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1.救世の英雄

「ちっ! 生意気なガキ共だぜ」


 木の大剣を地面に突き立てた壮年ドワーフ、グラン・クルスは、顎髭を撫でながら舌を打った。


 グランの目線の先には、三人の子ども。

 一人の少年と二人の少女が力を使い果たし、土が綺麗に均された冒険者ギルドの修練場に倒れ伏していた。


「……――」


 なおも戦意を失っていないのか、少年の指先は得物を求め、指先が本能的にピクピクと動いている。

 小さな背中が忙しく膨らんだり、萎んだりしている様子から、二人の少女も生きていることに間違いない。


 木剣でとはいえ、上位者にしこたま殴られたのだ、意識を取り戻すには、しばらく時間がかかるだろう。


(やり過ぎちまったか? いや、こうするしかなかったンだ)


 三人の子どもは、あどけなさとは裏腹に手強かった。気を抜けば、後れを取った可能性すらあった。


「いやはや素晴らしい。彼ら、私の想像を遙かに超えていましたよ」


 皺一つ無くギルドの制服を着こなした、すらりと背の高い男が、白手袋を嵌めた手を小さく叩きながら、ゆっくりとグランに近づいてくる。


「ギルドはガキ共の味方ってわけかい。あぁン? バビルスさんよぉ!」

「私はどちらの味方でもありませんよ? いかに三人がかりとはいえ、まだ年端もいかない子ども達が、『傑剣』のグラン氏に一撃入れようとは……。さすがは、南大陸の希望、『勇者』一行といったところですな」

「はンっ! 気に入らねぇな。……なぁにが勇者だ、なぁにが希望だ。いいか、バビルス! お前ら事務方は、北大陸(魔王の支配圏)の魔物を知らねぇから、そんな事が言えるンだ」

「知っていますとも。魔王の住まう地、北大陸の恐ろしさは十分に。十年前、南大陸(人類が住まう地)に迷い込んできた北大陸最弱の魔獣、小さなヘルハウンドが僅か一匹で、一国の軍五万を殲滅。なおも進撃を続け……――」

「あーあーあー! 教科書通り、満点だぜ。ご立派、ご立派」


 グランはぷいっとそっぽを向き、鼻をすんと鳴らして続ける。


「てめぇらにも見せてやりたかったぜ。あれが本当の地獄絵図ってンだよ」

「……最終的な死者数は二十万千五百二十二人。人類史上最大の悪夢。それを打ち払いし英雄こそ、グラン・クルス氏。貴方ではありませんか」

「止めろよ。たまたまお鉢が回ってきただけさ。ドワーフ王国の、同胞の犠牲の果てなんだ。俺一人じゃあ、奴が放つ酸の鼻息一つで終わってたぜ」

「ご謙遜を……。今でも南大陸最強といえば、誰もがグラン氏、貴方の名を挙げますよ」

「井の中の蛙ってやつだな。……まあいい。おぉい、バビルス! 数字だけでもわかってンなら、この餓鬼共をさっさと家に送り返せ! 『勇者』だなんだってガキを煽てて、悪魔がゴロゴロいるトコに送ろうってか? ふざけんのも大概にしやがれってンだ!!」


 模擬戦用の木製大剣を抜き、それを背に収めてグランは踵を返す。


「そういうわけにはまいりません。彼ら……『勇者』の育成をグラン氏、貴方に委ねると、南大陸連合政府より厳命があったのですよ。先ほど、お伝えしたばかりではありませんか」

「ドワーフを見殺しにしやがった奴らの命令なんか知るか。断固拒否だ! それも、ガキ共を育てて死地に送れだと? ンなのは、寝覚めが悪すぎるぜ!」

「彼らの弟子入りを認めるために出した条件。確か、模擬戦で貴方に一撃を入れる事でしたよね?」

「……何のことだぁ? しらねぇな!」

「困った方だ……。念のため、誓約書を作っておいて良かったです」


 バビルスが懐から巻物を取り出して広げ、サインが入ったそれをグランの鼻先に突きつけた。


「戦闘において彼らは素晴らしい連携で、この条件()()は見事に達成いたしました。……まさか、忘れたとは言わせませんよ、グラン氏?」

「なっ!? やたら俺の弱点ばかりを突いてきやがると思ったが……バビルスてめぇ! ガキ共に入れ知恵しやがったな!」

「……さぁ、知りませんな。それに、たとえ癖や弱点を知っていたとて、簡単に崩せる貴方ではないでしょう?」

「は、嵌めやがったな! 反則だ! 誓約は無効だ!」

「いけませんね、後出しは。ルールは始めに、きちんと決めておかなければ」

「ぐ、ぬぬ……」


 ぎりりと音が鳴るほどに歯を食いしばり、グランは地団駄を踏む。


「ドワーフ王国法第二十二条『舌なしドワーフ嘘百回』……生涯で百度嘘を吐いたドワーフは舌を抜かれる、という法律もありましたな。誉れ高きドワーフ戦士である貴方が、それを破ると?」

「王国の法まで抑えてやがるとは……やり方が汚ぇぞ、バビルス!」

「知は、力ですから。ギルドの情報網によると、貴方がこの約束を反故にすれば、それが通算百度目の嘘となるはずです」

「恐ろしい連中だぜ……。はっ! 滅びた国の法律なんて知った事かよ」

「確かに、裁くものは誰もいません。……貴方の心以外には、ね」


 顔を伏せるバビルスの右の片眼鏡は、光源も無いのに何故かキラリと光るのだ。


「ちっ! わぁったよ! 約束は約束だ! ……だが、俺は手を差し伸べることはしねぇぞ! そいつらの事はそいつらで決めさせろ! これだけこっぴどくやられたんだ、三日寝て目ぇ覚ましたら、戦意なんてすっかり消し飛んでるだろぉがな!」

「……それはどうでしょう? まあ、私も無理強いするつもりはありませんよ。彼らは私の息子と同じくらいですからね。情はありますとも」

「そいつぁ結構。大人しく家に帰るよう、仕向けてやるんだな。……あぁ、そんなことよりバビルス、酒だ! ファイトマネーの酒を寄越しやがれ! こないだ山で獲ったキジが、いい感じに熟成できてんだ。そいつをアテに一杯飲やることが楽しみでよぉ。そのためにこんな下らねぇ勝負を受けてやったンだぜ」


 グランは剣ダコでゴツゴツした掌を空に向け、バビルスに突き出した。


「ふぅ……。グラン氏、飲み過ぎは身体に毒ですよ」

「うっせぇ! 飲み食いくらい好きにさせろ! 借金返すだけの人生に、希望なんてねぇんだ!」

「『勇者』を育てるほど、やりがいのある仕事はないと思うのですが?」

「そう思うンなら、てめぇがやれ! ……何度も言わせンな。俺は、蛮勇に加担はしねぇ」

「仕方のない人ですね。……報酬は、あちらにちゃんと用意してあります。受け取ってください」

「わかりゃあいいンだよ!」


 滅多に手に入らない大陸最高級の焼酎『マグマグマ火酒』で満たされた徳利(とっくり)を、ギルドの受付嬢から奪うように受け取るグラン。

 鮮やかに荒縄で縛り上げ、肩に。上機嫌に鼻歌を歌いながらギルドを後にする。

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