30.師の背中
「ば、バカなッ!! それじゃお前達、俺の戦いを見てたってぇのか!?」
両手でバンとテーブルを叩き、勢いのままグランは立ち上がった。
視点を動かせば、申し訳なさそうに顔を伏せるアルク、唇を尖らせるマリアリア、相変わらず平然とスープを啜るロクシオの姿が映った。
「しっかり見届けたわよ、グラン師の戦闘。少しも恥じることはないわ。私たちの師に相応しい、立派な戦いだったから。……そうでしょ、アル、マリア?」
「はぁ……。言わないでおこうって決めたばっかりじゃないか。ロクシー」
「ロクちゃん、いっちゃ、だめ、だよ」
「隠し事は苦手なのよ、私。それに、言ってしまったものは、取り返しようがないわね?」
口端を上げ、ロクシオは戯けるように小さく肩を竦めた。
「ぐぉおおぉおお!! アレが、アレが全部見られてたってのかぁ……――!!」
「かっこ、よかった、よ。せんせ」
「僕達、最初から最後まで、かじりついて先生の戦いを見ていました。ただ殴って受けて、また殴ってまた受けて……。正直ぶ格好でしたけど、何だか大切なことを思い出させてくれるような……そんな熱い、熱い戦闘でした」
アルクの言うとおりだ、お互い体力が尽きてからは、技術も何も無い、単なる殴り合いだった。そんな戦闘を思い出したグランは、堪らず頭を抱えて頽れた。
技術だとか工夫だとか、頭を使えだとか散々諭してきたというのに、最後に見せた戦闘が、比類無き泥仕合だったのだ。大袈裟なグランの反応だって、無理もない。
「お、俺だってよぉ! ……お前達が見ているって知っていたら、もっとまともな戦いをしたってンだ!!」
「無理でしょうね。あのやり方だから勝てたのよ」
「ぐぬぬ……」
ロクシオの言うとおりだ。磨いたどの技も、どの戦術だって、ドラゴン・タートルに通用するイメージがグランには少しも湧かなかった。アルクとマリアリアも、首を縦に振って同調している。
「まずは、心配を掛けたことを謝りなさい。……特に、マリアにね。グラン師のサポートに行くって聞かなかったのよ。知っているでしょ? 火が付いたこの子をなだめるの、大変なんだから」
「とっても、ね。しんぱい、した、よ」
ロクシオが涙目のマリアリアの背中を抱き、慈しむように秋桜色の髪を撫でていた。
「俺にとっちゃあ、一世一代の大冒険だったんだぜ!」
「むぅ……」
更に、頬を膨らませるマリアリア。ぷっくり膨らんで、そろそろ爆発でもしそうである。
「……し、心配掛けてすまなかったな、マリアリア」
あっさり折れるグラン。
「いい、の。せんせ。て、みせて」
満足そうににっこり笑うと一転、マリアリアは力強い眼差しでグランを見つめた。顔をしかめてそっぽを向くグランだが、両手は素直にマリアリアに差し出す。
「けが、いたい、でしょ?」
「ちっ! こいつぁ名誉の負傷ってヤツで――」
グランの額をぺちんと優しく叩くマリアリア。その一撃が「怪我したら痛ぇだろ?」とマリアリアを諭した記憶がグランの記憶を呼び起こした。
「なおす、ね」
「……ああ。頼む」
「神聖力の無駄遣いだぜ……」と格好を付けて言いたくもなるが、マリアリアが一度こうなってしまえば、どのみち止める術など無い。
グランの前に開けているのは、大人しく治療を受ける道だけだ。
「……で、でもよ、この傷は戦闘じゃなく、調理でハンマーを振るったせいなンだぜ! ヤツの甲羅が予想以上に硬くて、デカくてよぉ! 砕く以外に捌く方法が思いつかなかったのさ。……ちっ! どうして言い訳してンだ、俺は!」
スッポンならば、エンペラに刃を入れて甲羅を簡単に切り離すことが可能である。形状は似ていてもドラゴン・タートルのエンペラは遙かに固く、家宝の大剣すら通らなかった。
絶命したスッポンは、急激に鮮度を落とす。ドラゴン・タートルが同じとは限らないが、試行錯誤をする余裕など無く――
グランにはあったのは、巨大な槌に地母神の加護を込めて、ひたすら叩き続けるという選択肢のみ。慣れない槌を振るったせいで、剣ダコでガチガチの手にも、あちこちに血が滲んでいた。
「なおった、よ」
「……ありがとよ。マリアリア」
「スープ、おいしい、よ。また、つくって、ね。せんせ」
「怪我しない調理法を考えておくぜ」
「うん!」
「私も気に入ったわ、このスープ。物語があると、料理は一段と美味しくなる……。そう、よく言っていたわよね。グラン師?」
「それどころの騒ぎじゃなかったんだがな? 命がけだったんだぜ」
「ですが先生。僕達にとっては、最高の物語が詰まった料理でした。戦いをワクワクしながら見るなんて、随分久しぶりでしたから。このスープを食べに、必ず戻ってきます」
「なんだなんだぁ? 揃いもそろって、こんなおっさんにまだ命を張れって言うのかよぉ……――」
ドラゴン・タートルの頑強さを思い出し、がっくりと肩を落とすグラン。けれど、久々に戦士として認められた気がして嬉しく、その口元は緩みっぱなしだ。




