29.魔道具は進歩する
「ま、まあ。付き合いだけは長いから」
ロクシオは鼻先をすんと鳴らす。それを見たアルクとマリアリアは、口元に手を添えてくすりと笑った。
「それにしても……ふふっ。いつも『特別な日ほど、いつも通りにしろー!』って言ってたグラン師が、今日に限って新作料理を出すっワケ? ダブルスタンダード。そういうの、嫌われるのよ?」
「そうか? なら、ロクシオはいつものだな。折角作ったってのに、残念だぜ……」
首をひっきりなしに振りながら、わざとらしくグランは大きなため息を吐いた。
「えっ!?」
一瞬にして顔面を蒼白にするロクシオ。
「心配すンな。いつもの食事も、ちゃんと用意してあるからよぉ」
「な、何もそういうつもりじゃ――」
「お前達はどうする? なぁアルク、マリアリア?」
「僕は新作料理が食べたいです! 先生!!」
「せんせ、せんせ。わたしも、だよ」
テーブルに手を突いて身を乗り出したアルクとマリアリアは、空色と翡翠色の瞳をキラキラと輝かせていた。
「だとよ。もう一度だけ聞いてやるが、ロクシオはどうするンだ?」
「……じゃあ、私もそれでいいわ。いつものも食べるけど!」
「くっく……。良い心がけだ。長丁場になるンだろうから、腹はきっちり満たしとけってな。犬並みに鼻が利くロクシオの見立て通り、お前達にははじめて振る舞う料理だぜ。何せ、材料の調達が難しくてな――」
グランは、すっかり馴染みとなった巨大ドッヂ・オーブンの蓋をひと思いに外した。
「なによ、これ? お湯??」
一気に放たれた湯気が、窓から入る朝東風に吹かれて飛んでいく。
ロクシオが見間違うのも無理はない。鍋の中に姿を現したのは、美しく澄んだ透明の液体なのだ。その透明度は、鍋の黒い底がはっきりと見通せる程。
「うう、ん。ロクちゃん、ちがう、よ?」
「だったら何だっていうのよ!」
「もしかしてこれ……滑亀のスープ、ですか?」
「ご名答だぜ。さすがはアルク。ドワーフ王国では勝ち……いや、家族が体調を崩したときに、必ず作ってやるスープなんだぜ。病を運ぶ悪魔に負けないようにってな。そこの湖で偶然、スッポンに似たような生物を見つけたからよぉ。お前達の無事を祈って作ってみたンだ……ま、一種の願かけだ」
「先生……」
「もちろん味も良いし、栄養も満点だ。別の出汁で煮てあるヤツの身を入れれば、ボリュームだってそこそこある。……ほら、皿を寄越しな。取り分けてやるよ」
エンペラで切り離したスッポンの甲羅を、ネギとショウガと共にじっくりゆっくり煮込んでアクを取り続け、一晩かけて透明度を増していくスープだ。
極めて滋味深く、一口飲めば力が漲り、心も身体も芯からぽかぽかと温まる。
いつも通りの順番で、いつもとは違って無言で差し出されるスープ皿。
ドッヂ・オーブンから透明の液体を掬い上げれば、空気と混じってショウガとネギのフレッシュな香りが輪郭を見せた。注いでみれば、白湯にさえ思えたそれには「スッポン」のエンペラの成分が溶け出し、たっぷりとろみがついている事が分かる。
仕上げに、別の鍋で魚介の出汁と煮ておいた切り身を加えれば……グラン特製「スッポン」スープの完成だ!
「優しい味……。力が、湧き上がってくるみたいです」
まずは一口、スープだけ。啜ったアルクが感慨深く言葉を漏らした。
身を口の中に放り込み、何度も噛んで飲み下したマリアリアは、眼を閉じながら満足げにゆっくりと頷いていた。プリプリとした独特の歯ごたえもお気に召したようだ。
「……ねえ、グラン師? スッポンの代わりの食材、ドラゴン・タートルでしょう? 堆肥舎に入れてあった甲羅、特徴的だったわ」
珍しく隣の席に着いたロクシオは早速一皿目を空にし、お代わりをよそいながら流し目にグランを見る。
「がっ!? ……なンだよ、つまんねぇな。お前は何でも知ってやがんだな、ロクシオ」
「当然よ。いくら上手に気配を消しても、私の探知は欺けない」
「ちっ! ああそうさ! 昨日の散歩中、偶然その辺でくたばってるドラゴン・タートルを見つけて――」
「ふふっ。ついでに良いことを教えてあげるわね、グラン師」
「……いいこと、だぁ?」
「私の作ったカンテラにはね、暗視機能と遠視機能が付いているの――」
髪を耳にかけ、二杯目のスープを啜ったロクシオは、嫌らしく口端をつり上げた。
明かされた衝撃の事実。グランは、顎が抜けるほどに大口を開けている。




