公爵令嬢、メイドになります。~はた迷惑な無自覚モテ令嬢の生態~
私の名前はオルセラ。ヴェルセ王国、公爵家当主の娘として生まれた。
我が家には変わった家訓があって、たくましく生きるために、貴族だけじゃなく、平民の暮らしも学ばなきゃならない。
その家訓に従い、私は幼少の一時期、本当に平民と同じ生活をしていた。わざわざ屋敷の庭園に一軒家を建て、家族皆でそこで暮らした。
……まあ、かなり風変りな貴族だと思う。
おかげで私も、……かなり風変りな公爵令嬢に育ってしまった。
貴族の礼儀作法も教わったけど、普段の振る舞いなどは平民に近い。だって、こっちの方が断然楽だと知ってしまったから。
我が家の変わった点は他にもある。
私は町へ自由に遊びにいくことができた。誘拐などの心配もあるので護衛の人達も同行するけど、彼らは遠巻きに見守っているだけ。
服装も周囲に合わせているので、傍からすれば、私は普通の町の子供にしか見えなかっただろう。
そんな私の最大の楽しみは、買い食い。
これが目的で町に行くと言っても過言じゃない。家で料理人が作ってくれるご飯も美味しいけど、町の食べ物にはまた別の魅力があった。つまり、私はジャンクなフードが大好きだった。
しかし、ここで問題が。
家訓のせいで私にはおこづかい制が適用されていた。衣食住、生活に必要なものは全て用意してもらえるけど、私が個人的にほしいものはおこづかいから出さなきゃならない。
私のおこづかいは一か月五千ゼア。ちなみに、町角で売ってる肉まんが一個百ゼアほどだね。
五千ゼアなんて十日ももたないよ。
と当主である母に言ったところ、意外な答が返ってきた。
「だったらオルセラ、仕事に就いてみたら? 稼いだお金は全部好きに使っていいわよ」
そう言って母が紹介してくれたのが、メイドとしてのお城勤めだった。
聞くとその初任給はなんと十五万ゼアとのこと。
十五万! そんなにあったら肉まんどころか、あのちょっとお高いハンバーガーやホットドッグも買い放題だよ!
育ちのせいで、私は超庶民感覚の公爵令嬢になっていた。
欲に目が眩んだ私は、メイドになることを即決する。
こうして、十一歳でメイドになることに。
――――。
「じゃあ皆、仕事に行ってくるね」
屋敷のエントランスでメイド服を着た私がそう告げると、居並ぶメイドさん達が一斉にお辞儀をした。
「「「行ってらっしゃいませ、オルセラお嬢様」」」
これが、出勤日の朝の風景。
勉強もしないといけないので、働くのは週に三日だけになった。お給料も十万ちょっとになったけど仕方ない……。
メイドになって早くも二か月が経っていた。
職場のお城は当然ながら大変な広さだ。仕事は色々とあるんだけど、その一つに社交場の世話係というものがある。
お城には貴族が情報交換するためのそういう部屋がいくつか用意されているんだよ。
私と同じ令嬢達もやって来る。特に年頃になると訪問の頻度は一気に増えるみたい。何でも、競争に勝たなきゃいけないんだって。
私にはまだまだ先の話だけど、ここが彼女達の戦いの場なら、私もメイドとして精一杯お世話しなきゃね。
あ、向こうのグループはもう退席しそう。片付けちゃおう。
「こちら、お下げしてもよろしいですか?」
「あら、ありがとう。よろしくね」
そう言った令嬢の隣にいる友人が、私の顔を見るなり硬直。友人の肩に手をやり、高速で揺らす。
「ちょっと何です……、の……」
振り向いた彼女も固まってしまった。すぐに我に返って椅子から立ち上がる。
「オ! オルセラ様! 大変な失礼を!」
「別に失礼じゃありませんでしたよ。じゃあお下げしますね」
「滅相もないことですわ! 私がお下げします!」
令嬢達は自分達の使ったカップや皿を手に取る。
潮が引くようにササーと部屋を出ていった。
…………。いや、私の仕事なんだけど……。
「オルセラ、またやったわね」
声に振り返ると、赤髪のメイドが腕組みをしていた。
彼女は私の指導係、ユイリスだ。私より一つ年上なだけなのに、すごく大人っぽい。
彼女は母から、私のことは貴族と思わず遠慮なく指導してやってほしい、と言われているらしく、実際そのように接してくれる。とても頼りになる先輩だよ。
「むしろ何もやってないよ。仕方ないでしょ、あっちが仕事させてくれないんだから……」
私の家は位の高い公爵家だし、母本人もまだ若いのに相当な権力を握っているみたい。
ユイリスはため息をつきながら私の手を取った。
「やっぱりここじゃ誰にとっても迷惑でしかないから窓拭きに行きましょ」
「その言い方、ひどくない……?」
というわけで、二人で廊下の窓を拭くことになった。
私にとって姉のような存在になりつつあるユイリスは、てきぱきしていて仕事に無駄がない。
「憧れちゃうよ、ほんと」
「公爵令嬢が何に憧れてるのよ」
「そうだ、豪快バーガーが今日、新作を発売するんだって。私すごく楽しみにしてたんだ。終わったら一緒に行かない?」
「……オルセラ、本当に公爵令嬢?」
……よく言われる。ユイリスも一日一回は必ず言ってくるよね。
二人でいつものやり取りをしていると、廊下の向こうから貴族の子息達がやって来るのが見えた。
「オルセラ様! この後、お茶でもご一緒にいかがですか!」
「それならぜひ当家へ!」
「いえいえ! ぜひ当家へ!」
年上からの怒涛の申し出に私は一歩後ずさり。
「ごめんなさい。今日はこの後、大事な(新作バーガーを食べにいく)予定がありまして」
丁重にお断りしているところに、今度は廊下の反対側から同い年くらいの男の子が。
「そちらの方達はオルセラ様のことが全く分かっていませんね」
彼は私の幼なじみ、侯爵家のクロフォード様だよ。
「オルセラ様、豪快バーガーの新作を休憩室に運び入れておきました。後で皆さんと召し上がってください」
「本当ですか! ありがとうございます!」
「早くあなたのご興味が食べ物以外にも向くことを願っていますよ」
そう言い残してクロフォード様は去っていった。
どういう意味だろう? だけど、さすが幼なじみ。私のことをよく分かってる。
彼に続いて貴族の子息達も退散していく。
その姿を見送りながらユイリスが苦笑い。
「相変わらずオルセラはモテるわね」
「モテる? 私が? ないない。皆、私の家が公爵家だから気を遣ってくれてるだけだよ」
「ほんと、相変わらずだわ。ところであの方さっき、運び入れた、と言ってなかった? ハンバーガー数個に使う表現かしら?」
確かにおかしい。
クロフォード様がああ言った理由は、メイド達の休憩室に行ってみてすぐに判明した。
テーブルにハンバーガーが山の如く積まれている。
呆然と眺める同僚のメイド達。
ユイリスが一つ手に取った。
「どうするの、これ。豪快バーガーなだけに一個一個が結構なボリュームよ。全員でランチに食べても絶対余るわ」
「えーと……、あ」
私の目に留まったのは、休憩室の前を歩く令嬢達の姿だった。社交場にいた人達ね。どうやら本当に食器をお下げしてくれたみたいだ。彼女達を呼び止めた。
「オルセラ様! 先ほどは失礼いたしました!」
「ですから、全然失礼じゃありませんって。それより一緒にハンバーガーを食べませんか?」
「ハンバーガー、ですか? 私、一度も口にしたことが……」
令嬢達は戸惑ったように顔を見合わせる。
そっか、普通の貴族の家ならそうだよね。でもちょっと、いや、かなり興味がありそうな感じが伝わってくる。
食べたのが家の人にバレたら怒られたりするのかな?
それなら、今こそ公爵令嬢の権力を使う時だ。
「ぜひご一緒に。すごく美味しいですよ。家の方々には内緒にしておきますから。もし発覚したら、私に無理矢理つき合わされたと言ってください」
「よ、よろしいのですか……? それでは……。オルセラ様、本当にお噂通りの方なのですね」
「えー、どんな噂ですか。あ、皆さんのお名前教えてください」
彼女達を部屋に招き入れていると、ユイリスが何か呟くのが聞こえた。
「最高位の貴族の令嬢なのに全く偉ぶらなくて、むしろ庶民感覚を備えていて、誰に対しても気さくな(馴れ馴れしい)んだから、そりゃ男女問わず好かれるか」
「今、何て?」
聞き返すと、彼女は私の銀髪を撫でてきた。子供扱いしないでよ。
「あなたは風変りな公爵令嬢だと言ったのよ」
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