【90】どっちが規格外だろうね?
昼食を終え、私は魔法の練習がてら、再び木の剪定をすることにした。
リュカオンとセレス、そして当然のようにフィズも一緒にくる。
「フィズ、ただ見てても暇じゃない?」
「そんなことないよ。癒される」
ニコニコと笑ってフィズが言う。
私が魔法の練習をしているところを見て癒されるなんて、やっぱりフィズはちょっと変わってるね。
私の後にリュカオン、セレス、フィズが並び、ちょっとした保護者参観の様相を呈している。
……なんかちょっとやりづらいな。
そんな風に邪念が入ったまま、魔法を放ったのがいけなかったのかもしれない。私の放った風の刃が目標から大きく逸れてしまった。
「あ」
放物線を描いた風の刃が明後日の方向へと飛んでいく。幸いにもその先に人はいなかったけど、午前中に必死に整えた木のど真ん中に当たることは容易に想像ができる動きだった。
バキィッという木の破壊音が聞こえてくるかと思いきや、私の耳に飛び込んできたのはフィズの軽い掛け声だった。
「―――よっと」
「え」
私の真後ろにいたはずのフィズが忽然と消えて、いつの間にか風の刃の飛んで行った先にいた。
いつの間に!?
風の刃と同じ高さまでぴょーんとジャンプしたフィズは、これまたいつの間にか手にしていた木の枝で風の刃をかき消した。そして危なげなくスタッと着地をする。
私は思わず傍らのリュカオンに語り掛けた。
「……リュカオン、あれができるのって普通?」
「だから何度も言ってるであろう、あやつは規格外だと」
そう言うリュカオンの目も、どこか遠くを見ている。
フィズは私の前まで歩いて来ると、極々軽い力で私のおでこを小突いた。
「こ~ら姫、魔法を使う時に集中力を切らしちゃダメでしょ? 攻撃系の魔法を使う時は特にだよ?」
「はい、ごめんなさい……」
そうだよね、今はフィズが止めてくれたから何事もなく済んだけど、魔法が飛んで行った先に人がいたら大変なことになってたかもしれない。たとえ人がいなくても、フィズがいなかったらジョージが丁寧に整えてる庭の景観を台無しにするところだった。
軽率だったな……。
シュンと落ち込む。
すると、なぜかフィズが胸を押さえ始めた。
「うぅ、姫が落ち込んでる様子を見ると心が痛い……。自分がそんな顔をさせたかと思うととんでもない罪悪感に駆られるんですけど……神獣様、これ治せる?」
「治せるわけなかろう。そなたは間違ったことを言っていないのだからしゃんとせい」
リュカオンが尻尾でフィズの背中を強めに叩く。結構痛そうな音がしたけど、フィズはなんともなさそうだ。耐久力も桁違いなのかな。
ちょっと気になる。
「……あれ? 姫がまんまるな目でジッと見てくるんですけど。ねぇねぇ神獣様、これってどういう意味?」
「そなたの人外っぷりに驚いているのだろう。おいでシャノン」
リュカオンに呼ばれたので近くに行くと、リュカオンの尻尾でくるんと体を包まれた。そしてトントンと、宥めるように尻尾で背中を優しく叩かれる。魔法を外したことで私が内心動揺していたことをリュカオンは気付いていたんだろう。
リュカオンに背中を叩かれていると徐々に落ち着いてきた。
「よしよし、びっくりしたな。だが魔法は気を抜くと今みたいなこともあるゆえ、気を付けて使うのだぞ」
「うん、分かった」
指きりの代わりにリュカオンの首にギュッと抱きついて答える。
リュカオンから離れ、今度はフィズのお腹に抱きつく。
「フィズも、止めてくれてありがとね」
「~~っ姫かわいい! どういたしまして~」
ぎゅうう~っとフィズに抱き締められる。苦しくないから大分手加減されてるんだろうけど。
「にしても、フィズってばいつの間に移動してたの? 気付かなかったよ」
「ん~? なんか勘? あっちの方向に逸れそうな予感がしたから、姫が魔法を発動するのと同時に動き出しておいたんだよね」
「勘って……」
野生の勘的な?
いやいや、勘でそんなの分かるわけないよね。さすがの私でも、普通はそんなことできないって分かるよ。
「うんうん、だからまた逸れても止めてあげるから、姫は何も心配しないで魔法の練習してね」
そう言ってフィズはよしよしと私の頭を撫でた。
それからも三人に見守られながら練習をして、離宮周りの木の剪定を全て終わらせた結果、風の刃の魔法は中々上達したと思う。
一回にいくつもの刃を同時に出せるようになったし、発動までのスピードも最初よりは大分速くなった。リュカオンも褒めてくれたし、結構頑張ったんじゃない!?
「うちの子は天才だ」
リュカオンが私のぷにぷにほっぺに頬ずりをする。
「えへへ」
「シャノン様、ありがとうございました。おかげで庭の見栄えがとてもよくなりました。こんなにもお優しくて愛らしくて、なおかつ魔法も得意な主をもつことができて、俺は幸せです……!」
ジョージがとても感激したように私を見てくる。
そんなキラキラした目をされても、シャノンちゃんまだまだ魔法に関しては練習中なんですけど……。
とりあえずにこにこ笑っておく。
「シャノン様、お疲れではないですか? キリがいいですし、今日はもう終わりにしてお休みしましょう」
セレスがそう私に声をかけてくる。
「そうだね、ちょっと疲れちゃったかも」
「慣れないことをしましたしね。今日はゆっくり休みましょうね」
「うん」
セレスと手を繋ぎ、私は離宮の中に戻った。
玄関ホールではアリアとラナが待っており、即座に私の服についた埃を落としてくれ、体調確認をされる。
至れり尽くせりだなぁ。
「……あれ? リュカオンとフィズは?」
静かだなと思ったら、リュカオンとフィズがついてきていなかった。
まだ外にいるのかな……? ……まあ、そのうち来るか。
あの二人は知らない間に仲良くなってたから、きっと今も仲良く雑談でもしているのかもしれない。
「シャノン様、食事の前にお風呂に入られますか?」
「うん、そうしようかな」
外で作業してたから汗もかいたし。
二人が戻って来る前にお風呂に入っちゃおっと。
***
シャノンの後について離宮に戻ろうとしたら、尻尾の毛がクンッと引っ張られる感覚がした。驚いて振り返ると、ニコニコ顔の皇帝が我の尻尾の毛を一房摘まんでいた。
我の毛を引っ張っているだと!? 信じられん!
……我の極上のモフ毛を引っ張るなど、こやつどうしてくれようか……。
我の尻尾はシャノンのお気に入りなのだぞ。ブラッシングも尻尾だけは入念だし。
皇帝を睨むが、全く意に介していないようで、にこやかな顔を崩さない。こやつ……。
「まあまあ怒んないでよ神獣様」
「……なんの用だ」
わざわざ我を引き留めたということは、なにか話があるのだろう。
「いやぁ、神獣様に聞きたいことがあって」
「……なんだ」
なにを聞かれるか、薄っすらと予想はしつつも皇帝に聞き返す。
この間に、シャノンは既に離宮の中に入っていた。
「姫って天才だよねぇ。あんなに魔法の上達が早いんだもん。才能があるんだろうね」
「そうだな」
「天下の神獣様とも契約してるしね」
「うむ」
「でも、それだけ?」
皇帝が我の顔を覗き込む。
「あれだけ上達が早いのは才能があるから、神獣様と契約してるからだけではない”なにか”がある気がするんだけど、俺の気のせいかな?」
「……」
聖獣や神獣と契約した人間は、その特性にあった魔法を使えるようになる。
そう、使うには使えるようになる。だが、そこから先は個人の努力や才能により、成長スピードが異なるのだ。
魔法の威力や発動する速さ、同時展開ができるようになるかは、完全に個人の資質が問われることになる。だからこそ、実戦で使用できるレベルの魔法が使える騎士だけが所属する聖獣騎士団がウラノスでは作られているのだ。そして、そういった騎士は特別視されている。
シャノンは今日の練習だけで、風の刃を同時に何枚も出すという芸当をやってのけた。これは一種の魔法の同時展開で、並の人間ならば一年かけて習得するものだ。
魔法の発動スピードも、シャノンのように目に見えて成長するものなど、それこそ何年に一度の天才と呼ばれる人種だけだろう。
セレスやジョージなど、そこまで本格的な魔法に縁のない人間はシャノンの逸脱した上達ペースには気付かなかったようだが。
ここまでシャノンの魔法適正が高い理由を、我はもちろん知っている。だが、それを今の段階で皇帝に伝える気はなかった。
「―――あ、勘違いしないでね神獣様。俺は問いただしたいわけじゃないんだよ。ただ、一応聞くだけ聞いておこうと思って。ほら、下手に聞いちゃいけない話題とかだったら困るし」
……本当に、こやつは勘のいい男だ。
「そうだな、少しデリケートな話題だから言えぬ……今は、まだ。シャノンにも聞いてくれるなよ」
「了解。姫を傷付けるようなことはしないよ」
いつも通り、皇帝の顔はにこやかだったが、その声音はたしかに真剣な響きを帯びていた。
きっと、こやつはシャノンを守るためにわざわざ我を呼び止めたのだろう。守るには、理由を知っていた方がやりやすいから。
そしてきっと、下手に触れてシャノンを傷付けないように。自分からも守るために、こやつは確認しておきたかったのだ。
ふむ、そう考えると我の極上の尻尾を乱雑に扱ったことも許せる気がするな。
仕方ない、今回だけ許してやることにしよう。
「―――皇帝、そなたの心意気に免じて、先程我の毛を引っ張ったことに関しては念入りなブラッシングだけで許してやろう」
「あ、結構根に持ってたんだ。ふふ、それじゃあ喜んでやらせていただきます」
「うむ」
シャノンと出逢うまでは、自分の毛にそこまで気を遣うことなどなかった。ハゲさえしなければいいと思っていたからな。
だが、シャノンと出逢い、シャノンが我のモフ毛を大好きだと全身で示してくるものだから、我も自分のふわふわの毛が大好きになってしまったのだ。
「―――丁寧にブラッシングせねば我は満足せぬからな」
「はいはい、分かりましたよ」
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