【91】ふわふわとけちゃう……
「ぐったり……」
「ああっシャノン様……!」
疲れは後からきました……。
疲れ切ってぐったりシャノンちゃんです。
魔法の練習で汗をかいたからお風呂に入ったんだけど、湯船に入ったらドッと体が重たくなったのだ。
う~、もう動けない。
「シャノン様、沈まないでくださいね~」
ブクブクと沈みそうになった私をラナが引き上げる。
いくら私が生粋のお姫様といえど、いっつも入浴の介助をしてもらっているわけではない。だけど、侍女の勘なのか、今日はラナが入浴の手伝いをすると言って聞かなかったのだ。特に断る理由もなかったので受け入れたけど、そしたら案の定この様だ。
お湯から顔だけ出した私の頬を、ラナがモチモチと揉む。
「うふふ、おねむでしょうけどもうちょっと頑張って起きててくださいね」
私をしっかりと座らせ、ラナはシャンプーを手に取った。そしてフローラルな匂いのシャンプーを付けた手で私の髪の毛を泡立てていく。
「目を瞑っててくださいね~」
「は~い」
ラナに言われた通り、シャンプーが入らないよう、私はギュッと目を瞑った。
わっしゃわっしゃとラナがシャンプーを泡立て、私の頭をもっこもこにする。そして、極上の手付きで私の頭皮を揉み解してくれる。
「ふぁ~」
きもち~。眠くなっちゃう。
「ふふ、溶けないでくださいねシャノン様」
「だいじょ~ぶ」
絶妙な手加減で私を溶かそうとしてくるのはラナだけどね。
こうやって誰かにワッシャワッシャと頭を洗われているとお風呂に入れられる猫の気分になる。
シャンプーが終わると、顔にお湯がかからないようにあわあわの髪の毛を洗い流された。
「シャノン様の髪の毛はいつもツヤツヤですね」
「みんなのおかげだよ」
侍女のみんなは私の髪の毛に並々ならぬ思い入れがあるようで、いっつもケアは念入りなのだ。
私が適当に櫛を通そうとすると全力で止められる。小さい頃、髪がからまった櫛を無理矢理引っ張って、髪の毛がブチブチ千切れたりした日にはもう、一日嘆かれたものだ。
そんな嘆き侍女筆頭であるラナは今、丁寧に私のトリートメントをしてくれている。
「ラナ大丈夫? 帰るの遅くなっちゃわない?」
ラナは旦那さんと一緒にこの国に来て、今は城のすぐ近くに居を構えている。だから離宮に住み込みじゃなくて通いできてくれているのだ。
私の髪にトリートメントを塗り込みながらラナが微笑む。
「まだそこまで遅くないですよ。それに明日はお休みですし多少遅くなっても大丈夫です」
「でも、帰るのが遅いと旦那さんが寂しい思いするんじゃない?」
「ふふ、寂しい思いをさせるよりも、シャノン様のお世話を怠る方が怒られちゃいます」
怒る旦那さんを想像しているのか、ラナがクスクスと笑う。
怒るといっても、もちろん本気ではないだろう。
「仲良しなんだね」
「ええ、まだラブラブですよ~。料理は旦那の方が上手なんですけど、私が作った料理の方がおいしいって言ってくれますし」
嬉々として惚気るラナ。
「どんな料理を作るの?」
「そんな大したものは作れないですよ。普通の家庭料理です」
「家庭料理……」
……とは?
どこまでが家庭料理の範囲内なんだろう。いつもオルガが作ってくれてるのは家庭料理に入るのかな。
もしかして、私もお嫁さんなら家庭料理とかを作れた方がいい……?
「ラナは、忙しいのに料理もちゃんと作っていい奥さんだね」
「うふふ、どちらかに任せっきりは良くないですからね。それに、胃袋を掴んでおくのは大事ですよ」
「いぶくろをつかんでおく……」
なるほど。
私は口元に手を当て、ふむ、と考え込む。そんな私をラナが後ろから覗き込んだ。
「あ、これは碌でもないことを考えてる顔ですね。でもかわいいからよしです」
「……あ、ごめん今考え事してたからなにも聞いてなかった。今なにか言った?」
「いいえ、なにも言ってませんよ。私は日々、かわいいシャノン様がかわいいことをするのを楽しみにしているのです」
「へぇ、そうなの」
「そうですよ。でも今日はお疲れですし、もうおねむでしょうから、なにかやるなら明日にしましょうね」
「は~い」
ラナの言う通り、私はもうおねむなのです。
トリートメントが髪の毛に浸透するのを待っている間、ラナが顔とか肩周りをマッサージしてくれてるんだけど、それが気持ち良すぎてもう目が開けられない。
なんとか眠気を堪え、寝る時用のワンピースに着替える。寝巻のワンピースは日中着ているものに比べてとてもシンプルなデザインだ。
フリフリとかレースとかついてても寝るときは邪魔なだけだしね。
寝巻に着替えると、ラナが髪の毛を乾かしてくれる。
髪を乾かされる間、うつらうつらと、ヘッドバンキング並に船を漕ぎながら私は眠気に耐えた。
えらいぞ私。
髪の毛が乾くと、丁度リュカオンが迎えに来てくれた。
タイミングばっちり。さすが保護者。
ほとんど夢の世界に旅立っている私を見て、リュカオンが目尻を下げる。
「ほらシャノン、我の背中に乗れ」
そう言ってリュカオンが伏せの体勢をとってくれる。
「ん~」
私は歩き始めたての幼児のような、おぼつかない足取りでリュカオンの方へと歩み寄った。
私があまりにもフラフラしているからか、二人がヒヤヒヤしているのが分かる。
モフッとリュカオンの背中に半ば倒れ込むように乗ると、リュカオンは危なげなく私の体を受け止めてくれた。
そして、私を乗せたままリュカオンが伏せの状態から立ち上がる。
「よしよし、今日は頑張ったな。もう寝ような」
「ん」
寝そべるようにリュカオンの背中に乗っているので、リュカオンの優しい声がダイレクトに聞こえてくる。
そして、私達の後にはラナがついてきていて、私をベッドに寝かせるのを手伝ってくれた。
しっかりと肩の上まで掛布団を持ってきてくれるラナ。さすが、私の体の弱さをよく分かってるね。
「それではシャノン様、おやすみなさい」
「おやすみ……らな、ありがとね。りゅかおんも……」
眠すぎて呂律が回らないので、舌っ足らずにお礼を言う。
よしよし、ちゃんとお礼は言えたぞ。感謝の気持ちを伝えるのは大事なことだからね。
きちんとお礼を伝えられたことに安心した私は、あっさりと意識を手放した―――
***
【リュカオン視点】
「―――あ~!! なんてお可愛らしいんでしょう……! 私のお姫様はやっぱり世界一です……!」
シャノンの呼吸が深くなった瞬間、侍女が両手で顔面を覆って悶え始めた。
もちろんシャノンを起こさぬように極々小声でだが。どんなに興奮していても我を忘れないのは一国の姫に仕える侍女だな。まあ、主人であるシャノンへの想いは他の一流の侍女とは一線を画すが。
幼い頃からちやほやされている姫などは、お世辞にも性格がよいと言えぬものが多い。だから、それに仕える侍女も表には出さずとも内心は仄暗いものを抱えている。
その中で、シャノンと侍女達との関係はある意味特殊とも言える。全員が全員、親バカと言っても差し支えないほどシャノンを溺愛しているのだ。
ここまでシャノンが愛されているのは、シャノンが人を思いやれる子に育ったおかげだろう。
「はぁ、お口開けてるシャノン様の寝顔ってば国宝……! でも乾燥で喉を傷めちゃうから口は閉じてほしい。ああ、ジレンマですわ……!」
「……」
我もシャノンに対しては大分甘いし、可愛がっている自覚があるが、こやつらも大概だ。むしろ我を超えているかもしれぬ。
特に、ウラノスから来た二人は幼少期からシャノンのことを知っているから、ここまで溺愛するのも当然かもしれぬが。
……今よりも小さいシャノンの幼少期……なんだそれ絶対かわいいな。今でもこんなにかわいいのに。
なぜ我は幼少期のシャノンに会っていないのだ。全力で子育てするのに。
そんなことを考えていたせいか、少々羨まし気な視線を侍女に向けてしまった。
しばらくシャノンの寝顔を眺めていた侍女は、葛藤の末にシャノンの口をそっと閉じさせた。そして、それまでの悶え散らかしていた態度をスンッと収め、シャノンの隣に寝そべる我の方へと向き直る。
「それでは神獣様、今日はこれで失礼させていただきます」
「うむ」
「あ、それと―――」
「ん?」
なんだ。侍女から我に話し掛けてくるのは珍しいな。
「―――先程、神獣様はシャノン様の幼少期を知っている私を羨ましがるような顔をされていましたが、私からしたら毎日シャノン様と添い寝して、寝かしつけができる神獣様の方がよっぽど羨ましいです。クッ……!」
侍女は悔しそうに我から顔を背けると、上級侍女らしくとても優雅な所作で走り去っていった。
……器用だな。
―――というか、常識人だと思っていたが、意外と変人だったのか……?
音もなく閉じられた扉の方を見て、我はラナという侍女の認識を改めた。
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