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第3話 その、クリスマスは……3/3





 さあ、いい加減そろそろメシにしようと祥太郎が思ったところで、サシャが、祥太郎の学生服の袖を、遠慮がちに引っ張った。


「ん? どうした、サシャ……」


 サシャは、祥太郎から目を逸らしながら、小さく口を開いた。


「祥太郎。さっきは……その……」

「え?」

「……ありがとう」


 祥太郎は、耳を疑った。酔っていないときのサシャが、誰かに自発的に礼を言うのを、祥太郎は初めて聞いたのだ。


 サシャはすぐにそっぽを向いて、照れ隠しのように、近くのテーブルにあったワイングラスに手を伸ばした。


「あ、それは……」


 ワインじゃないのか、と祥太郎が言いかけたときにはもう遅かった。サシャは、赤ワインの入ったグラスを、葡萄のジュースだとでも思ったのか、一息にあけてしまっていた。


 案の定、サシャはその味がワインであることに気づき、しばらく立ち尽くしていた。


「言わんこっちゃない。おいサシャ、少し休もうぜ」

「え……? どうして……?」

「招待客の相手で少し疲れただろ? いいから……」


 祥太郎はサシャをソファに誘導して、しばらく隣り合って座っていた。


 やがて、酒が回り始めてしまったのか、サシャがそわそわと落ち着かなくなった。


「ふー…………。なんだか暑いね、祥太郎……」


 祥太郎は、おいおい、回るのが早すぎるだろ……と思った。


 そして、サシャはネクタイを緩めて、首元のボタンを外した。

 男同士だから気にする必要はないのだが、祥太郎は見てはいけないような気がして、そっと目を伏せた。


 不意に、サシャが顔を上げて、叫んだ。


「さあ、祥太郎! せっかくのパーティーなんだ、一緒に踊ろうよ!」


 そう言ってサシャは立ち上がり、汗ばんだ手で祥太郎の手を取った。


 ああ、ついにサシャのメインスイッチが入ってしまった、と祥太郎は観念した。


「踊ろうって……俺はダンスなんて踊れないぞ。ステップひとつ知らないんだ」


 そこへ、仁川が割って入った。


「それなら、俺が踊るよ。俺、ステップなら少しは分かるぜ」


「ちっ、軟派な野郎だな」と田原。

「バンカラに言われたくはないね」と仁川。


 しかし、サシャは猛烈に頭を横に振った。


「やーだ! 祥太郎がいい!」


 普段は見ることのないサシャのその勢いに、祥太郎たちは一瞬押し黙った。


「だとよ。ほらいってこい、木下」と仁川。

「いよっ! ご両人!」と煽る田原。


 そこへ、ワイングラス片手の安藤大尉が、面白そうな声で、仁川と田原に言った。


「ステップが踏めるなら、君たちも男同士だが、一緒に踊ってきたらどうだ?」


「なっ……なんで俺がこんなバンカラ野郎と!」と仁川。

「こっちだってお断りだ!」と田原。


 しかし安藤大尉は意に介さない。


「君たちは水と油のようだな。これを機に、仲良くなりなさい」


 現役の陸軍大尉にそう言われれば、二人に断る術はなかった。


 祥太郎も、眼をキラキラさせて自分をダンスに誘おうとするサシャに両手をとられて、逃れることはできなかった。


 新たな曲が始まった。アメリカンジャズの、「Lullaby of the Leaves」だった。


 ゆったりしたテンポの、どこかエロチシズムと哀愁を感じる曲に、サシャはそのリズムに身体ごと預けて、祥太郎の手を取って踊った。酔っていても、サシャのステップは確かだった。サシャに誘導されながら、祥太郎も一所懸命に踊った。


 そのかたわらでは、一高生同士のペアが、顔を背け合いながら、互いに両手を繋いだだけの阿波踊りのように踊っている。日独の高官たちが、それを見て笑い声を上げた。安藤は、手を叩いて喜んでいた。


 祥太郎は、サシャのシャツの胸元から立ち昇る汗の香りが、どことなく甘いのに気付いた。漏れる音さえ聞こえる吐息は……甘いというよりはむしろ、ワイン臭かったが。


 サシャは、じっと祥太郎に、わずかに潤んだ碧眼の視線を合わせながら踊っていた。その潤みと、顔の赤さに、祥太郎はサシャの酒の弱さを再確認していた。


 旭日旗とハーケンクロイツに見守られながら、祥太郎は、サシャに寄り添われるように、踊った。いつの間にか、祥太郎は、ディナーを摂り損ねた自分の空腹すら忘れて、夜中までサシャと踊りあかしていた。

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