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24.いつの日か師は

「あー……うん。完全に理解した。もう俺、問答無用で戦力外だわ」


 三人が動き出してから、まだ一時間も経ってはいない。そのわずかの間に、差し込む光さえまばらな、陰鬱の権化たる森の環境は一変した。


 勇者アルクの聖剣が木々を伐採して傍らに積み上げると、賢者ロクシオの焦熱魔法が瞬く間に下草を焼き払う。同じくロクシオに召喚された土の精霊達(アース・エレメンタル)が残渣を取り除いて地ならしを済ませた後、聖女マリアリアが祝福を施せば、肥沃な平地が出来上がりだ。


 冷たいお茶を用意していたグランに一瞥だけすると三人は、間髪容れずに次の工程へ移った。


 アルクが神業の如き剣捌きで木を製材して空に放り投げると、ロクシオが風魔法と炎熱魔法を両手で巧みに操って次々と乾燥。さらに、マリアリアが天界から喚んだ筋骨隆々の大工天使達が、慣れた手つきでそれを組み上げていく……――


 なんということだろう! 目の前に各人の部屋と立派な厨房、四人が十分に憩えるほどに広いリビング・スペースを備えた一軒家が現れたではないか!


 ……繰り返すが、その間、実に小一時間。


 グランはただ、大口を開けて見ていただけ。手を貸そうとして、大工天使に邪魔だと目配せされ、ショックを受けた事は内緒だ。


「あの……ちょっと聞いていいですか?」


 あまりの壮絶さに、口調までも畏まってしまう。


「せんせ、なぁに?」


 相変わらずのぽやっとした風で、マリアリアは頬に人差し指を添えて首を傾げた。


「俺達、どうして毎日テント張って、固い地面の上でぎゅうぎゅう詰めになって寝てたんだ? こんなことが出来るなら、快適に雨風凌げてたんじゃ……?」

「何を言ってるんですか先生! 旅は情感が大切なんです! 毎日立派な宿に泊まっていたら、少しも思い出に残らないでしょう!」

「あ……はい。ソウデスネ」


 グランとしては、恐る恐るタブーに踏み込んだつもりだった。「その手があったか!」という反応を期待して……。けれど、意味不明な理由をさも当然のように振りかざすアルクに、バッサリと両断されてしまう。


 「わかってくれるだろう?」と目配せするが、残る二人も腕を組み、「アルクよく言った!」とばかりに、大きく首を上下に振る始末だ。


 浮き世離れした三人の反応が、遠く忘却の彼方にあったグランのある記憶を呼び覚ました。


 アルクは南大陸で覇権を握る大国の王子であり、マリアリアは最大勢力とも呼ばれる神教会の期待を一身に集める貴ぶべき存在。ロクシオもロクシオで、世界の知の集積地たる至大図書館の司書を代々務める公爵の令嬢だという記憶を。


 少し強いだけで、純然たる庶民であるグランとは、感覚がまるで違うのだ!


「な、なあ、お前達? 本当に俺の料理なんかがいいの……? 今までもさ、その……不敬とかなかった?」


 貴人達の感性や味覚を、あらぬ方向に塗り替えてしまってはいないだろうか。(チリ)が積もれば、断首に至るかも知れない。グランは、震える声で問いかけた。


「いいに決まってます!」

「せんせのご飯。とっても、美味しい、の!」

「……何度も言わせないで。あの味付けじゃないと私達、もう満足できない!」


 きれいに揃った言葉はうまく聞き取れないが、その気迫から伝わるものはある。どうやら、グランの首の皮は繋がったらしい。


「あ……ども。だけど、どうすんの? 店の位置固定だと、不便じゃない? 食事係として同行しようか? ほら、今までみたいな感じで。食材調達に専念すれば、少しは――」

「残念ですが……この先、僕たちにも先生を守りながら戦う余裕はありません」


 顔を伏せて首を振り、アルクは消え入るような声で呟いた。


「うん。気付いてる。知ってて聞いた。こっちこそ気を遣わせて、なんかごめん」


 建屋の建築劇で、実力差は十分に理解した。きっと今までも、自分を巻き込まないよう、力を抑えて戦ってくれていたのだろう。


 グランにはもう、彼らと張り合う気など少しも起きなかった。


「簡単な事よ。毎晩、私の転移魔法で戻って来るの。下ごしらえや熟成が必要な素材は、前もって転送しておけばいいだけのこと」

「転移に、転送……だとぉ!? ってことは、これまでも南大陸に戻って、毎晩だって酒盛り出来たのか? あったかい布団で眠れたのか!?」


 グランの全身から、さっと血の気が引いていく。


 これまでの不便や節制は、一体何のためだったのか。ピーキーな食糧管理や、新鮮な水を調達する苦労は、無意味だったのか。


「これだから素人は困るわ。魔王の帳のせいで、北大陸から南大陸への転移は無理。だけど、大陸内なら、端から端まで転移は可能ね」

「そいつぁ良かった……のか?」

「北大陸での拠点を作ろうと、ずっと考えていたんです。そろそろ敵も手強くなってきて……。残念ですが、情感とばかりも言っていられなくなりました」

「整った調理場に、手頃な狩り場や畑があれば食材も揃って、美味しい料理が出せるでしょ? 野外料理も嫌いじゃないんだけど……グラン師の手の込んだ料理が、そろそろ恋しいのよ」


 ロクシオは目を伏せ、ほんのりと頬を赤らめた。


「あ、ありがとよ。ロクシオ」

「おいしい、ごはん。元気、いっぱい!」

「マリアリアも、だな」

「それにね、水浴びばかりじゃなく、そろそろお風呂にも浸かりたいの。お腹いっぱい食べて、ゆっくり休まないと、勝てるものも勝てないわ」

「……全部、グラン先生の大切な教えです」

「ああ。そうだったな、アルク。……ちっ、観念したぜ! 狩り場の調査、種苗の確保に栽培、それから、鶏の繁殖……やることは山積みだ。応えてやれるのは先になるが……料理のリクエスト、あるなら言いやがれ!!」


 英雄達の一連の言動は、グランが作る料理への執念の強さを物語っている。熱望されているとなれば、グランとて覚悟を決める他はない。


 覇気が戻ったグランの瞳を見た三人の弟子達は、安堵に顔をほころばせると、我先にと手を挙げて叫ぶ。


「当然、私は『大好み焼き(オオコノミヤキ)』よ! キャベツは山盛り。具はベーコンもいいんだけど、脂の乗った黄金豚のバラ肉が一番ね。そうそう、モクモクドリの卵は必須だから」

「せんせ、わたし、ね。『天空大海老のパン粉揚げ(エビ・フライ!)』がいい、な。おっきいエビ、見つけたら、送る、ね!」

「僕は……やっぱり先生の『熟成鳳凰鳥(ホーホードリ)のまるごとハーブ焼き』が忘れられません! 新鮮な野菜に、鳳凰鳥の極上の旨みが溶け込んで、最高でした! 鳳凰鳥は北大陸には生息していないようですので……色んな鶏で試してみましょうよ、グラン先生!」

「くっく……。どれも、お前達の大好物だったな。これだけお膳立てされちまったら、俺にも意地があるってンだ! その三品、なるべく早く作れるように準備してやる!」


 いきなり訪れた、人生の一大ターニングポイントだ。


 三人の情熱に活力を得たグランは、拾った板きれに「準備中」と書き殴った札を新築の玄関扉に打ち付けながら、これからの構想を組み立て始めていた。


「やった! 先生の本気の料理、楽しみです! 皆で一緒の家に住んでいた頃を思い出しますね! 魔王城への道中で良さそうな食材があったら、どんどん転送しますから! よかった……。これで元気いっぱい戦えるぞ、マリー、ロクシー!」

「うん、うん!」

「もっと早く言っておけば良かったのよ! アル、そもそも貴方にはリーダーとしての自覚が……――」


 創世以来ずっと魔王の支配下にあり、南大陸とは比較にならないほど強力な魔獣や魔族が跋扈する北大陸でさえ、ただの食料庫と言わんばかりだ。


 次はあれが食べたい、その次はと、わちゃわちゃ楽しそうに話す異次元の三人。更なる魔境へと向かうというのに、緊張感の欠片もない。


 立派になった弟子達の、大きな背中が森の中に消えていく。グランは両頬をぱんと叩き、新たな役割を受け容れるのだった。

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