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21.優先順位

 ラードと油が二度目の終演を迎えると、細長いエビ・フライ五本はすぐさま、再生したキャベツの山に等間隔に立てかけられた。


 勇者一行は、野菜もよく食べる。栄養面はもちろん、組み合わせての愉しみ方や食感に変化を付ける重要性をこんこんと説き続けてきたグランの教育の賜物である。


 ある程度腹が満たされ、食欲よりも未知の味への不安が勝ったのだろうか。先ほどと同じく良い香り、魅惑的なルックスで誘い続けるエビ・フライだが、飛びつく者は誰もいない。


 最後に席に着いたグランは尻込みする銘々の顔を見て肩を竦めると、大きく息を吸い込んだ。


「誉れ高き一番槍。『傑剣』のグランが頂くぜッ!!」


 場の注目を一身に集めるグラン。


 ふうふうと息を吹きかけて冷まし、天頂を見上げながらひと思い。丸ままエビ・フライを、口の中へと導き入れる――


「……はふぅ、はふっ」


 漏れ出す吐息にだって意味がある。グランの口の中の熱は潮風と混ざり合い、次第に丸みを帯びてきた。


 舌で温度を探り、落ち着いた頃合いに……一噛み。


 ザクっ! という心地の良い音が鳴ったかと思うと、グランの口元は瞬時に綻ぶ。空いた僅かな隙間から、思わず感嘆のため息が零れた。


 海老味噌だろうか。バターのように甘く、まろやかな風味のある頭部。


 トウガラシやニンニクなどのスパイシー。トマトとミソのコク甘も感じる刺激的な第一節。


 ローズマリーやバジル、様々なハーブの香りが爽やかな第二節。


 甘みと酸味が絡み合い、南国フルーツのような味の奥行き感じさせる第三節。


 そして、濃厚なうま味の濁流たる尾部。


 完成され、洗練された個性も、大海の懐深さにはひれ伏すようだ。グランの口の中、五種の異なる味わいが争うことなく調和し、艶やかな重奏を織り成していた。


 何より秀逸なのは、パン粉を纏わせて揚げるという、マリアリアが提案した全く新しい調理方法だろう。天空大海老の複雑な味わいを一つの衣の中に封じ込めることで、南大陸に名だたる名物料理の、夢の共演を実現した。


 眼を閉じるグランの脳裏に、世界中を旅した記憶が蘇ってくる――


 海老は、南大陸のどこの国でも愛されている食材。その分、香りや味が引き連れてくる情景は多く、また鮮明なのだ。


「――……ねぇ! ……ちょっと! 聞いているのグラン師!? 何とかいいなさいよ!」


 グランがぼんやりと目を開ける。鼻先には、ロクシオの漆黒の双眸があった。


「……ああ。すまねぇすまねぇ。何とも感慨深くてな。四十年人生の旅路をよぉ、もう一回歩みなおしてきたところなンだ」

「なによ、それ? ……全く意味が分からないわ」


 気がつけば、グランの頬には一筋の涙が伝っていた。


「な、泣いているの!? 一体どうしちゃったのよ、グラン師?」

「お前達も食ってみろって。俺の涙の意味が、きっと分かるぜ」

「それ……美味しいって事よね?」

「ッたりめぇだ!」

「グラン師にも、新しいエビ・フライにも、毒の魔力は感じないわ。……アルは、どう?」

「僕のチェックでも大丈夫だよ、ロクシー」

「ちっ! 師匠の言葉を疑うとはなぁ。寂しい人生送ってやがるぜ……」

「疑っているわけじゃないの。食事って、食べ合わせによってはマイナスに働いちゃうこともあるじゃない? だから……少し心配だったのよ」

「警戒するこたぁ悪くねぇ。俺だって、何度も腹を壊した事があるからよぉ。……だが、そんな必要は無かったって一口で分かるはずだぜ。ほぅら、冷めちまう前に食うンだな」


 アルク、ロクシオ、マリアリア、ロズの四人は顔を見合わせ、意を決したように頷いた。そして、グランがやったのと同じように天空大海老の尻尾をつまんで持ち上げ、天頂を見上げながら丸ごと口に放り込む。


 ザクザクと心地の良い音が聞こえればそう、五人もまた無抵抗に口元を緩ませ、だらしのない顔になって仕舞うのだ。


 涙を浮かべ、無言で深く頷くロズ。


 眼をまん丸に見開くマリアリア。


 思わず笑みをこぼすロクシオ。


 立ち上がって情熱的に語り始めるアルク。


 一噛みで人生の食の全て追体験できる味のるつぼであれば、反応が違うのは当然である。


「どうだぁ、マリアリア? 全部、予知夢の通りか?」


 落ち着いた頃、向かいに座るマリアリアにグランが優しく問いかけた。


「……うう、ん。ちがう、よ」


 ふるふると、秋桜色の髪を振るマリアリア。


「ど、どうしたってんだ? ……まさか俺、どこか間違えたちまったか!?」

「ゆめは、ね。味、ない、でしょ?」

「……かっか! そりゃあそうさ! 夢だからなぁ!」

「とっても、とっても美味しい、よ。せんせ」


 満面の笑みを浮かべるマリアリアの唇は、ラードの油でキラキラと輝いていた。


  ▽


「……足りないわ」


 このペースならきっと、残る十尾の海老など、あっという間に食べ尽くしてしまう。グランがそう思っていた矢先、綺麗に皿を空にしたある弟子が呟いた。


「賢者殿に同じさぁ! あっしも、まだいけるねぇ」

「僕だって、まだまだ食べたいです!」

「わたしも、だよ」

「……よぅし! なら、やることは一つだぜ!」


 グランはロズ船長と目を合わせ、同時に口端を上げた――


「総員! 進路反転、百八十度! 戻せぇえ!!」



「「「「おーっ!!」」」」



 美食の前で諍いなど存在しない。ロズのかけ声に応じる四人の声は、いつになくぴたりと揃った。

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