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第16話 その、突然の別れは……(後)1/3









「面会は一人だけ、手短に済ませてください」


 ここは、東京帝大病院。


 あの戦いの夜から数日後。……林校長の計らいでこの病院に運ばれて、特別に個室を与えられたサシャを、祥太郎が見舞っていた。


 病衣をまとって横になっていたサシャがベッドから上体を起こそうとするのを、祥太郎は手をそっと上げて止めてから、近くにあった椅子を寄せて座った。


「サシャ……調子はどうだ?」

「ああ……まだ痛むけど、手は動かせるようになったよ」

「良かった……手が不自由になったらと、心配してたんだ……」

「ありがとう」

「病院生活はどうだ? 退屈じゃないか?」

「ああ……でも、佐川がたまに顔を出しては、いろいろと世話をしてくれている。助かるよ。でも、そんなことより……」


 サシャは、まずはこれをと言わんばかりに、口を開きなおした。


「ずいぶん、迷惑をかけた。祥太郎にも、田原や仁川や鴨井にも、一高にも……本当にごめん……」

「気にするな。俺たちはケガ一つしていないから」

「……ことの経緯を、話さなくちゃいけない。僕が襲われたのは……」

「……日独防共協定に関するトラブルらしいってことは、警察経由で聞いたよ」

「そうか……。いずれにしろ、僕の居場所は、もう日本にもドイツにもなくなってしまったんだ……」

「え……?」


 祥太郎が何か言おうとする前に、サシャは話を続けた。


「フランツは……どうなった?」

「昨日、市内の教会で、葬儀を終えたよ……。ドイツ大使館から、大使と武官が来ていたよ」

「そうか……」

「本国のご両親も、さぞ悲しんでいるだろうな……」

「ああ……」


 祥太郎が、しばらく考えたような素振りを見せたのち、また口を開いた。


「フランツに関しては……よく分からないことがあるんだ」

「なんだ?」

「サシャのお父さんが亡くなった日……どうしてフランツは寮に来たとき、サシャのお父さんが亡くなったことを言わなかったんだろう……」

「たぶん、祥太郎たちには言っても無駄だと思ったんだろう。それに、下手をすれば自分が疑われるかもしれないと……」

「そっか……まあ、確かに、あんなことがあったことだしな……」

「あんなことって?」

「フランツが学校に来なくなった、あの件だよ」

「ああ、そうか……」

「……フランツ、本当は一高に戻りたかったんじゃないかな……」

「かもね……」


 もう、あの気さくで明るいドイツ人青年は、この世にはいない……。その事実を、祥太郎は、サシャと共に噛みしめていた。


「ところで……サシャを攫い、俺たちと戦った連中だけどさ……」

「うん」

「サシャ、フランツと話してたよな……あいつら、ソ連の奴ら……NKVDか? ……だって」

「ああ」

「……たぶん、ほとんどがもう死んだよ」

「え?」


 祥太郎は、サシャに、持参した新聞紙面を示した。


「東京湾に、顔を潰された死体が六つばかり浮いているのが発見されたらしい。白人らしいということ以外、もう身元も分からないそうだ。あのトラックも、岸壁のすぐ近くに沈んでいるのが見つかった」

「……大ケガを負ったやつを、身内が消したんだろう。NKVDの構成員が、日本の医療機関にかかるわけにもいかないしな」

「そうか……今回のことで、本当にたくさん人が死んだな……」


 サシャは、笑顔を作った。


「でも、心配するな……あいつらは、もう祥太郎たちには手を出さない。祥太郎たちは日本人だし、ましてや一高生……インテリだ。これ以上、何らかの動きをとるとは思えない。今回のことで、NKVDの日本支部の力も大きく低下しただろう。日本の当局も、これから新規に入国してくる外国人には警戒するはずだ」


 祥太郎も、微笑んで言った。


「そうなれば……サシャはお手柄だな」

「どうして?」

「日本の防諜に貢献したからさ」


 サシャははにかんだような表情をしたのも一瞬、手元に目を向けてうつむいた。


「だとしても……犠牲は大きすぎた。フランツだって死んだんだ……」

「そうだよな。サシャだって、大ケガしたんだもんな……」

「僕は……こうして生きているからいいんだ」


 サシャは気丈にそう言ってから、祥太郎に問いかけた。


「日本の警察は、今回の事件を、どのように処理するんだ?」

「俺たちも事情聴取を受けた。いやあ、長かったよ……」


 祥太郎は苦笑して、続けた。


「表向きは、外国人同士のトラブルという形で処理されるそうだ」

「そうか……ということは、日本当局は今回の件には及び腰ということだな……」

「ああ。日本領土内で、海外組織の構成員どうしが武力衝突をしたなんてことは、あまり大ごとにしたくないんだろう」

「……」 

「あの倉庫も、どこかは教えてくれなかったけど、第三国名義の商事会社の息のかかった倉庫だったらしいけどね」

「……」

「もちろん警察も、現場検証をして、仕掛けてきたのがソ連……NKVDだろうということは分かっている。だが、身内を殺して口封じまでしてるし、生き残った奴も行方知れずな以上、警察もドイツ大使館も、ソ連当局に正面切って抗議するわけにもいかない。ましてや、日独防共協定締結の直後だしな……できることとすれば、サシャが言った通り、今後の国内における外国人への警戒の眼を強めるくらいだ……俺の聴取を担当した刑事は、そう言っていたよ」

「そうか」

「まあ、俺たちにも他言無用をきつく言われたけどさ」


 サシャはうなずいて言った。


「警察の言う通りだよ。もういい。祥太郎、もう忘れて生きていくんだ。奴らのこと……今回のこと……」

「忘れようったって……それは……」

「それと……僕は、安全とはいえない。今回のことで、もうドイツには戻れなくなったんだ」

「さっきも言ってたけど、どうしてサシャが、祖国に帰れなくなるんだよ?」

「フランツが今際のときに言ってたが……この事件の黒幕は、ドイツ国内にいるようなんだ」

「それは……?」


 祥太郎の問いには答えず、サシャは話を続けた。


「祥太郎たちをここまでのことに巻き込んだけじめとして……僕の口から、祥太郎に言っておかなきゃいけないことがある」

「え……?」

「嗤ってくれ、祥太郎。僕は……」


 一息ついて、サシャは続けた。


「女なんだ」







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