23.それは説得などでなく
「馬鹿げてるぜ……。剣を、戦術を、魔獣の知識に生存技術! ハナタレだったお前らに、一から全部たたき込んでやった俺様に向かってだ! こんな山奥で、ただお前達の帰りを、料理でも作って待ってろって言うのかよ!」
「はい! 僕達は大真面目です!」
地団駄を踏み、声を荒らげるグランに少しも臆することなく、アルクは即答した。その光速の剣捌きより速く、力強く。
「……な、舐めんなぁ! 今となってはお前らの足下にも及ばんが……。俺様はまだ、『傑剣』の称号を返上しちゃいねぇ! その気になれば金も名誉も、女だって思うがままってわけだ! ……なぁ、わかんだろ? わかって……くれよ」
「せんせ。そんなの、どれも、好きじゃない。わたし、知ってる、よ」
真理を見通すとされる聖女の瞳は、人の欲望にはことさら敏感だ。何も言い返せず、グランは顔をしかめ、ただ唇を噛んだ。
「自分の価値、本当に分かっているの?」
「あぁン?」
「グラン師の料理無しでは、私たちの戦闘力は半減。つまり、人類は魔王に敗北。世界は滅亡するってこと。そうなれば、お金も名誉も無価値よ」
「せんせ。わたしたち、支えて? おねがい」
真正面に位置を変えた三人の愛弟子が、真剣な眼差しをグランに向けていた。どれほど強大な敵と対峙しても見せなかった強い力を、その双眸に込めて。
「わたし、ね。もう。色仕掛けだって、できる、よ」
頬をほんのりと赤く染めたマリアリアがグランの許に歩み寄り、剣ダコでゴツゴツの手を優しく取った。
「き、効くかよ! 何度も言ってンだろ! 俺はガキにこれっぽっちも興味はねぇ!」
「むぅー……。それじゃ、せんせ。帰っちゃう、の?」
マリアリアの瞳の中、翡翠色の空には暗雲が垂れ込めて潤み、いよいよ土砂降りの気配を見せてきた。
「ぐ……こいつぁ。下手な色仕掛けより、数段タチが悪ぃぜ」
「あらあらグラン師。聖女様に恥をかかせるだなんて、罪深いのね。もう、南大陸にも居場所は無いわ。この子、これで結構人気あるのよ?」
マリアリアの肩を抱き、グランに流し目を送るロクシオの口元は、魔女のように嫌らしく吊り上がっている。
「ちっ、分かったよ! やるよ、やってやるさ!」
「やった!」
「ほとんど脅迫じゃねぇかよ。ようやく理解したぜ。全部お前達の筋書き通りだってな!」
「……さ、さあ。何の事でしょう?」
アルクはそっぽを向き、唇を尖らせて鳴らない口笛を吹いていた。
「しらばっくれンな。証拠はこの場所だ! 常識の壊れた北大陸じゃあ珍しく、この辺りの気候は安定してやがる。おかげで植生は豊かだ。近くにゃ川に……確か、でかい湖もあったな? おまけに、食材に向く手頃な魔獣もごろごろだぜ。それも、俺一人でもギリ討伐できるレベルのな。……どこまでもコケにしやがって」
「ははっ……。さすがはグラン先生、お見通しでしたか」
「ちっ! 雑に褒めても、何も出ねぇぞ」
「せんせ、すごい、よ。ほんと、だよ?」
「……だ、だが。料理宿っていうんなら、最低でも店舗と調理器材、水場くらいは必要だぜ。どうする?」
それらの調達は、流石に容易ではないだろう。したり顔のグランは、アルクに挑発的な目線を送った。
「先生。そんなの、簡単な事ですよ」
「……へ?」
「グラン師は分かってないのね。ほら、言ってみなさい。私たちが南大陸で、どう呼ばれていたかをね。『傑剣』みたいに、ダサい二つ名じゃないわ」
「『勇者』に、『聖女』に、『賢者』……だよな?」
「正解よ。お尻に剣が突き刺さっていても、まだそれほど耄碌はしていないみたいね。安心したわ」
「ロクシオ……さん? さっきから言いすぎじゃね!?」
「そう? 妥当な評価だと思うけど?」
ほくそ笑み、ロクシオは左肩を小さく上げた。
「てめぇ……――」
「あー、喧嘩はそこまでにしましょう。弟子達の成長、しっかりと見ておいて下さいね、グラン先生! ……それじゃ、かかろうか。マリー、ロクシー」
「ん! がんばる、よ!!」
「力のセーブ、ラクじゃなかったのよ。魔王討伐の準備運動が、やっと出来るわね」
「……何が始まるってんだ?」
きょとんとするグランをよそに、英雄達は、それぞれの得物を持つ手に力を込めた――




