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【98】有名になるにはそれなりの理由がある






「うぉう……」


 ノクスは、それはもうよく食べた。食堂の使い方が分からなくて餓死しそうになったとは思えない程よく食べた。

 隣でごはんを食べていた狐も目をまんまるにしてノクスの方を見るくらいだ。

 ノクスが狐の視線に気付き、一旦食べる手を止める。


「……狐様? 俺のことは気にしないで食べてください」

「キュ……」


 ノクスに促され、狐がそろりと自分のお皿に向き直った。そして自分のごはんを食べ始める。

 うんうん、二人ともいい食べっぷりだ。

 横並びでごはんを平らげていく二人を眺めて私はコクコクと首を縦に振った。

「ノクスの食欲は問題なさそうだね」

 隣のルークを見上げて言うと、ルークがニコリと笑う。


「ええ、元々体が強いんでしょうね。劇的な回復スピードですよ」

「へぇ」

「鍛えたら騎士としていい線いくと思うんですけど」

「……まあ、向いてることとやりたいことは必ずしも同じじゃないからねぇ」

「ですね」


 私も、この虚弱な体じゃあ普通に働こうと思ってもきつかっただろうし。そういった意味では皇妃は天職だったかもしれない。

 そんなことを考えていると、リュカオンがスリッと頬ずりをしてきた。


「シャノンがやりたいことがあったら我が何でも叶えてやる」

「……えへへ、ありがとうリュカオン」


 お礼に私も頭頂部をリュカオンにつけてグリグリする。

 いつもよりも激しめにグリグリしております。


「……おいシャノン、我の毛が巻き込まれておる」

「う?」


 見ると、リュカオンの胸毛が私の頭の形にへこみ、毛並みが渦を巻いた形になっていた。

 頭頂部グリグリ……危険だ……。


「……皇妃様と神獣様はいつもあんな感じなんですか?」

「キュッ」


 私達の様子を見て問いかけたノクスに、狐はコクコクと頷いて返す。

 おっと、神獣様に対して不敬とか言われちゃうかな。ついついいつもの癖で行動しちゃった。

 だけど、その後に続く言葉は私の予想をいい意味で裏切るものだった。


「へぇ、いいですね」

「……」


 やっぱり、ノクスはそんなに神獣信仰が強くないのかもしれない。私がリュカオンと戯れていても至って普通にしているし。

 それが良いことか悪いことかは分からないけど、私としては接しやすい。

 うん、仲良くなれそうだ。


 二人の食事が終わると、食後のおやつがルークによって運ばれてきた。

 聖獣でも人でも食べられるクッキーが四枚。普段は狐一匹で食べているけど、今日はノクスと半分ことなる。


「……キュ~ン」


 耳と尻尾をぺしょんとさせてルークを見上げる狐。


「そんなかわいい顔をしてもダメだよ。君がノクスをここにおきたいって言ったんだから、おやつは半分こ。それとも、ノクスを追い出す?」

「キュッ!? キュキュッ!!」


 狐がブンブンと首を横に振る。


「でしょ? じゃあノクスにもおやつを分けてあげられるよね? それに、最近君太ってきちゃったし」

「それに関してはルークにも責任あるんじゃない?」

「ごもっともです」


 えへへ、と笑うルーク。自覚はあるようだ。そうだよね、狐かわいさにルークがおやつをあげ過ぎたのが原因の一端なんだし。


「ク~ン」


 ションボリとした狐は、しかし覚悟を決めてクッキーが二枚載ったお皿をノクスの方に差し出した。

 そんな狐をジッと見つめるノクス。


「……狐様、俺の分も食べていいですよ」

「キュッ!」


 それはダメだと狐が首を振る。

 おお……! ちゃんと断った……!

 狐の成長にシャノンちゃん感動だよ。


「……それじゃあ、これで」


 ノクスは自分のお皿からクッキーを一枚とり、狐のお皿に載せた。


「キュッ!?」


 いいの? と狐が瞳を輝かせてノクスを見上げる。


「はい、これは俺のことを心配してくれたお礼です……」

「キュッ」


 そういうことなら、と狐がノクスにもらったクッキーを食べ始める。

 そんな狐とノクスのやり取りを見る私達の口元は、自然と弧を描いていた。


「あの二人のやり取りってなんだか心温まりません?」

「うんうん、ほっこりするね」

「だのう」


 うん、とりあえずノクスは大丈夫そうだ。






 翌日。


「皇妃様、おはようございます」

「あ、おはようノクス」


 朝食を終えると、狐を片腕に抱いたノクスが挨拶にきた。

 顔は相変わらずの無表情だけど、狐をハンドバックよろしく抱いているだけで随分とかわいらしい印象を受ける。


「大丈夫? ずっと狐を抱っこしてて重たくない?」

「大丈夫です。力、あるので……」

「それならいいけど。というか、狐もそれでいいの?」


 狐の顔を覗き込んで首を傾げると、「キュァ~ッ!」と嬉しそうな鳴き声が返ってきたから狐的にも満足なんだろう。


「ふ~ん。狐、赤ちゃんみたいだね」

「シャノンお前が言うか」

「赤ちゃん仲間が見つけられて嬉しい」

「そっちだったか」


 リュカオンが目を丸くする。

 そんなリュカオンに私はしたり顔だ。ふふん。リュカオンを驚かせられるとなんか嬉しいんだよね。


「―――皇妃様、俺、なにか手伝いをしたいんですけど……」


 そこで、ノクスがポツリと言った。


「ん? ノクスはお手伝いがしたいの?」


 コクリとノクスが頷く。


「手伝いをするのは特に止める理由はないけど、体はいいの?」

「はい、もう大丈夫、です」


 確かに、狐を抱っこして普通に歩いてるもんね。しかも片腕で。

 まだ痩せてるけど、体型はそんな一日二日で戻るものでもないだろうし……。


「分かった。ルークに聞いて許可が出たらお手伝いをしてもらおうかな。でもまだ病み上がりだし、力仕事じゃないのを回してもらえるように頼んでおくね」

「っ!」


 そう言うと、ノクスの体がピクリと反応した。


「どうしたの?」

「……いえ、なんでもないです」

「?」


 なんだろう、と思っていると、目を吊り上がらせた狐が私達の会話に割り込んできた。


「キューッ! キュキューッ!!」

「どしたの狐」

「そやつが手伝いに行ってしまったら自分が構ってもらえなくなるじゃないかと言っているようだな」

「キュキュッ!」


 その通り! と、ノクスの腕の中で狐が頭を上下に振る。


「ぇえ? 狐は我儘ちゃんだね。でもまあそっか。ノクスを引き留めたのは狐だしね……」

「キュッ!」


 そうだ、と狐が鳴く。


「でもノクスも何かしないと暇だろうし……」

「そ~んな狐君たちにいいアイテムがありますよっ!」

「うわっ」


 背後からかけられた声に驚いてよろけると、リュカオンが胴体で受け止めてくれた。もふん、と銀色の毛に体が埋もれる。


「おっと、すみませんシャノン様」

「ううん、大丈夫」


 声を掛けてきたのはルークだった。そして、その手には紐のような何かが握られている。


「それ何?」

「よくぞ聞いてくださいました! これは狐君達の悩みを解決するお助けアイテム、『抱っこ紐』です!」


 ふふん、とルークがその手に持つものを突き出して私達に見せる。


「だっこひも……」

「はい、本当は赤ちゃん用のものなんですけど狐君サイズなら使用できますし、これを使えば狐君はノクス君とずっと引っ付いていられます」

「キュッ!?」


 ルークの言葉に狐が食いつく。

 赤ちゃん用って言ってたけどそこはいいの? あ、いいのね。


「こんなこともあろうかと用意しておいてよかったですよ。あ、ノクス君の回復は目覚ましいですから軽い手伝いくらいなら問題ありませんよ」


 こうしてルークのお墨付きをもらい、ノクスには離宮の雑用のお手伝いをしてもらうことになった。



「……ふむ、抱っこ紐か、現代には便利な道具があるものだな……」


 抱っこ紐を装着するノクスと狐の様子をジッと見つめ、リュカオンがポツリと呟く。


「私は使わないからね?」


 嫌な予感がしたので早めに釘を刺しておいた。


「む? ダメか? シャノンを乗せて走る時によいかと思ったのだが」

「ダメでしょ! リュカオンが走る時はいつも全力でしがみついてるから問題ないし」

「え、あれで全力だったのか」

「……」


 墓穴を掘った気がするので、自分の口をそっと両手で覆った。





「キュフッ」

「お、狐かわいいねぇ!」


 抱っこ紐でノクスのお腹側にぶら下げられた狐は大変ご機嫌だ。


「ノクス君は大丈夫?」

「はい」


 ルークが最終確認をし、狐が落ちないことを確認すれば準備は完了だ。


「今ならちょうどお皿洗いがあるんじゃないかな。行ってみる?」

「はい」


 調理場に向かうルークとノクスの後に、私もテコテコとついて行く。


「あれ? シャノン様も来られるんですか?」

「うん、なんとなく。いいよねリュカオン」

「ああ、時間もあるしな」


 そして、私達は調理場へと到着した。




 パリンッ!


「―――すみません、力み過ぎました……」


 心なしかしょんぼりとした顔のノクスの手の中には、真っ二つに割れたお皿がある。

 これでお皿を割るのは三枚目だ。

 抱っこ紐でぶら下げられている狐も、ハラハラとした様子でノクスを見上げている。


「ハッハッハ、坊主力強いなぁ!」

「すみません……」


 オルガが豪快に笑ってノクスの頭をガッシガッシと撫でる。


「だが、こうも力が強いと皿洗いは向いてないかもしれんなぁ」


 シュンとするノクス。

 そこで、リュカオンは割れたお皿を見て口を開いた。


「シャノン、魔法の訓練だ。そこの割れた皿をくっつけてみろ」

「ん? お皿を?」

「ああ、粉々になっているならば難しかったかもしれぬが、幸いと言っていいのか綺麗に割れておるからな。これくらいなら今のシャノンでも難なくくっつけられるだろう」

「分かった。やってみるね」


 割れたお皿が結合するイメージで魔法を発動する。

 すると、淡い光を放ち、割れたお皿がそれぞれ元通りの形に戻った。


「うむ、上手だ。大分魔法の発動にも慣れてきたな」

「えへへ」


 ノクスが割っちゃったお皿も綺麗さっぱりなかったことになったので、別の場所のお手伝いへ向かうことになった。

 お皿洗いはちょっぴり向いてなかったみたいだからね。

 でも、お皿って案外簡単に割れるものなんだなぁ。もっと頑丈だと思ってた。



 それから、ノクスはいくつかのお手伝いにチャレンジした。

 結果、庭の掃除をすれば箒を振る力が強すぎて逆にゴミを遠くまで飛ばし、洗濯物をすれば擦る力が強くて布をボロボロにし……etc.


 うん、どうしてノクスが王城で有名人なのか分かった気がする。


 幸い、全て私の魔法でどうにかなったから全てノーダメージだ。私にとってはむしろ、いい魔法の練習になったくらい。


 話を聞いてみると、ノクスはどうやら王城では力仕事で活躍していたらしい。

 なるほど、力仕事以外って言った時に妙な反応をしたわけだ。

 生き生きと離宮に届いた荷物を運んでいるノクスを見て、その時のノクスの妙な反応に合点がいった。


 隣に座ってノクスが働く様子を眺めるリュカオンに、こっそりと話し掛ける。


「……ねぇリュカオン、もしかしたらお皿洗いなら、私の方がノクスよりも上手にできたりしないかな?」

「いやそれはないだろう」


 即答だった。


「シャノンは皿を落として割りそうだ」

「ああ……」


 納得してしまった。

 大き目のお皿とか重そうだもんね。私の筋力じゃ持っていられないかもしれない。ぬるぬるして滑りそうだし。


「……でも、一回チャレンジしてみちゃ―――」

「ダメだ」

「……」


 さっきから返答が早いね。


「割れた皿の破片なんて触ったらシャノンが怪我をするからダメだ」

「安定の過保護だね」



 あと、私がお皿を割るのは確定なんだ。











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<書籍2巻は2024/12/6発売です!>
お飾りの皇妃書影
ぜひお手に取っていただけると嬉しいです!

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