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18.天空大海老のパン粉揚げ①

 しゅわしゅわと、鍋の表面から音が聞こえてきた。


 氷をたっぷりに詰めた船の貯蔵庫にある黄金豚の塊から背脂を削いで持ち出し、薄くカット。少量の水とともにスキレットに放り込み、中火にかける。


 薄切りの背脂がきつね色に変わってくると、ほんのり甘く香ばしい香りが海風に乗って船上に漂ってきた。食欲をそそる音とタッグを組めばそれは、食う以外に攻略方法がない空腹の使者と化す。


 かき混ぜながらしばし。脂身からは白濁した脂が溶け出してゆく。


 完全に水気が飛び、全ての脂が溶け出したなら、スキレットの中身を全部まとめて布で濾す。一滴、一滴と抽出され、月明かりにキラキラと輝く、不純物のない琥珀色の液体――


 それこそが、芳醇な黄金豚のラード。グランがイメージした、『エビ・フライ!』作りに最高の揚げ油の完成だ。


「コイツは、大人のお楽しみだぜ――」


 からりと揚がったのこりかすはしっかり油を切り、瓶に詰めて隠しておく。きっと、晩酌に最高のパートナーになってくれる。


「いい香りね。これなら、マリーを起こす必要はなさそう」


 一仕事を終えたロクシオが、香りに釣られてグランの許へ。


 デッキチェアで丸くなって眠る、噂のピンクの生物も聴覚と嗅覚に刺激を受けているらしい。先程から忙しく寝返りをうったり、何やらもにょもにょと声を発したりしている。


 眠りの深い彼女を起こす最善の方法はいつも、グランが料理の良い匂いを漂わせることなのだ。


 しかし、まだ悦に入る場面ではない。ドッヂ・オーブンに移したラードの温度が十分に上がるまでに、やるべき事は沢山ある。


 グランは牛刀の先端をうまく使って天空大海老の殻を剥き、手先で器用に背わたを取り除きながら顔を上げた。


「そっちはどうだぁ、アルク!」

「もうすぐ終わります!」


 何とも贅沢な勇者の使い方である。


 驚くほど早く漁が終わったため、手の空いたアルクには、昨日の残りのパンを削らせているのだ。


「残さず全部頼むぜ! なにせ大漁だからな。……ちっ! まさか、こんなにあっさり決めやがるとはよぉ。準備の都合も考えろってンだ」

「……何か言った? グラン師」

「いーや。何も。結構なお手並みでございましたよ、賢者様」

「私にかかればこんなものよ。……最後と言わず、もっと難しい課題を考えておくと良いわ。どんな課題だって、あっという間に片付けてあげるから」

「はっは! もうとっくに免許皆伝ってなぁ。俺の魔法知識じゃあ、お前の想像力は超えられそうにねぇぜ」

「そう……」


 どこか寂しそうに、ロクシオは顔を伏せてぽつり呟いた。


 実際、ロクシオの魔法の熟練度は、グランの想像を遙かに超えていた。海底に潜む小さな存在の超高難度な探知すら難なくこなし、得意とする地烈魔法の精度は言わずもがなだ。


 はじめて左手一本で発動した睡眠魔法は、船を飛び越えようとした天空大海老を一つ残らず正確に捉え、注文通り、甲板の上に全て落下させた。


 加護を具現化した網を広げ、走り回る気満々で準備運動していたアルクは結局、一歩も動く必要は無かった。


「あれ程とはなぁ。想像以上だぜ……」


 二年前の敗北以来、鍛錬は共にしているが、手合わせは一度もしていない。南大陸で実戦を重ねた弟子達には、もはや一対一でも勝てないだろう。嬉しいが、悔しい。複雑な心もちのグランであった。


「グラン先生! 出来ましたよ」


 早い者は、何をやらせても早い。すっかり姿を変えたパンが、アルクの手元の器に山と盛られている。


「これでハズレなら、とんだ骨折り損だぜ」


 思わずぼやくグラン。パン焼きは普段、二日に一度の仕事なのだ。


 二日目の分を全て削ってしまった以上、今日もまたドッヂ・オーブンで焼かなきゃならんのかと、グランは顔をしかめる。


 けれど、香ばしく焼けたコムギと、バターの芳醇な香りに吸い寄せられるように、目を擦り、大あくびしながら集い来る三人の表情が大好きなグランは、どこか嬉しくもあるのだ。親心もまた、複雑なモノである。


「おぉい、アルク! そろそろマリアリアをたたき起こして、貯蔵庫から生食に良い感じのキャベツと……そうだな、レモンも一緒に選んできてくれ。多分、ベストマッチだぜ」

「はい! ……そろそろ起きなよ、マリー。グラン先生の料理、食べそびれたら大変だろう?」


 おろし金の次は、目覚まし時計にポーター。勇者の贅沢な用法は続く。


 しかし、ここで失敗すれば、マリアリアの曲がったヘソが戻るまで一週間は要する。極めて重要な人事なのだ。


「くっく。今日は手強そうだな。……あの様子なら、少しは時間を稼げるか」


 二人の様子を見て口端を緩め、鼻先をすんと鳴らすグランだが、片時も調理の手は止めない――


 まだ動いている海老に、粘粉(カタクリコ)と塩を塗りこんで蒸留水で丁寧に洗い、雑味のもととなる汚れを取り除く。


 ちょんと尻尾の先端を切るのは、海老の水分を減らすためだ。鍋の中で水が出てしまえば、油の温度を下げ、衣の食感を損なってしまう。


 戦闘でも料理でも、下ごしらえこそが肝心なのだと、冒険者歴の長いグランは口を酸っぱくしていた。


 丸まってしまうのを防ぐために腹へと数度包丁が入れ、その身を軽くほぐすと、新鮮な天空大海老もとうとう動きを止めた。海鮮は鮮度が命。グランは更に集中を高める―――

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