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【97】まだまだ甘えたいお年頃なので





 ツンツンッと頬をつつかれる感覚で意識が浮上した。

 だけど私はまだ起きたくない。


「ひ~め、そろそろ帰らないと」


 柔らかい声がかけられたけど、まだ起きるには早いと体が言っている。

 仰向けになっていた私はクルンと寝返りを打って横向きになり、ブランケットにくるまった。

 

「あら、まだ起きないの?」


 おきないよ。


「ふふ、じゃあしょうがないね」


 頭上で誰かがクスクスと笑う気配がする。


「我が連れ帰ろう」

「いや、俺が運んでいくよ」


 すると、誰かにブランケットごと抱き上げられた。人間に抱っこされているとは思えないほどの安定感のある腕に、そのまま身を任せる。

 私を抱っこしたまま歩いているのか、ゆらゆらと揺れるのが心地よくて僅かに浮上している意識も再び沈んでしまいそうだ。


「俺の腕の中で安心しきってる姫ってばか~わい。信じられないくらい軽いんだけど本当に中身入ってる? 本当はお人形とかじゃないよね?」

「ふん、こんなにかわいい人形がいるわけないだろう」

「それもそうだね。お眠だからかすごくぬくいし。なんか、生命を感じるよ」


 抱っこされたまま、ポンポンと優しく背中を叩かれる。


「……そなた、随分とシャノンの扱いに慣れてきたな」

「ふふん、これでも要領はいい方なんでね」

「そなたの執務室の本棚に育児書が入っていたが」

「いや~、か弱い年下の女の子との接し方が分からなくて読んでみたんだけど、全然参考にならなかったよ。だって載ってるのがミルクのあげ方とかなんだもん。姫ってもう哺乳瓶でミルクを飲む歳じゃない……よね?」

「疑問形にするな。当たり前だろう。ったく、シャノンは言わずもがなだが、そなたも大概世間知らずだな」

「まあね」

「褒めておらん」


 自分の話になったと思ったら言わずもがなとか言われちゃってるんですけど。

 二人の会話に耳を傾けていたら、なんだか目が覚めたので、パチッと目を開く。


「あ、かわいい世間知らずちゃんが起きた」

「寝起きから失敬だね」


 目を覚ますと、眼前には予想通りフィズの顔があった。

 自分の体を見下ろしてみれば、おくるみに包まれる赤ちゃんのようにブランケットに包まれてフィズに抱っこされている。

 なるほど、フィズが育児書を買ったのもなんとなく理解できてしまう体たらくだ。私はフィズの子どもじゃなくてお嫁さんだけどね。

 ジト目でフィズを見上げるけど、フィズは疑問符を浮かべるのみだった。

 そんなフィズの隣を歩いていたリュカオンが、私に声をかけてくる。


「シャノン、起きたのか」

「うん、起きたよ。おはようリュカオン」

「スッキリ起きられたようだな。ではここからは自分で歩いて……行きそうにもないな」


 半眼になったリュカオンの紫の瞳には、笑顔のままイヤイヤと首を横に振る私の姿が映っていた。


「ここ居心地いいんだもん。下りたくないです」

「ふふ、姫にそう言ってもらえて光栄だよ。今日は一日中このままでいようか」

「いいね」

「おいシャノン乗るな。そやつは本気だぞ」


 微笑み合う私達に、リュカオンが冷静なツッコミを浴びせかけてきた。


「あはは、さすがのフィズも一日私を抱っこしてたら疲れ―――なさそうだね……」


 言ってる途中でフィズのとんでもフィジカルを思い出した私。

 そういえば、眠っていて完全に脱力してた私を抱えてたにも関わらず顔色一つ変えてないね。

 そう思ってまじまじと顔を見詰める私に、フィズはなんてことないように微笑みかけた。


「うん、全然大丈夫だよ」

「重くないの?」

「全く。気絶した負傷兵の方が重いよ」

「そりゃそうだ」


 比較対象が間違ってるよ。武装した成人男性と比べられても……。

 微妙な気持ちになっていると、フィズはニコニコしながら続けた。


「野郎なんか抱えても全然楽しくないけど、姫を抱っこしてると癒されるからむしろプラスだね」

「……ありがとう……?」


 これ返答あってるかな?

 首を傾げながら自問していると、離宮の玄関扉をオーウェンが開いてくれた。フィズは私を抱っこしてて両手が塞がってるからね。


「皆様、おかえりなさいませ」

「ただいま~」


 フィズに抱きかかえられて帰ってきた私を、特に顔色も変えずセレスが出迎えてくれる。


「セレス、ノクスは大丈夫?」


 確か狐とお昼寝をしていたはずだ。私もちょうどフィズのところで昼寝をしてきたし、そろそろ起きる頃じゃないかな。


「あれから姿を見ていないので、まだ寝てると思います。様子を見にいかれますか?」

「そうしようかな。フィズも行く?」

「うん、お供するよ」


 フィズは私を運んでくれるらしい。私もまだ下りたくなかったからちょうどいいや。

 セレスに先導され、私達は狐の部屋へと向かった。


 

 狐の部屋の前には、私達よりも一足早く、ルークが到着していた。


「―――あ、シャノン様、おかえりなさい。陛下に運んでもらってきたんですか?」

「うん、いいでしょ」

「ええ、羨ましいです」


 ふふん、とドヤ顔をした後、私は狐の部屋の中を覗いた。


「わぁ、かわいい」


 クッションの上で、狐とノクスがぴったりとくっついて寝ていた。しかも二人ともクルンと丸まった体勢だ。


「ふふふ、なんだか愛くるしいね。赤ちゃんみたい」

「赤ちゃんみたいなのがなんか言っておるな」

「リュカオンはいらんこと言いだね」


 確かに二人よりは私の方が赤ちゃんみたいな体勢だけれども。


「そう、姫が保護したのってこの子だったんだね……」

「フィズもノクスのこと知ってるの?」

「うん。ほんの少しだけだけどね」

「へぇ」


 皇帝の耳にも入るって、ノクスはやっぱり有名人なんだ。

 すると、私達の気配を感じたのか、狐とノクスが目を覚ました。


「キュッ!?」


 人―――というか、フィズがいたことに驚いて狐が毛を逆立てた。そういえば、まだ離宮の使用人達ほどフィズへの警戒は解けてないもんね。


「キュッ……キュゥ……」


 毛がボサッとなったことで体が一回り大きくなった狐は、小鹿のような足取りでノクスの上に覆いかぶさった。もちろん、ノクスの方が大きいから体は全然はみ出てるんだけど。


「これは……フィズからノクスを守ろうとしてるのかな?」

「そうみたいだな」

「狐ってば、なんて健気なの……!」


 シャノンちゃんは感激です。

 散々人を舐め腐った態度をとってきた狐にそんな思いやりの心があったとは……! 完全にノクスを同族だと思ってるんだね。


「キュッ……キュフッ……!」


 ノクスの上に乗りあげた狐は、体をプルプルと振るわせて、一生懸命フィズに向けて威嚇をしている。


「あらら、寝てる時に急に来たから驚かせちゃったかな」

「最近はこんな反応することもなかったのにね」

「タイミングが悪かったみたいだね。これ以上刺激するわけにもいかないから、俺は帰ろうかな」


 私を下ろそうとする気配を感じたので、私は慌ててフィズにしがみついた。


「もう下ろしちゃうの……?」

「え、なにこれ天使? か~わいすぎんだろ」

「口調が乱れてるぞ皇帝」

「え~、これはしょうがなくない? 見てよこれ、こ~んなちっちゃな手で俺にしがみついてるんだよ?」


 私の頭にうりうりと頬ずりしながらフィズがリュカオンに向けてぼやく。

 そんなフィズを見て、リュカオンどころか一瞬前まで威嚇をしていた狐までもが微妙な顔をしていた。

 ある意味、警戒を解くのに成功してるって言えるかもね。


「シャノン、そろそろ皇帝を帰してやらねば」

「むぅ」


 リュカオンに言われ、私はパッとフィズから手を離した。すると、私を見下ろしていたフィズが苦笑いともつかないような、複雑な表情を浮かべる。


「姫は、物分かりがよすぎるくらいにいいね」

「そうかな?」

「そうだよ。俺としてはもっと我儘言って欲しいんだけど」

「……検討しておくね?」


 私としては今の時点でも十分我儘を聞いてもらってると思うので、これ以上と言われても中々難しいかもしれない。

 私はとりあえず大人の裏技、先延ばしを使った。

 最近のフィズはお疲れみたいだし、まだ何か忙しいんだろう。そんなフィズをこれ以上引き止めることはしたくない。だからまだ甘え足りない気持ちを抑えてフィズから下りる。だけど、その時にちゅんと唇を尖らせてしまったのはご愛嬌だろう。まだ心情が顔に出てしまうお年頃なのだ。

 むぃっと口を尖らせる私を見て、フィズが笑顔のまま一瞬固まった。


「ねぇ神獣様、このかわいい生物持ち帰ってもいい?」

「気持ちは分かるがダメだ」


 その後、リュカオンの前脚にグイグイと押され、フィズは王城へと帰っていった。

 そんなフィズの姿をポカンと眺めていた狐とノクスの表情が似ていたのが印象に残っている。


 フィズが帰った後、私は妙に物寂しくなってリュカオンの尻尾を抱きしめた。ふわっふわの毛が私の頬を撫でる。


「……リュカオン、今日は一緒に寝ようね」

「いつも一緒に寝ているだろう」


 まだまだ甘えん坊だな、と言って銀色の毛玉がクルリと私を包んだ。



 






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