17.空飛ぶ海老を捕まえて
「よぉし、作戦の詳細を決めるぜ。まずは……キング・スカイ・シュリンプは、海中で魔物に追われ、仕方なく空を飛ぶって事でいいな? ロズ船長?」
「そうそう、まさにそれなのさ! 他の海域でよく見かける飛翔魚と、同じく臆病者なんだってねぇ!」
半月を肩に乗せた仁王立ちのロズ船長は、大きく一度頷いた。
「なら、話は簡単だぜ。海の底に潜んでいるターゲットを、ロクシオの魔法でビビらせてやれば良いって事――」
言いながら横目でちらり、グランはロクシオの漆黒の瞳を見遣る。
「任せておきなさい。狭い船の上だと魔法の練習がほとんど出来なくって、ストレスが溜まっていたの。……海の底なら、地烈魔法が有効ね。海の深さと標的の位置を正確に計る必要があるわ」
腕まくりしているロクシオの身体からは、留めきれない魔力が漏れ出している。樫の長杖を持った両手を天頂に掲げ、気合いだって十分過すぎるほどだ。
「くっく……。海老は夜行性だからよ。夜明け前の今、チャンスは一回きりだぜ? この海域を出たら、ヤツにはもう二度と会えない……だろ? ロズ船長」
「人生のほとんどを海で過ごしたフェンクだって、ただの一度しか食えなかったレアものってね。こうやって出会えたのが、奇跡ってくらいの事でさぁ」
「二人して、いやにプレッシャーをかけてくるのね」
「だが、この程度で潰れるお前じゃないだろう? なんたって、目の前にニンジンがぶら下がってるんだからよぉ」
「当然よ。……喩えは少し、気に入らないけど」
唇を尖らせるロクシオ。グランはすんと鼻を鳴らして笑う。
「……ロクシオ。お前に、最後の課題を課す!」
「と、突然ね? ……グラン師が課題を出すだなんて、随分久しぶりじゃない。今まで通り、一捻りにしてあげるわ」
「期待してるぜ。課題ってのは、地烈魔法と睡眠魔法の二連発動だ。天空大海老にはよぉ、見たところ、王都の監視塔でも跳び越えちまいそうな跳躍力がある、だろ?」
「そうね。さっきはざっと、二十メートゥル位は跳んだかしら? 名前の通り、飛行と言っても差し支えないわね」
「良い見立てだ。アルクが太陽神の加護を纏ってジャンプすれば届くだろうが、動いている船からそれだけ跳ぶのはリスクがある。万一海に落ちれば、救出は困難。海洋生物にやられちまう可能性も――」
「それは避けたいですね。夜の海中戦となると、僕だって少し苦労しそうです」
「少しかよ!」
「アルなら問題ないでしょうけど、帰還を待つ間に海老の鮮度が落ちちゃうわ。海底と空を行き来する大海老を捕まえるのに、地烈魔法と睡眠魔法は最適ね。系統の違う高難度魔法を同時に編み上げて、タイミングをずらして発動……。ローグおじいさまでもきっと、そんな芸当は出来ない――」
「分かってんのかぁ? お前達が今から攻め込むのは北大陸だってなぁ! 南大陸での常識はさっさと捨てた方がいいぜ」
「偉そうに……。そんなこと分かってるわ」
顔を伏せたロクシオは、眼を閉じてブツブツ呟きはじめた。魔法のイメージを組み立てているのだろう。
そう簡単にはいくまい。したり顔でグランは、鼻をすんと鳴ら――
「――出来たわ」
「もう!?」
「ふふっ。言ったでしょう? 一捻りにしてあげるって」
「かぁー!! 完敗だぜ、ロクシオ!! ……なら、アルクは甲板で待機だ。加護を具現化して、光の網を作っとけ。眠って落ちてきた海老にダメージを与えちゃ台無しだ。くれぐれも、優しく捕まえてやるんだぜ?」
「網を作るのは初めてですが……面白そうです。北大陸での食材確保にも応用できそうですね!」
「……アル。失敗したら許さないわよ」
「大丈夫だよ、ロクシー。僕だって、美味しいエビ・フライが食べたいからね」
「その意気よ。分かっているならいいの」
戦闘の勝利よりも固い握手を、食材のために勇者と賢者は交わすのだ!
「あー……お二人さん、そろそろいいか? なるべく多く捕まえてくれ。なんせ、予知夢の後のマリアリアは馬鹿みてぇに食う……だろ?」
噂のマリアリアは、デッキチェアで小さく丸まりすっかり二度寝モードだ。気持ちよさそうに、すうすうと寝息を立てている。
その様子をちらりと見てグランは微笑み、呆れたように肩を竦めて続けた。
「ロクシオだって、朝っぱらからデカい魔法を二つも使う。アルクは……言うまでも無く大食いだからな。こんな時間に起きちまった以上、満腹にでもならにゃあ、まともに眠れんってのが世の理だ」
「違いありませんね。……あのサイズの海老なら、二十尾は捕まえたいところです」
「一人あたり五尾ね。まあ、悪くはないわ」
「それだけありゃあ十分だろ。一丁頼むぜ、お二人さん!」
伝説と呼ばれた人物でさえ、偶然に頼らざるを得なかった標的を、ただの食材扱いときた。
そんなアルクとロクシオの様子が頼もしく、餌付けが過剰だったかと思えておかしく、グランは声を殺して笑った。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! ロズ船長は操舵があるとして……グラン師は、何をするつもり? デッキチェアでふんぞり返っているつもりなら、先にそのお尻を地烈魔法で四つに割ってやるんだから!」
「俺がやる事なんざ決まってンだろ? 調理だよ、調理! マリアリアの予知夢に従うなら、昨日焼いたパンをしこたま削っておかなきゃならねぇ。体長が二十センティはある海老だ。パン粉を纏わせるにも、コムギコを溶いた液に……卵もたっぷり要る。黄金豚のラードを使えば香ばしく、ザクッと揚がって絶品になると俺は睨んでるンだ! それも大量に仕込むのさ!」
「ふぅん……考えてあるなら良いわ。私、グラン師の料理の発想と実力だけは認めているの。期待を裏切らないでね? 海産物は鮮度が命よ。すぐに調理に掛かれるように、準備は万端に整えておきなさい!」
「仰せのままに」
口元に笑みを湛えたグランは、手を水平に伸ばして優雅にお辞儀をした。
「……全く、ツウな公爵令嬢様は参るぜ」
「何か言った?」
「いーや、何も。それじゃあ、作戦開始といこうか――」
グラン、アルク、ロクシオ、ロズの四人は月の下で手を重ね、グランの発声に合わせて気合い一発、腹の底からかけ声をかけて配置につく。
周りでどれだけ騒ごうとも、丸まったままマリアリアは深く眠り続けていた。
彼女を起こせるのはきっと、まだ見ぬ『エビ・フライ!』が放つ香りだけだ。