。ほぅら、さっさと支度しな。すぐに発つぜ。……その身体、長くは持たねぇんだろ?」

「……はい」

「いいか? 今度は俺がお前を守ってやる。今のお前でも食えるレシピだって開発してやる。だから……絶対に魔王城に辿り着くぞ!」

「先生と二人で冒険、きっと最高のお土産になります!」


 細腕のアルクが持つのは、背丈ほどの木の聖剣を一振り。太陽神の加護をほとんど失った今、正直言って戦力としては心許ない。


 それでも、決めたことだ。


 北大陸の北端、魔王が住んだ城へ。二人は小さな一歩を踏み出した――

コタエアワセの章。勇者アルク編、完結です。

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