【9】体調復活! でも侍女がいない!
絶対にあと何日かは寝込むと思ったのに、次の日の朝起きたらとても元気だった。
びっくりするくらい爽快な気分だ。
そのことをリュカオンに報告すると「よかったな」とは言ってくれたけどなぜか微妙な顔をしていた。なんでだ。
ただ、しっかりと寝坊はしちゃったらしい。
時計を見たら侍女さんが朝食を持ってきてくれる時間をとっくに過ぎていた。
「結構寝坊しちゃったね。でも侍女さんが来たの全然気付かなかったな」
「今日はまだ誰も来てないぞ」
「あらま。疲れてると思って気を遣ってくれたのかな」
……これまで時間通りに来ては体調の悪い私を見ても何の反応も示さず退出していった彼女達が?
皇妃になったから? いやいや、普通に考えてそんなあからさまに態度変えたりしないでしょう。
「リュカオン、私なんか嫌な予感がする」
「奇遇だな、我もだ」
私は寝巻のままベッドから飛び出し、リュカオンと一緒に離宮の中を確認して回った。
―――結果、嫌な予感は見事に当たっていた。私の予想を上回る形で。
「だ、誰もいない……」
「まさかだな」
昨日まで離宮で働いていた離宮の使用人が、誰一人いなくなっていた。
ガランとした離宮の廊下を歩き、とりあえず自分の部屋に戻る。そして温もりの消えたベッドに腰かけた。
私は口元に手を当て、リュカオンに言う。
「もしかして、この離宮の中ならやりたい放題できるってこと……?」
「お前ポジティブだな。もはや尊敬に値するぞ」
リュカオンに褒められちゃった。
えへへと笑うと呆れた眼差しを贈られる。
まあ私だってちゃんと分かってるよ。これってボイコット……ってやつだよね?
上の指示なのか彼ら彼女らの意思なのかは分からないけど、多分このまま待っていても使用人が勝手に戻って来ることはないだろう。
だって、使用人ゾーンも見に行ったけど全部屋、荷物が丸っとなくなってたんだもん。
あ、荷物はなくなってたけど別に部屋は片付いてなかったよ。自分のものじゃないからかベッドの上のシーツとか毛布は使いっぱなしって感じで乱れたままだったし、くず入れのゴミもそのままだった。もしこれから後任が来るって知ってたら片付けて出ていくよね?
つまり、後任の使用人がやってくる可能性も低いということだ。
これはリュカオンも同じ考えだった。むしろ私がその考えに至ったことに驚かれた。失敬な。
王族としての振る舞いとか常識とかは微妙だけど、これでも侍女達にいろんなことは仕込まれているのだ。
上の方の指示でいなくなったか、自分達の意思でいなくなったかは微妙なところだと思ってる。
自分達の意思で全員がいなくなるのは考えにくいかなとも思ったけど、ほら、「馬車の前、みんなで渡れば怖くない」っていうことわざとかあるし。みんなで示し合わせて出て行こうと思うくらいには嫌われてそうだったし。
だって、近い未来に皇妃になる私につけられる使用人なんてよく考えなくても超エリートよ? そのエリート達が私に対する嫌悪感を隠しきれてないんだから、もう相当嫌いだよね。
そこまで嫌われることをした覚えは、本当に全くないんだけども。
もう上の方の指示だったとしてもその理由がよく分からない。皇妃になった途端に使用人を外すメリットってある? 自国民になったんだから蔑ろにしていいよね! なんて安易な考えのはずないし。
……私に政治のことは分からないから、これ以上考えても無駄かもね。使用人が全員出て行っちゃったのは事実だし。
ベッドに座った状態からバタンと後ろに倒れ、両手を横に広げる。
「ねえリュカオン、私そんなに嫌われることしちゃったのかな」
「シャノンは何も悪いことはしてない。ただ向こうが勘違いしているだけだろう」
「勘違い?」
「ああ、どうにもこの国では神獣、および古代神聖王国人が信仰の対象になっているらしい。それに伴い、様々な言い伝えも間違いのないものとして信じられている」
リュカオンが私の隣にドテッと横になり、話し始めた。
「この国では、神獣は白銀の髪に空色の瞳を持つ者しか神獣の契約者にはなれないとの言い伝えが信じられているようだ。髪の色は条件に合っているが瞳の色は似ても似つかんな。あと、普通に神獣は全てこの世界からいなくなったということが常識として信じられているようだからな。自分達の目の前に神獣が現れるなんてこと、想像すらしたことないんじゃないか?」
「……でも、リュカオンは本物でしょ? みんなの誤解は解けないの?」
「そもそも我が本物の神獣だと信じてもらうのが困難だ。腹立たしいことにな。こんなにペラペラしゃべる聖獣などいないだろうに」
確かに。人と同じ言葉を話す聖獣なんて見たことない。
「私も一応ウラノスの王族だし、人の言葉を話す特別な聖獣を神獣だと偽ってるって思われちゃったのかな」
「だろうな。ウラノスの王族の血は聖獣との相性が良いそうだから、人の言葉を話すくらいの特別な聖獣くらい契約できるだろうと思われても不思議じゃない」
「……不思議に思ってよ……」
撃沈だ。
信仰対象かぁ。そりゃあ怒るよねぇ。
こちらとしては本当のことしか言ってないけど、向こうは敵国からきた小娘に自分達の信仰対象が踏みにじられたと思ってるんだもん。
神獣と契約してると偽れば簡単に帝国民を従えられるとでも思ってるのか!! とか思われてそう。実際は神獣が敬われてるのも今知ったばっかりだけど。
誤解を解くのは……リュカオンが神獣だって信じてもらえないと無理そうだなぁ。今さらごめん! リュカオンはただの聖獣だよ!! って言っても嘘を認めることになっちゃうし。
もしリュカオンが私を治し、あの数の魔獣を倒すところを見てくれてたら一発で信じてもらえたんだろうけど。
ほぼ死んでた私を生き返らせた治癒も、あの数の魔獣を余裕で屠るのも聖獣一体じゃ到底無理だもん。十体いたってあの魔獣の相手は無理だと判断して転移させたんだよ?
だけどもう一度死にかけるのも魔獣に囲まれるのも御免だ。だったら使用人のいない生活を選ぶ。
「……そういえば、白銀の髪に空色の目を持ってる人じゃないと神獣とは契約できないの? 私できちゃってるけど」
「神獣も聖獣と同じで気に入った相手と契約を結ぶ。我らは神聖王国の者がお気に入りで、ほとんどの神獣が神聖王国の者としか契約を結ばなかった。そして我らが好む生粋の神聖王国の者は大体白銀の髪に空色の瞳をしていたから、時を経て神獣は白銀の髪に空色の瞳をした者としか契約をしないと伝わってしまったんだろう。その色以外の者と契約していた神獣も少数ではあるがいたぞ」
「ふ~ん。リュカオンが私と契約してくれたのはピンチで私の中の古代神聖王国の血が目覚めたから?」
「それもあるが。シャノンに関しては他にも理由はあるぞ」
意味深に笑うリュカオン。表情を見るに他の理由というのはまだ教えてくれなそうだ。
「―――なるほど、大体の状況は分かったよ。でも、まずはお世話をしてくれる人を見つけないとね」
なにせ私は離宮の奥底で大切に育てられてきたお姫様。
一人での生活なんてできないのだ。