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26.ワガママ

「感謝するわ、グラン師。正直言って私たち、目的を見失いかけていたの」

「分かってくれるか、ロクシオ!? だったら、今すぐ――……」

「せんせの、笑顔。料理、ね。わたし、たち、人なんだって。教えて、くれるんだ、よ」

「馬鹿言うな、マリアリア! お前達は人だぜ! 誰よりも真っ当な!!」

「……分かってる。分かっているのよ。だけど、ふと忘れそうになっちゃうの。魔族、魔獣、魔物……もちろん、人類の敵だって分かっているわ。それでも、何百万と命を奪っているとね」

「僕達が、今まで魔王討伐を躊躇っていた理由……。それは、彼女にもきっと、守るべきモノがあると思ったからです」

「……ちっ! やっぱりそうなっちまったか!」

「やっぱ、り?」


 舌打ちし、顔をしかめるグラン。


 顎に人差し指を添え、マリアリアはたおやかに首を傾げた。


「お前達はハンパなく優しい。……だからよぉ、俺はずっと、お前達がヤツらに同情してしまうことを恐れてたンだ!」

「えへ、へ。せんせ、わたしたち、見てて、くれた」

「ッたりめぇだ! お前達のいいところばかり、たっぷりとな。……アルク。抜け目ないお前の事だ、魔王と話はしたんだろ?」

「何度もやってみました。ですが、いつも平行線で……。根源的に、魔族と人類は共存できないようです」

「無理もねぇさ。魔族を守護する邪神と、俺達人類を守護する太陽神、地母神、風螺神とは創世の頃からの敵対関係って話だからな」

「……はい。魔王は、僕達の神様のことを、侵略者だと言っていました。事実、空から来た神々は、『魔族』の住み処を強奪したようです」

「魔王城辺りの石碑、お墓。……古の時代の、神々の戦いの記憶が刻まれていたわ。歴史学者は狂喜乱舞でしょうね」

「魔王、ね。ひとつも、うそ、言ってない、よ」

「そいつぁ、何とも根深いぜ……。俺如きにゃあ、及びもつかねぇ」

「悩んで、悩んで……。正直、何度も心が折れそうになりました。だけど今日、覚悟が決まりました。一人でも僕達の命が大事だって、そう思ってくれるなら戦えます。……『守るために振るう剣は何よりも強い』グラン先生が僕に、はじめにくれた言葉です」

「くそぅ! 何て無責任なんだ、俺はよ! 力も無いくせに!!」


 どんと音を立て、グランは拳でテーブルを突く。


「……力には、ね。いろいろな形、あるんだ、よ?」


 グランの拳を両手で優しく包み込み、マリアリアは微笑んだ。目に一杯の涙を浮かべて。


「畜生め……。それも、俺が言ったんじゃねぇか!」

「せんせの命、未来、守るよ。わたしたち」

「だから先生、約束して下さい! 僕達が十日以内に帰ってこなければ、ここから逃げる事を。聖教会の本部に、ロクシオとマリアリアが全力で結界を張っておきました。……大切な人を連れて、どうか!」


 アルクはそう言って、ロクシオの強力な転移魔法が込められたスクロールをグランの目の前に差し出した。


「こんなモン、いるかってンだ!」


 受け取ると、片時も躊躇う事無くグランはそれを無茶苦茶に引き裂き、紙片を無垢の床に放り投げた。


 さらに、鬱憤を晴らすかのようにどんと床を踏み鳴らし、叫ぶ――


「俺を恩知らずにすンな! 生きる理由をもらってたのは、お前達だけじゃねぇ。……お前達とメシを食う度、今も俺の無上の喜びは積み重なっていくンだぜ」

「グラン師……」

「だからよぉ……俺の事は気にせず行ってこい! 俺達は師弟、死なばもろともだろ? 十日と言わず、いつまでも待っててやるぜ!」

「やっぱり先生だ。先生なら、そう言ってくれると信じていました!」

「わたし、勝った、ね」

「はぁー……。なんだ、私の一人負けじゃない」


 立ち上がり、がっしりと固い握手を交わすアルクとマリアリア。


 一人ロクシオは嘆息し、がっくりと肩を落とした。


「お、オイオイ、てめぇら!! まさか、俺のことを賭けのネタにしてやがったのか……――!?」

「……さあ、どうでしょう?」

「しらばっくれんな、アルク……! 畜生ォ! 表に出やがれッ!!」


 ほくそ笑むアルク。勢いよく立ち上がるグラン。


 そんなグランの背後ではロクシオが、本物の転移スクロールを、そっとレシピ本の隙間に差し込んでいた。


「勇者の僕に、恩人を手にかけろと言うんですか?」


 アルクも二十歳。随分大人になった。余裕の笑みを浮かべてグランを手玉に取る。


「ぐぐぐ……」

「えへ、へ。みんな、仲良し。嬉しい、な」

「ぷっ……! はははっ! マリア、貴女はやっぱり最高ね!」


 先ほどまでの緊張感はどこへやら。


 空気を読まないマリアリアの言動にロクシオが噴き出す。それを皮切りに腹を抱えて大笑いすれば、四人はすっかり元通りだ。


「……心が決まったなら、風呂に入って早く寝ろよ。長丁場になるンだろ?」


 笑いが落ち着き、場が日常を取り戻した頃。席を立ったグランはくるりと三人に背を向け、右手を挙げてひらひらと振った。


「グラン師? こんな時間にどこかへ行くの?」

「……散歩だ」

「そう。夜の森は危険よ。私もついて――」

「考え事をしたいンだよ。ガキは来ンな。邪魔だ、邪魔!」

「もう! いつまでも子ども扱いしないでよ!」

「はン! 匂いで釣られなきゃあ朝も起きられないヤツが言うセリフかよ」

「み、見てなさい! 明日は自力で起きてやるんだから! これで完全に、貴方からは卒業よ!」


 顔を真っ赤にしたロクシオは、グランに外套着と自作の魔道具のランタンを押しつけると、逃げるように風呂釜の方へ走って行った。


 今も変わらず、風呂焚きはロクシオの役割なのである。


「ッたく、そういうところがガキだっていってんだ。……ロクシオの面倒と戸締まりは頼むぜ。アルク、マリアリア」

「はい!」

「わかった、よ」


 ほんのり温かさを感じる外套着を羽織って、その上に大剣を背負う。

 愉悦に笑いながらグランは、夜の森へと歩を進めるのだった。

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