【92】止めを刺したかったんじゃなくて、料理がしたかったの
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耐え難い眠気に負けた翌日は、よく寝たおかげでスッキリとした目覚めだった。
「おはようリュカオン」
「ああ、おはようシャノン」
リュカオンの腹毛にうりうりと顔を擦り付ける。
今日はなにをしようかな。
リュカオンと一緒に少し王城の使用人の採用面接に顔出して……その後は魔法の練習でもしようかな。
……あれ? そういえば昨日なにかやろうと思ってた気がするけど、なんだったっけ……?
むむむっと眉間にシワを寄せながら腕を組んで考える。
「どうしたシャノン」
「昨日なにかを思いついたはずなんだけど、それがなにか思い出せない」
「なんだ、その年でもう物忘れか?」
「むむむむむ―――あ、思い出した」
そうだそうだ、今日はあれをしようと思ってたんだ。
そして、面接試験場に少し顔を出した後、私達は離宮に戻ってきた。
玄関ホールで私を出迎えてくれたラナに、私は一目散に飛び付く。
「ラナ! ラナ!」
「はいはいシャノン様、ご所望の品はできてますよ」
ふわりと私を受け止めてくれたラナは、どこからか包みを取り出した。
「シャノン様、これを渡すには先にきちんと手を洗うことが条件ですよ」
「! すぐに洗ってくる!」
ラナの言葉にぴこんっと反応した私は、すぐに手を洗いに行った。
しっかりと洗い、清潔になった手をラナに差し出す。
「手を洗ってきました」
「ふふ、よくできましたね。はい、どうぞ」
「ラナありがとう!」
私がラナから包みを受け取ると、リュカオンが不思議そうな顔で私の抱いている包みを覗き込んで来た。
「シャノン、それはなんだ?」
「ふっふっふ」
仕方ない、見せてあげましょう。
私は包みの中の物を取り出し、それをリュカオンの前に掲げた。
ラベンダー色のそれは、とてもかわいらしく、私のテンションを急上昇させてくれる逸品だ。だけど、それを見た瞬間リュカオンの目がスッと細められた。
「……シャノン、それはなんだ?」
「え? リュカオン知らないの? エプロンだよエプロン」
「そんなことは知っておるわ」
リュカオンが尻尾で床をペシンと叩く。
「シャノン、まさかまた料理に挑戦するつもりか」
「……えへへ」
そっと目を逸らし、誤魔化し笑いを浮かべる。
リュカオンが私を咎めるような顔をするのも無理はない。なぜなら、以前料理に挑戦した時には散々な結果に終わったのだから。
その時、私はもう二度と料理をしないと誓った……かもしれないけど、気が変わったのだ。
「大丈夫大丈夫、今回はみんなもついててくれるし。ちゃんと本職のオルガもいるし」
「任せてくださいシャノン様!」
ラナと一緒に私達を出迎えてくれたオルガがマッチョポーズで答えてくれる。
「ほら、オルガもこう言ってるよ?」
「……」
まだなにか言いたげな目でこちらを見てくるリュカオン。
だけどリュカオンが無言なのをいいことに、私はさっさと行動に移してしまうことにした。
よいしょっとエプロンに袖を通す。するとラナが腰のところのリボンを結んでくれた。
「ありがと」
「いいえ~。シャノン様、とってもかわいいです!」
「ふふふん」
ラナに褒められ、私はドヤ顔をする。
「くるんと回ってラナにかわいい姿をみせてくださいまし」
「いいよ」
その場でくるりと回って見せると、ラナの目がハートになった。
「シャノン様ってばきゃんわいいです! 食べちゃいたい……!」
ラナにむぎゅっと抱きしめられる。
「たべるのはダメよ……」
私を抱きしめるラナの腕をぺちぺちと叩く。
ラナのこの感じ、小さい頃を思い出すなぁ……。
私が今よりもずっと小さかった頃は割とみんなこんな感じで時々暴走してた。年々隠すのが上手くなっていったけど、ここはあまり人の目が多くないから出ちゃったんだろう。
「ラナ、お料理しにいこ」
「は~い」
ラナが回していた手を離す。
そして私達は調理場へと向かった。
「……そなたら、後悔するなよ」
「「?」」
調理場へ続く廊下を歩いている途中、リュカオンが呟いた言葉にラナとオルガが首を傾げていた。
***
「よぉし、やるぞ!」
私はやる気満々で木箱の上に立った。
なぜ木箱の上かというと、作業をするには身長が足りなかったからだ。つまり足台だね。
「今日はトマトのスープを作りましょうか」
「は~い」
オルガが食材を私の前に持ってきてくれる間、腕まくりをして待つ。
「じゃあ最初に食材を切りますかね」
「分かった」
「はいシャノン様」
包丁を取ろうと手を伸ばすと、ラナがその前に包丁を取って持ち手を私の手に乗せてくれた。
……お医者さんと助手みたい。
「最初は難易度の低いキャベツからいきましょう」
そう言ってオルガが私の前に丸い、キャベツの原形を置いた。
キャベツの元の形が丸いってことは私も知っている。使用人が誰もいないから自分で料理をしようとした時、見知った形の食材が全然なくて困ってたらリュカオンが教えてくれたのだ。
長生きしてるだけあってリュカオンは物知りだよね。私ってば、それまでキャベツって地面から一枚一枚生えてるもんだと思ってたもん。
この丸いキャベツをよく見る形に切ればいいんだよね? よしっ。
私は手から滑り落ちないように、包丁を両手で握り直した。
「え?」
「シャノン様?」
両手で包丁を握った私は、一思いに包丁を振り下ろした。
「……あれ?」
そのまま真っ二つに切れるかと思ったけど、包丁は切っ先が5cmほどキャベツに埋まった辺りで止まってしまった。
……おかしい、私のイメージではこんなはずじゃなかったのに……。
むぅ、と眉間にシワを寄せていると、背後から溜息が聞こえた。
「シャノン、それは人に止めを刺す時の持ち方だ」
「なぬ?」
原形のキャベツは分厚そうだったし、両手の方が力が入るからいいと思ったんだけど……。
「ふむ、料理ってなかなか奥が深いんだね」
「浅瀬にも到達していないお前が料理の奥深さを語るでない」
「え、私って浅瀬にも到達してないの?」
びっくりだ。
リュカオンの言葉に驚いて目を見開くと、視界の端でラナとオルガが青い顔をしていた。
「二人ともどしたの」
「し、シャノン様動かないでください!!」
「え? あ、はい」
ラナがあまりにも必死の形相で言うものだから、私はその場でピタリと動きを止める。
すると、ラナが慎重に、それでいて素早く私の手の中から包丁を奪った。そしてそれをオルガに渡すと、オルガは包丁を持って私から離れて行った。
まるで事前に打ち合わせをしていたかのようなスムーズな連携だ。
「ラナ、包丁がないと料理できないよ?」
「シャノン様、あんな危ないものはないないしましょうね。どうやらシャノン様にはまだ早かったようです」
「え、でも料理していいって……」
「私の認識が間違っておりました。シャノン様はこちらに来てから既に何度か料理をなさっているものかと……。それに、まさかここまでとは……」
深く息を吐くと、ラナは私を抱きめた。
「神獣様はご存じだったのですか?」
「いや、思えば前回は刃物を使わせはしなかったからな。我もここまでだとは思っていなかった。もし手を切りそうならばすぐに割って入るつもりだったが」
「……ご、ごめんなさい」
どうやら私の料理力はみんなの想像をはるかに下回っていたらしい。
それに、かなり心配させちゃったようだ。
「―――そもそも、シャノンはどうして急に料理をしようと思ったのだ?」
リュカオンが私に問いかける。
「……ラナが旦那さんに料理を作ってるって言ってたから、私も料理ができた方がいいのかなって思って。いつもお仕事がんばってるフィズになにか差し入れしたかったの……」
「ええ子や!!!!」
私が言い終わるや否や、オルガが片手で目元を覆って仰け反った。
「よっしシャノン様、おっちゃんに任せてくれ。スープなんか止めてもっと簡単な料理にしよう! ……そうだな、サンドイッチなんかどうだ? 具材は俺が用意するから、シャノン様はおいしくなるような具材の組み合わせを考えて、それをパンで挟んでくれ」
「うん、分かった! オルガありがとう!」
すると、オルガは手際よくサンドイッチに詰める具材を作り始めてくれた。
包丁って、本来はああやって使うものなんだ……。
今日の学びだね。
オルガが動くたびに、どんどんと見覚えのある具材が出来上がっていく。鳥の照り焼きとか、卵サラダとか。
「すごいねオルガ、魔法みたい」
「あっはっは、シャノン様にそう言ってもらえると嬉しいっすね。はい、これが最後の具材なので、この中から好きな組み合わせを選んでくださいね」
「ありがとうオルガ! オルガすき!」
にぱっと笑ってオルガを見上げると、オルガは嬉しそうな、だけど少し気まずそうな微妙な表情になった。
「あ~、シャノン様、そう言ってもらえるのは嬉しいんですけど、後ろのお二方の顔が怖いっす……」
「ん?」
振り返ると、リュカオンとラナが妬まし気にオルガを見ていた。
「シャノン、我よりもそやつが好きなのか……この浮気者め」
「シャノン様からのすき……羨ましい……」
どうやら、私がオルガに好きって言ったのが羨ましかったらしい。シャノンちゃんモテモテで困っちゃうね。
「二人もだいすきよ~!」
そう言って抱き着くと、二人の機嫌は光よりも早く直った。
二人ともかわいいね。





