【94】珍しい拾い”もの”
「もっと姫の手作り料理を食べたいなぁ」というフィズの希望に応え、私は度々差し入れをすることにした。
私に刃物を持たせると周りの人達の心臓に悪いらしいので、暫く包丁を使うのはなしだ。手付きが危うく火傷しそうという理由で火を使うのもオルガに任せている。
私に出来ることいえば塗る、挟む、ちぎるくらいだ。
なので、必然的に差し入れはサンドイッチになってしまう。フィズは大喜びだけど。
今も差し入れのサンドイッチを作り、フィズのところへ持っていく途中だ。
たまには少し歩こうと、リュカオンとオーウェンと一緒に王城の庭を歩く。
今日はポカポカ陽気で、絶好のお散歩日和だ。
ご機嫌でぽやぽやと歩いていると、不意に何かに躓いた。
「あぅっ!」
「おっと」
転びそうになった私をリュカオンとオーウェンが支えてくれる。
「ありがとう二人とも」
でも、一体何に躓いたんだろう……。
自分の足元を見た瞬間―――
「ぴぃ!?」
まぬけな声が口から飛び出た。
「ひ、ひと……!?」
そう、人が行き倒れていたのだ。
黒髪の少年が倒れていた。
「だ、大丈夫?」
「シャノン様、俺が」
少年の状態を確認しようとすると、オーウェンに制され、後ろに隠される。
そっか、倒れたフリをしている刺客とかだったら困るもんね。
私を背中の後ろに隠したオーウェンが、少年の呼吸を確認する。
「呼吸は……ありますね。とりあえず生きてます」
「よ、よかった」
一安心。
「とりあえず医務室に運びましょうか」
「うん、お願い」
オーウェンが少年を抱き上げようとすると、少年が微かに身じろぎした。
少年の黒髪がサラリと地面に垂れる。
「―――た……」
「ん? オーウェンその子、何か喋ってるよ」
「え?」
私とリュカオン、オーウェンが耳を傾けると、少年は先程よりもハッキリと言葉を口にした。
「―――おなかすいた……」
ぐるるるる~
さながら、肉食獣の唸り声のような音が少年のお腹から聞こえてきた。
「おお、お腹も喋った」
「唸ったのう」
「お二人とも呑気ですね」
オーウェンは呆れ顔だね。
すると、少年はまた少し動いて、力なく地面に投げ出されていた手を持ち上げる。だけど力が出ないのか、その手はパタリと地に落ちた。
「あ、力尽きた」
「……いい、におい……」
「ん? あ、これかな?」
少年の虚ろな視線の先には、私の持つ籠があった。
中に入ってるサンドイッチの匂いを嗅ぎつけたのかな。なんか犬みたい。
いくらこれが皇帝への差し入れとはいえ、飢え死にしそうな人を前にして持っている食べ物をあげないという選択ができるほど私は人でなしではない。
私は籠からサンドイッチを一つ取り出し、少年の口元に差し出した。
スンスンと鼻をひくつかせた少年はおもむろに口を開くと、パクッとサンドイッチに齧りついた。
「おお、食べた」
一口食べて安全だと判断したのか、少年はそのままあぐあぐとサンドイッチを食べていく。
……なんか、犬みたいでかわいい……。
まだまだ食べ足りないみたいなので、次から次へとサンドイッチを差し出していく。
すると、それまで大人しく見ていたリュカオンがボソリと呟いた。
「……まるで餌付けだな」
「あ、リュカオンもそう思う?」
無心でサンドイッチを貪り食う少年の姿は、どこか犬の姿を思わせた。
「お水も飲む?」
そう問いかけると、少年は無言でコクリと頷いた。
「まだ私は飲んでないし、私のでいいよね。オーウェン、水筒ちょうだい」
「はい」
私の水分補給用にオーウェンが携帯していた水筒を受け取る。そして付属の木製のカップに水を注ぎ、少年に手渡した。
いい加減起き上がるかと思いきや、少年は寝ころんだまま器用に水を飲んでいく。横着さんだね。それとも、もう起き上がる体力もないのか。
なんにせよ、いい子のシャノンちゃんは真似しちゃいけませんね。……ちょっとやってみたいけど。
好奇心に瞳を輝かせると、すかさずリュカオンの咎めるような視線が飛んできた。さすがリュカオン、目ざとい。
水も何度かおかわりをすると、少年のお腹はようやく落ち着いたようだ。
「お腹いっぱい?」
「……」
コクリと頷く少年。
喋れないのかな……? いや、さっき喋ってたね。単に無口なだけか。
「アルティミアのお城には随分変わったものが落ちてるんだねぇ」
「いやいや、人なんて城にも滅多に落ちてませんよ」
「ん?」
リュカオンでもオーウェンでもない声に顔を上げると、そこには薄水色の青年―――新人騎士のクラレンスがいた。
近付いてきてたのに全然気付かなかったよ。さすが騎士だね。私が鈍感なだけかもしれないけど。
「クラレンス、少年が落ちてたんだけど、落としもの収集所とかに届けた方がいい?」
「人間が届けられたら収集所の人もビックリですね。ご安心ください、その少年の所属は分かりますから」
「へぇ、知り合いなの?」
「いいえ、知り合いではありませんけど、彼はちょっとした有名人ですから」
「ふ~ん?」
この行き倒れ少年、有名人なんだ。
だけど、少年もクラレンスの言葉にピンときていないようだ。自覚はないんだね。
「この少年は僕と同じ時期に王城の雑用係として採用されたんです。少年の逸話は多く、そのうちの一つに食事を摂るところを見たことがない、ミステリアスな少年というのがあります」
「食事を摂るところを見たことがない……」
「ええ、一体いつ食事をしているんだろうと誰かが話していたのを耳にしたことがあります。ですがこの様子を見るに―――」
「食事、してなかったんだねぇ」
そりゃあ誰も見たことがないはずだ。だってそもそも食べてないんだもん。
にしても、行き倒れるまで食べないなんて……。よく見たら全体的にゲッソリしてるし。
「なんでごはん食べなかったの?」
「……どこで食べるのか、分からなかったから……です……」
おお、取ってつけたような敬語。なんだか新鮮だ。
「お城には使用人用の食堂とかないの?」
「もちろんありますよ。城で働いている者なら格安で使えます。城の使用人なら最初に説明されているはずですが……」
私とクラレンス、そしてリュカオンとオーウェンも揃って少年を見た。
そして少年は少し考えるような素振りを見せた後、ゆっくりと口を開く。
「聞いて、なかった……です」
「そっかぁ、聞いてなかったならしょうがないね」
「いやいや、しょうがなくないですよ。食堂の使い方が分からないにせよ、お腹は空くでしょうに」
「……めんどくさくて」
おお、究極のめんどくさがりがここにいる。
私もめんどくさがりやさんな方ではあるけど、命を脅かすほどではない。
「ここで働く前はどうしてたの?」
「働くまえは……ごはんをもらってました」
「なるほど?」
食事を用意してくれる人がいたってことかな。
……訳アリの匂いがプンプンする……!
よし、ここは深掘りしないでおこう。私ってばなんて賢明な判断ができる十四歳なんだろう。
「とりあえず、一応医務室に連れて行こっか。今は満たされたとはいえ、さっきまで倒れちゃってたくらいだし」
「そうですね、じゃあ僕が連れて行きますよ」
そう言ってクラレンスが少年を背負った。細身だけど騎士だけあって力持ちだね。
私が同じことをやろうとしたらその重みに負けて地面と一体化する未来しか見えない。いや、そもそも背中に乗せることすらできなさそうだ。
クラレンスは自分が医務室に運んでおくと言っていたけど、心配だから私も一緒について行った。乗りかかった船だし。
そして、医務室に到着すると―――
「―――満員、ですね……」
「だねぇ」
医務室は大いに賑わっていた。医務室が満員っていうのは、決していいことではないけど。
医務室の中では白衣を着た人があちらこちらへと行き交っていた。
どうやら、怪我人が多発したらしく、ちょうど忙しいタイミングだったようだ。
「う~ん、ここにさらに病人を追加するのは気が引けるねぇ」
そう思うくらいにはみんな忙しそうだった。誰もこちらには気付いてないし。
私は大人しくクラレンスに背負われている少年を見遣った。あんまり表情が変わらないタイプなのか、表情を見ても何を考えているのかよく分からない。なんなら、無表情のせいで今の体調がいいのか悪いのかも分からない。
「……しょうがない、離宮に持って帰ってルークに診てもらおうか」
「持って帰ってって……シャノン、そやつは犬猫ではないのだぞ」
「そんなつもりじゃなかったよぅ」
確かにちょっと犬っぽいけど。
リュカオンは一つ溜息を吐いた後、私に向けて言う。
「離宮に連れて行くのはいいが、うちでは面倒はみられないぞ。もう既に狐もいるのだからな」
「リュカオン、この子は犬猫じゃないんだよ」
人のこと言えないね。
私は少年の顔を見上げる。
「あなたを私の離宮にいる医師に診てもらおうと思うんだけど、それでいい?」
問いかけると、少年は少し不思議そうな顔をした後、コクリと頷いた。
「じゃあ離宮に戻ろっか」
「……シャノン、何か忘れておらぬか?」
「?」
何か忘れてるっけ?
今にも溜息を吐きたそうなリュカオンの視線の先を見ると、私の腕にぶら下がっている、空になった籠があった。
この籠には元々差し入れのサンドイッチが入って―――あ。
フィズに差し入れに来てたこと、すっかり忘れてた。
…………少年を診てもらった後、もう一回戻ってくればいっか。
フィズの執務室で偶に顔を見る文官さんが偶然通りかかったので、行くのが遅れることをフィズに伝えてもらうようにお願いをし、私達は離宮へと戻った。
「フィズ、怒らないといいけど」
「ハッ、あやつがシャノンに怒るはずがないだろう」
「え、今鼻で笑った?」
私もフィズが怒るのはないかなってちょっと思ったけど、まさか鼻で笑われるとは。
でも、鼻で笑うリュカオンもかわいい。
「リュカオン、背中乗せて」
「ん? なんだ、あやつがおぶられているのを見て羨ましくなったのか? いいぞ、ほら乗れ」
姿勢を低くしてくれるリュカオン。
……リュカオンが可愛かったからくっつきたかっただけなんだけど……まあいいや。
そして、王城に来たばかりの私達は離宮にとんぼ返りすることとなったのだった。