【93】手作り(挟んだだけ)の差し入れを持っていくよ!
オルガが用意してくれた多種多様な具材をフワフワのパンに挟んでいく。
ちまちました作業だけど、これが結構楽しい。
不器用ながらもパンに具材を詰める私。そして、そんな私を見てラナがハンカチ片手に涙ぐんでいる。
「シャノン様がお料理をされる姿を見られる日が来るなんて……ウラノスの侍女達にも見せてあげたいですわ……」
「あれを料理と言えるかは微妙なところだがな」
感動するラナに対してリュカオンは冷静だ。
リュカオンは人型なら料理できるもんね。
「ラナ、味見する?」
「へ? ……………………いえ、旦那様である陛下よりも先にシャノン様の手作り料理を食べさせていただくわけにはいきません」
「大分迷ったな」
心の底から悔しそうな顔をするラナにリュカオンがツッコミを入れる。
「じゃあ、ラナのためにまたサンドイッチ作るね!」
だからそんなに悔しがらなくていいんだよ~、とにっこり笑って見せる。
すると、ラナが今度は胸を押さえて悶え始めた。今日情緒不安定だね。
「私の天使はまだ健在でした。シャノン様、本当にいい子に育って……ラナは胸がいっぱいです……!」
「ラナ、落ち着いて」
どうどう。
「天使……?」
ラナの天使発言にリュカオンが困惑している。
天使というのは、私が小さかった頃の、侍女達の間での私の呼び名だ。天使ちゃん天使ちゃんと呼ばれたものだから、私の一人称が「てんしちゃん」になりかけたので、みんなが慌てて呼ぶのを止めたという経緯がある。
一人称が「天使ちゃん」の痛い子にならなくてよかった。せーふせーふ。
リュカオンの呟きを受け、ラナは我に返ったようだ。恥ずかしそうに少し頬を染めて咳払いをする。
「コホン、失礼いたしました」
「よいよい、幸いこの離宮は人の目がないからな、自宅のように寛げ」
「うんうん、そうだよラナ。私は元気なラナもすき」
「お二方……! お優しい主に仕えることができてラナは幸せです」
うんうん、ラナが生き生きしていてシャノンちゃんは嬉しい限りです。
それから暫く作業を続けると、フィズに差し入れをする分のサンドイッチが出来上がった。
「―――よし、完成!」
仮にも皇帝に食べさせるものなので、オルガに大幅に手直しをしてもらってから持ち手付きの籠にサンドイッチを詰める。
差し入れに行くことは既にフィズに伝達済みだ。
だけどなんやかんやで出来上がるのが遅くなっちゃったので、きっとフィズは待っているだろう。
「急いで届けなきゃ。きっと首を長くして待ってるよ」
「あやつのことだから大人しく待ってるかも怪しいがな。早く行ってやらないと自分から迎えに来そうだ」
「リュカオンの中でフィズはとんだせっかちさんだねぇ」
たかだか私の差し入れのために、わざわざ迎えにきたりしないんじゃないかな。
エプロンを外し、サンドイッチを詰めた籠を手に持てば準備は完了だ。
「じゃあフィズのところに行ってきます」
「はい、行ってらっしゃいませ」
付き合ってくれたラナとオルガにお礼を言い、私は首を長くして待っているであろうフィズのもとへと向かった。
コンコンっとフィズの執務室の扉をノックする。
「フィ―――」
「姫待ってたよ~」
中にいるフィズに声をかけようとした瞬間、扉が開いてぬるっとフィズが登場した。そのままひょいっと抱き上げられ、室内に引き込まれる。
そして、執務室の中にある黒革のソファーにポスンと置かれた。
「いらっしゃい待ってたよ。あ、神獣様も好きなところに座ってね」
「ああ」
仲良くなったからか、フィズに多少ぞんざいな扱いをされてもリュカオンには全く気にした様子がない。ここにあるソファーにはリュカオンの巨体は収まりきらないので、ソファーから少し離れた床に伏せをした。
伏せをしたリュカオンに向けて部屋に控えていたアダムが頭を下げる。
「すみません神獣様、うちの陛下が不躾で」
「構わん。こやつを躾けられる人間などいないだろうからな」
そう言ってリュカオンはフィズの顔をジト目で見遣るけど、フィズの視線は私の持つ籠のただ一点に注がれていた。
それを見てリュカオンは、呆れたようにハァ、と息を吐く。
「……シャノン、そやつはもう待てができないようだぞ」
「え~? ふふふん、仕方ないね、シャノンちゃんの手作りサンドイッチを見せてあげましょう」
待てができないのは私も同じで、早く手作りサンドイッチを見てほしくてうずうずしていたのだ。似た者夫婦だね。
私はワクワクしながらサンドイッチの入っている籠の蓋を開けた。
中のサンドイッチは崩れることもなく、きれいに整列して籠の中に収まっている。
「わぁ、売り物みたいだ。これ本当に姫が作ったの?」
「うん」
四捨五入……いや、一捨二入くらいしたら私が作ったと言っても過言ではないはずだ。
すると、アダムが内緒話をするようにリュカオンの耳元に顔を近付けた。
「……あれ、本当にシャノン様が作ったんですか?」
「安心せい、シャノンは挟んだだけだ」
「あ、よかったです」
失礼な会話が交わされてるねぇ。ばっちり聞こえてますよ。
う~ん、でも確かに皇帝にいきなり手作りのものを食べさせるのはどうなんだろう……?
「フィズ、私毒見しようか?」
「は? 正気?」
「ふぇ?」
真顔。いつもニコニコしてるフィズが急に真顔になった。
そんなにまずいこと言ったかな……?
「致死量に至らない量の毒でも死にそうな姫が毒見? あはは、面白い冗談だね」
面白いと思うならせめて少しは笑ってほしいな。
ここまでずっとフィズは真顔だ。
そしてフィズは、幼い子に諭すように私に語り掛けてきた。
「いい? 姫はその辺に生えてる草とか食べちゃダメだよ? 何が毒になるか分からないからね?」
「……私、その辺に生えてる草はさすがに食べないよ」
その辺に生えてる草って、つまり雑草でしょ? こちとら生粋のお姫様なので、なんでもかんでも口に入れたりしないよ。
……小さい頃はもしかしたら口に入れたりしてたかもしれないけど。
そんな話をしていると、アダムが小さく手を上げた。
「じゃあ、一応俺が最初に食べましょうか?」
「は? 俺を差し置いてお前が姫の手料理を食べようっていうの?」
「ブチ切れじゃないですか。いや、断られるとは思ってましたけど。じゃあ毒見は要らないですね?」
「もちろん。姫の手料理ならたとえ毒が入っていても喜んで食べるよ」
おぉ、愛が重たい……。
いつの間にこんなに好かれたんだろう。心当たりがないんだけど。
「じゃあ姫、いただきます」
「うん、召し上がれ」
籠を差し出すと、フィズは照り焼きチキンのサンドイッチを手に取った。そしてそのままガブッとかぶりつく。
繊細な見た目を裏切る豪快な食いつきっぷりだ。
育ちのいいフィズは、しっかりとサンドイッチを飲み込んでから口を開いた。
「―――うん、おいしい! 具が潰れてない、絶妙な挟み加減だよ。具の配置も抜群だ」
心の底から感動したようにフィズが言う。
「えへへ、ありがとう」
褒められて喜ぶ私を余所に、リュカオンとアダムがまたもやコソコソ話をしていた。
「なんというか、シャノンは挟んだだけだから褒め言葉のチョイスが微妙だな……」
「ですね。でも、多分陛下はあれ本気で言ってますよ。シャノン様も嬉しそうだし、夫婦仲がよくていいじゃないですか」
「まあ、そうだな……」
コソコソ話だけど、シャノンちゃんにはバッチリ聞こえてますよ。
二人がそんな話をしている間にも、フィズはおいしいおいしいと、サンドイッチを消費していった。どんどんフィズの口にサンドイッチが吸い込まれていく様は見ていて気持ちがいい。
もっとお食べ~と籠をフィズに差し出す。
「―――っておい皇帝! 食べ過ぎだ! 我の分も残せ」
「え? これ神獣様の分も入ってるの?」
「当たり前だ。シャノンの実質初手料理を最初に食べる権利をそなたに譲ってやっただけのことだからな。我も食べるぞ」
「え? それは感謝しないと。仕方ない、神獣様にも分けてあげるよ。あ、アダムお前の分はないからね」
「分かってますよ。俺としても陛下に嫉妬心を向けられるのは御免なので」
あっさりと引きさがるアダム。
なるほど、みんなの分を一緒にしちゃうとこういうことが起こるのか。今度からは差し入れは小分けにして持ってこよっと。
今日は一つ賢くなりました。
リュカオンも食べたいというので、私は籠からサンドイッチを取り出してリュカオンの口元に持っていってあげた。
「はい、リュカオンあーん」
するとリュカオンはパカッと口を開け、むぐむぐとサンドイッチを咀嚼する。
「……うむ、とても美味いな。普通のサンドイッチよりも美味い。……シャノンの具の挟み方が上手だからだな」
「神獣様も俺と言ってること変わらないじゃん」
つい先程も聞いたような感想を言うリュカオンに、すかさずフィズが口を挟んだ。
「そうだな、先程の我が間違っていた。この絶妙な具の挟み具合……シャノンは天才かもしれない」
「うんうん」
真顔で言うリュカオンと真面目な顔をして頷くフィズ。
そんな二人を呆れたように眺めるアダムの瞳は、「これだから親バカは……」と、雄弁に語っていた。
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