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2.幼き勇者たち

 こん、こんこん――



 王都郊外にある古い家の、薄い板張り扉が突如、リズミカルに音を立てた。


 外では真っ白な満月が、天頂辺りから世界をささやかに照らしている。夜虫の鳴き声さえ遠く、深閑たる世界でその些細な音は、まるで雷鳴のよう。


「ンだぁ? こんな遅くによぉ……。わりぃが、俺は直接の依頼を受けてねぇんだ! ギルド長のバビルスってのが、俺の専属受付で――」


 ぼやきながら酔った頭を掻き、空いた左手でグランはゆっくりと扉を開けた。


 王都に近いとはいえ、夜通し衛兵が巡回している城壁内と違って郊外の治安は、良いとはいえない。

 一見するとただの酔漢だが、グランは常に懐に短刀を仕込んでいる。どれだけ酒を飲っていても、敵襲となれば酔いは覚める。酔いの制圧は、酒の誘惑と危険がいつも両隣にある冒険者の必須スキルだ。


「あぁン!? 誰もいねぇ……だと? 確かに、音が聞こえたンだが……」


 頬をぬるりと撫でる夜風と、遠くのススキが立てるざわめきが不気味で、寒くもないのにグランは思わず身震いした。


 十歳の頃に王都に出て、一線級の冒険者を二十年以上も張り続けるグランとなれば、アンデッドの討伐数は星の数にも至る。祟りの一つや二つあっても不思議はないし、実際、冒険者仲間からそういった類いの話を聞くことも多い。そしてグランは、それが……大の苦手だ。


 身震いと共に思い出す怪談の数々。グランは背中に一筋、冷たいものが流れていくのを感じた。


「……グラン、先生!」


 静寂を破り、どこからか子どもの声が聞こえた。恐怖が押し迫ってくる。


 動揺を深呼吸と経験で制御し、まずは懐の短刀の位置を確認。顔面蒼白となったグランは、仄白い世界を恐る恐る見回した。声の主が見つかって欲しいような、そうでも無いような、なんとも複雑な心持ちである。


「せん、せ?」


 別の声だ。今度は女の子の声。聞き覚えがある声だが、どうしても思い出せない。それがまた、余計にグランの恐怖心を煽る。

 心なしか風が強くなり、ススキが左右に大きく揺れ始めた。それを望んで一献、風流を感じることもあるというのに、何故か今宵は、黄泉からの手招きのように思えるのだから不思議だ。


(……幻聴? 酒と疲労のせいだ。ああ、そうに違いねぇ! バビルスの野郎、覚えてやがれ!)


 こんな時は、眠ってしまうに限る。扉を閉めようと、震える指先に力を籠め……――ピクリとも動かない。


「金縛り……? 違う! 魔法かッ!? だが、どこから……――」

「下よ! このウスノロ!!」


 金切り声が聞こえたかと思うと、グランの身体を強烈な雷撃が走り抜けた。


「い、いってぇええ!!!!」


 その震源地は、向こう脛。最強の代名詞たるかの豪傑ですら、攻撃されれば涙を流したとされる箇所だ。グランとて例外ではない、あまりの痛みに思わず腰をかがめた。


 痛む脛をさすりながら顔を上げれば、目の前には大きな六つの瞳。

 空色、墨色、翡翠色。鉱山に眠るどんな宝石よりも澄んだそれらは、仄かな満月の光の下で、最上の輝きを放っていた。


「いたい、の。とんでけ!」


 翡翠の瞳、秋桜色の髪の少女が、グランの脛に手を添えた。不思議な事に、温かさと共に、痛みがすうっと引いていく。

 誇らしげに鼻をすんと鳴らし、少女がウェーブのかかった髪を掻き上げると、清涼感のあるコロンの香りが、グランの鼻腔を通り抜けていった。


 その隣で肩を上下させて笑い、したり顔をしているのは、大きなとんがり帽子を被った黒髪黒目の魔法使いだ。どうやら、彼女が履いている先の尖った革のブーツが真犯人らしい。


「が、ガキ共……だとぉ! 昼間のかッ!! ま、まさか俺、お前らのこと、殺しちまったっ……てのか……?」


 依頼で殺した魔獣の子が霊となり、夜な夜な報復にきたという怪談をふと思い出す。グランは頽れ、がっくりと項垂れた。


「すまねぇ! すまねぇ、どうか許してくれ! 俺だってあそこまでやるつもりは無かったんだ! お前達が、その……ちいっとばかし出来たもんだからよぉ。つい熱くなっちまったんだ!」


 両膝を突いたグランは頭の上で両手を合わせ、ぺこぺこと何度も頭を下げた。


 ようやく状況を理解したらしい、三人の少年少女は顔を見合わせて口端を緩め、同時に肩を竦めた。


「顔を上げて下さい、グラン先生。僕達、まだ死んでなんかいませんよ? ほら」

「……はぇ?」


 銀髪の少年が、握りしめられたグランの拳を解き、自らの頬に剣ダコでゴツゴツの掌を動かした。


「生きて……やがンのか?」

「そうですよ。だって、あったかいでしょう?」


 ほんのり少年の温もりが伝わってくると、ようやくグランは納得する。

 昼間にギルドの修練場で戦った子ども達は生きて目の前にいる。決して死霊ではないのだと。


「ああ、間違いねぇ、これは生者のもンだ……――ちょ、ちょっと待ちやがれ! おぉい、ガキ共! お前ら、この俺があれだけぶちのめしたってのに、もう目覚めやがったってぇのか!?」


 百戦錬磨のグランとて、全力に近い力を出さざるを得なかった。自然治癒力に優れる優秀な戦士であっても、一週間は寝込まなければならないほどのダメージを与えたはずだ。


 グランは両手を握り、開く。その時の確かな手応えが、まだ残っている。


「……そうね。あなたが、バビルスとかいうギルド長と下らない言い争いをしている時には、とっくに意識は戻ってたわ」

「し、信じられねぇ……。どんな手品だぁ? 当たり所が良かったのか? それなら意識は回復するかもしれねぇ! ……だが、怪我はどうなったんだぁ! あばらの一本や二本どころの騒ぎじゃねぇだろぉ!」


 興奮のグランが捲し立てる。想像を絶する出来事が今、目の前で起こっているのだ。


 治癒の魔法も存在するにはするが、大量の霊薬を用い、大勢の魔術師で術式を組み上げる必要があるものばかりだ。

 他に考えられるのは、神聖力を使っての治癒。しかし、神官の神聖力は生まれ持つものであり有限、かつ回復不可。それゆえ、多額の「寄付」をもってのみ行使される秘技である。


「わたし、ね。治癒のちから、いっぱい、だよ?」


 秋桜髪の少女は、自慢げにふんすと息を吐いた。実際、先ほど少女がおまじないをかけたグランの脛の痛みはすっかり治まっている。


「グラン先生とギルド長のお話、全部聞かせていただきました。……その上でお願いします! 僕達三人を先生の弟子にして下さい!」


 姿勢を正した少年が、銀色の頭頂を見せた。


「ば、馬鹿なッ! 分かって言ってんのかぁ? お前達が一体、どれほどの重責を、無責任な大人達に押しつけられてんのかをよぉ!」

「……逆なのよ、グラン師。私たちには他でもない、魔王討伐という唯一無二の価値があるの。……言い換えれば、他には無価値ってこと」

「おいおいおい! ガキのくせにそいつぁ少し、達観しすぎじゃねぇのかぁ?」

「残念だけど、事実よ。そこのアルクは第四王子で王位継承権は無く、国で目立てば暗殺者を仕向けられる立場。ちっこいマリアリアは、海ほど神聖力はあっても弁が立たず嘘も吐けずで、お人好しすぎるお飾り聖女。私、ロクシオは公爵令嬢だけど、一度は父親に捨てられた婚外子。おまけに、どこに行って見も気味悪がられる黒髪黒眼のハーフエルフ。……元の場所に戻ったって、碌な人生にはならないでしょうね」


 大きなとんがり帽子を脱ぎ、ロクシオと名乗った魔法使いは空いた右手で艶の深い黒髪を耳にかけた。

 エルフの象徴たる尖った耳先が見える。「混ざりもの」ハーフエルフは神の加護を受けず、不吉の象徴と囁かれているのだ。


「なるほど……。全員、訳ありってか」

「そうよ。だけど、才能だけはある。ドワーフのグラン師になら、私たちが受けてきた仕打ちも理解できるはずだわ。……グラン師の下で修行することが、そして、魔王を倒すことが、私たちが太陽の下で堂々と生きていける、たった一つの道なのよ」


 グランの胸元にぐいっと顔を近づけ、さらに語気を強める七歳の魔法使いロクシオ。


「だから、私たちも引き下がれないの! もしも貴方が断るって言うのなら……そうね、ドワーフの誇りなんですってね? その汚らしい髭。私の炎熱魔法で全部燃やしてあげるわ。それも、二度と生えてこないよう、根こそぎね」


 顎に人差し指を添え、ロクシオはたおやかに首を傾げた。たじろぐグランは顔を伏せ、自慢の長い顎髭を撫でるばかりだ。

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