【87】私も成長するんです
「お飾りの皇妃、なにそれ天職です!」がSQEXノベル様より9月に書籍が発売予定です!
結局、反射神経を鍛えるのは止めになった。
絶望的に才能がないし、いろんな意味でみんなの心臓に悪いからだ。
一運動を終えた私は、いつもの応接室でおじ様の淹れてくれたアイスティーに舌鼓を打っている。
すると、私の対面に座っているおじ様が言った。
「シャノンちゃんは体よりも魔法を鍛えた方がいいんじゃないですか?」
「魔法?」
「ええ、せっかく神獣様と契約してるんですし、それを生かさない手はないと思います。体を鍛えるなんて無謀なことをするよりはよっぽど現実的だと思いますよ」
「むぼうなこと……」
やっぱりおじ様もそう思ってたんだ。私も思ってたけど。
「今まで魔法を使う習慣がなかったから、咄嗟の時に発動できないんだと思うんですよ」
「ですです」
コクコクと頷く。
「じゃあ少し魔法を使う練習をしてみましょうか。まだ自分がどこまで魔法を使えるかも分かっていないでしょうし」
そこでおじ様がリュカオンを見た。
「じゃあ神獣様、お願いします」
「ん? 何をだ」
「シャノンちゃんに魔法の使い方を教えてあげてください」
「使い方もなにも、シャノンは我と契約しているのだから魔法は使い放題だろう」
キョトン顔でリュカオンが言い放つ。
あ、リュカオンってば、さては天才タイプだな。どうして分からないのかが分からないって言うタイプだ。
「これこれシャノン、そんな目で見るな。我が魔法を使い始めたのはこの国ができるよりも前だぞ? その時の感覚など覚えているわけないだろう」
「そっか、それもそうだよね。じゃあおじ様は……?」
おじ様の方を見ると、ソッと目を逸らされた。
「えっと、僕もそんなに若いわけではないので……」
「見た目の割に歳食ってるからな、そなた」
「そうなんですよねぇ」
全く気分を害した様子もなくニコニコしているおじ様。リュカオンの若干失礼な発言にも泰然としているのが年の功を感じるよね。
「そういえば、シャノンが魔法を使う時は大抵我が指定した時だったな」
「うんうん」
リュカオンと会う前は魔法なんてそんなに使えなかったからね。リュカオンが一緒にいる時はリュカオンが魔法を使ってくれるし。
一緒にいる時は、というか、リュカオンが傍にいない時の方が少ないので自然と魔法を使う機会は少なくなる。
「まあそうだな、自己防衛の魔法くらいはすぐに発動できるようにしておいた方がいいだろうな」
「うんうん、がんばります!」
ピンと右手を伸ばしてやる気をアピールする。
「じゃあまずは飛んできたものなどを止める魔法だ。我が手本を見せるからやってみろ。おい教皇、我に向けてボールを投げてくれ」
「はい」
おじ様は先程も使ったゴムボールを手に取ると、ブオンッと音を立ててリュカオンの方に投げた。
……私、さっきは大分手加減されてたんだなぁ。
笑顔のおじ様から放たれた剛速球は一直線に飛んでいき、リュカオンに当たる直前でピタリと止まった。
空中で止まったボールはその後、ポトリと床に落ちる。
「おお」
リュカオンすごい! その道の達人みたい。
「……教皇そなた、我には容赦ないな」
「神獣様に手加減してどうするんですか。それに、これくらいのスピードのものが止められなきゃいざという時使えませんよ」
ニコニコしながらそう言うおじ様は、意外とスパルタ方針なのかもしれない。
「シャノン、今のをやってみろ。物の動きを止める魔法だ」
「分かった」
コクリと頷く。
よし、やるぞ。
「じゃあ僕が真上にボールを投げるので、それが僕の手に戻る前に止めてください」
「はい」
おじ様が真上に打ち上げたボールをジッと見つめる。
そしてボールがおじ様の手に戻る直前、魔法を発動するとボールはピタリと止まった。
「うんうん、上手ですね。じゃあ次はあちらの壁に向けてボールを投げるので、壁にぶつかる直前で止めてください」
「はい!」
それから何度も練習を繰り返すと、結構な速さのボールも魔法で対処できるようになった。魔法なら私でもそこそこできるらしい。
「……最初っから魔法の練習すればよかったね。反射神経を鍛えるなんて無謀なことするんじゃなくて」
「「……」」
私の呟きに二人は「そうだね」、とも「そんなことない」とも言わなかった。ただ、二人が心の中で思っているのが前者だということは分かる。
大人の配慮ってやつだね。
「じゃあ次の訓練に入りますか。次は不審者の接近に備えて、なるべく素早く転移を発動する練習をしましょう。……そうですね、シャノンちゃんは図書館にある本を読んでいてください。どこかのタイミングで僕が脅かしに行くので、僕に気付いた段階でできるだけ早く神獣様のもとへ転移してください。いいですか?」
「わっかりました!」
返事をすると、私は早速本のある部屋へと移動した。
頑張れば成果の出る魔法の練習は結構楽しい。
魔法の練習が楽しいのはおじ様が褒め上手なのもあると思う。ボールを止める練習の最中もそうだったけど、おじ様ってば要所要所で褒めたり、私のやる気を出させるのが上手いのだ。
おじ様がいつやってくるのか分からないので、とりあえずのんびりと読書する。私が手に取ったのはファンタジーものの小説だ。
リュカオンは私の転移先の目印になっているので別室待機をしている。言わば、リュカオンと一緒にいない時に私に危機が迫ったらすぐに逃げられるようにする練習だ。
そう、危機が迫ったらすぐに逃げられるようにする練習―――だったはずなのに、小説に夢中になった私はすっかりそのことを忘れてしまっていた。
夢中でページを捲る私の肩にポンッと手が置かれる。
「?」
なんだろう、と顔を上げると、そこには血まみれのピエロ―――
「ぴ、ぴやあああああああああああああ!!!」
我ながらどこからそんな声が出たんだろうと疑問に思うほど、情けない叫び声が自分の口から漏れた。そして椅子から飛び上がった私は、コテンと床に尻餅をついた。
「ああ、ごめんねシャノンちゃん、怖がらせちゃったね」
「……へ?」
聞き慣れた声が血塗れピエロから聞こえる。
よく見てみると、血塗れピエロはお面だった。そして、パカッとお面を外すと中からはおじ様の顔―――
「ごめんごめん、まさかそんなに驚くと思わなくて。せっかく練習だから緊張感があった方がいいと思ったんだけど……」
そう言っておじ様は腰を抜かして半泣きになっている私を抱き上げ、よしよしと赤ちゃんをあやすように宥めてくれる。
「―――シャノン、どうした……」
おじ様によしよしとあやされている私を見て目を丸くするリュカオン。
「……どうした?」
「いやぁ、僕がシャノンちゃんを驚かせすぎてしまったみたいで」
そう言うおじ様の頭についているお面を見て、リュカオンは全てを察したようだ。
呆れ顔でおじ様を見るリュカオン。
「こんな無防備な生物に初っ端からそれは難易度が高すぎるだろう」
「僕も反省しているところです」
私の背中をポンポンと叩きながらそう言うおじ様。なんか妙に手慣れてる。
「シャノン大丈夫か?」
「こしをぬかしています。たてません」
「大丈夫じゃなさそうだな。今日の魔法の練習はここまでにしておこう」
うむ、と一つ頷いてリュカオンが言う。
転移で逃げるどころか、腰を抜かして不審者役のおじ様にあやされる体たらく。練習でこれじゃあ本当の有事の時は何もできないよね。
しゅんとする私の頭をおじ様が撫でる。
「大丈夫ですよシャノンちゃん、練習を重ねていけば転移なんて反射的に出来るようになりますから。今回は僕が驚かせすぎたのもありますし」
「おじ様……!」
優しい……!
「またいつでも来て下さいね」というおじ様に挨拶をし、私達は離宮に帰ってきた。
ちゃんとゴムボールも回収したよ。
「あ、お二人ともお帰りなさいませ」
「ただいま~」
離宮に帰ると、早々にセレスと遭遇した。
水を入れ替えてくれたのか、セレスは花が生けられた花瓶を手に持っている。
「シャノン様、先程はお力になれずすみませ―――わっ」
床が少し濡れていたのか、セレスが足を滑らせ、その拍子に手から花瓶が滑り落ちる。
その瞬間、私はほぼ無意識に魔法を発動させていた。
床にぶつかる寸前のところでピタリと止まった花瓶を手に取り、セレスに手渡す。
「ふぅ、危なかったけどギリギリセーフだね!」
「……今のは、シャノン様の魔法ですか?」
「うん、図書館のお兄さんのところで魔法の練習をしてきたの」
どうぞ、とセレスに花瓶を差し出しながらそう言うと、セレスの瞳がキラキラと輝き始めた。
「し、シャノン様すごいです!! この短期間でこんなに成長されるなんて……! やっぱりシャノン様は天才だったのですね!」
「あ、ありがとう」
多少大袈裟な気もするけど、まあ褒められて悪い気はしない。
「シャノン様の成長を離宮の皆と共有してまいります。外出して疲れたでしょうから、お二人はどうぞ自室でごゆっくりされてください」
花瓶を定位置に置いて私達の荷物を受け取ると、セレスはそう言って去って行った。
そして、セレスから話を聞いた離宮のみんなは私の想像よりもずっと喜んでくれて、その日の夜はパーティー状態だった。
まあそれはいい。ちょっと喜び方が大袈裟かもしれないけど、ごはんはいつもよりも豪華だったし、もちろん味もおいしかった。
……ただね、シャノンちゃんってば、セレスが落とした例の花瓶を記念品みたいに飾るのはどうかと思うの。
仕事の早い使用人達によって透明なケースに入れられた花瓶。そして、そのケースには「シャノン様の成長記念」と、美術館に飾られている作品みたいにタイトルがつけられている。
う~ん、いたたまれない。
―――というかこれ、使用人達の親バカレベルも成長してない?
私は魔法の発動スピードが上達したけど、うちの使用人達も思わぬところでレベルアップしていたらしい。





