【84】こ、これがいちゃもん……!
復活を果たした私は、再び王城の騎士団に向かうことになった。
目的は単純、元気なシャノンちゃんをみんなにお見せするためだ。
「実はねぇ、姫が体調を崩したことにあの場にいた騎士達が気に病んじゃって。だから元気な姫の姿を見せてあげてほしいんだよ」
お手本のように綺麗な所作で魚を切り分けながらそう言うフィズ。
「私が体調を崩すのは完全に体質だから気にしなくてもいいのに」
騎士だから責任感が強いのかな。オーウェンも自分のせいだと思ってたみたいだし。
いくら騎士でも病原菌から護るのは無理だよ。
とはいえ、心配をかけちゃったみたいなので騎士達に元気な姿を見せに行くのに否やはなかった。
特に予定もないので、朝食を終えたらさっそく騎士団の訓練所に向かうことにする。
「……フィズさん、その手は?」
私の目の前ではフィズが両手を広げて待機している。
それを見てどうしたものかと私は首を傾げた。
いや、求められてることは分かるんだけど、そうしていいのか迷うと言うか……。
ちらりとフィズを見上げる。するとニッコリと微笑みかけられた。
そんなフィズを見てリュカオンが溜息を吐く。
「はぁ、シャノン、大人しくそいつに運ばれてやれ。多分シャノンを抱っこするまでそいつは意地でも動かないぞ」
「その通り。さっすが神獣様」
「……じゃあ」
二人をきょろきょろと見比べ、私はフィズに向けて両手を差し出してみた。するとふわりと抱き上げられ、左腕に座らされる。
おお、安定感のある抱っこだ。
「姫は軽いねぇ」
「フィズもなかなかいい抱っこだよ」
「あはは、お褒めに預かり光栄です」
いつもよりも視線が高くてなんだか新鮮。
「ふふ、フィズの顔が近い。フィズの目、綺麗だねぇ」
普段よりも近くにある水色は、湖のようにとても澄んでいて綺麗だ。私も女の子、綺麗なものは大好きなのでついニコニコしちゃう。
「……って、フィズ、何してるの?」
「姫が天使すぎるから背中に翼が生えてないか見てる」
「なにしてんの」
急に真顔になって私の背中を見始めたと思ったらよく分からないことをしてた。
国民には見せられない姿だね。
フィズもリュカオンも病み上がりの私を歩かせる気はさらさらないらしく、私はそのまま訓練所まで運ばれた。
訓練所に行くには王城を突っ切った方が早いんだけど、その道中はまあ見られた見られた。鈍感らしい私が気付くくらいだから相当だろう。
微笑まし気な視線や、うっとりとした視線をシャワーのように浴びせかけられて私達はやっと訓練場に辿り着いた。
「すっごい見られたね……」
「姫がかわいいからだよ」
「それはそうだろうな」
「……」
ダメだ、ツッコミ役がいない。
私がとんでもなくつけ上がったらどうするつもりなんだろうこの人達。
ジトリとフィズを見ても微笑んでさらりと躱されてしまった。
「―――皇妃様」
その時、第二騎士団長であるアーロンに声を掛けられた。そのアーロンの後ろにはこの前の合同訓練に参加していた騎士達がズラリと並んでいる。
そして騎士達は一斉に頭を下げた。
「「「すみませんでした!!」」」
声の圧にビックリして私はフィズにしがみつく。
「お護りすべき皇妃様を驚かせて体調を崩させてしまうなど騎士として失格です。如何様にもご処分を」
そう言ってアーロンが頭を下げる。
いやいや、みんなどれだけ私のこと虚弱だと思ってるの。なんで揃いも揃って私のことを、ちょっとびっくりしただけで熱を出すとんでも生物だと思ってるんだろう。それウサギより弱いじゃん。
「えっと、処分とかしないからね? ここにいる誰も悪くないし」
「しかし……!」
「はい! もうこの話は終わり! いくら言われたって処分なんてしないからね!!」
埒が明かないので強制的に話を打ち切る。
「ほら、姫がこう言ってるんだし処分はなしだよ。全く、騎士ってやつはどうしてすぐ罰されたがるんだろうね」
やれやれといった様子でフィズが言う。
「ほら、分かったらさっさと訓練に戻りな。姫の騎士と戦って自分達の未熟さも分かったんでしょ? こんなところで時間を潰してる場合じゃないよ。今の君達じゃあ姫にも勝てないんだし」
「へ?」
フィズの言葉に私も騎士達もポカンとする。
私がなんだって?
「え? 当然でしょう、姫は神獣様と契約してるんだから言わばどんな魔法でも使い放題だ。実戦ならともかく、訓練と言う形なら今の君達は姫の魔法には敵わないだろうね」
「ね~」とフィズに同意を求められるけど、私にそんな戦闘の才能が眠ってたなんて今初めて知ったよ。いや、私の才能というよりはほとんどリュカオンの力だけど。
まさか剣どころか包丁をですらまともに持てるかも怪しい私にそんな可能性があったとは。
もしや無双も夢ではないのでは?
「……確かに一対一で、今から相手が向かってくると分かっている訓練ならシャノンの負けはないだろう。だがシャノンの反射神経は絶望的だから実戦では一瞬で無力化されるだろうな」
「あ、そうですか……」
「ちなみに、そこの皇帝ならばとんでもないハンデを設けない限り、たとえ訓練でもシャノンが勝つことはないな。魔法を発動する前に無力化されるだろう」
「……」
瞳を輝かせ始めていた私にリュカオンが水を差す。
どんなに魔法が使えてもぽやっとしてる私に戦闘は向いてないってことか。それもそうか、魔法以外の戦闘に必要な素質が絶望的だもんね。
私の無双神話は始まる前に終わってしまいました。
だけど、フィズの話を聞いた騎士達はやる気に火が付いたらしい。
「今すぐ訓練に取り掛かります!!」
「「「失礼します!!」」」
タイミングや角度まで完璧に揃った礼をすると、アーロン達は散って行った。
「―――さて、俺もそろそろ行かないと。姫はどうする?」
「う~ん、せっかく来たんだし訓練をちょっと見てから帰ろうかな」
「いいね。姫が見てるとあいつらもやる気が出るだろうし。でも病み上がりなんだから無理はしないでね」
「うん、フィズも無理しないでね。いってらっしゃい」
そう言うと、フィズは嬉しそうに微笑んで執務室へと向かっていった。
フィズが去った後、私は護衛としてついてきていたオーウェンに声を掛ける。
「オーウェンも訓練に混ざってきたら?」
するとオーウェンはフルフルと首を振った。
「いえ、今日は護衛のために来ているのでシャノン様の側に控えさせていただきます」
「そっか」
オーウェンがいいなら無理に勧める理由はない。
「―――あ、皇妃様、おはようございます」
「ん? あ、おはようクラレンス」
「名前を憶えていただけて光栄です」
そこで声をかけてきたのは、この前飛んできた剣から私を庇ってくれた騎士であるクラレンスだった。
「そういえばクラレンスはさっきいなかったね。どこにいたの?」
「倉庫で武器の点検をしていました。僕は何も罰されることはしていないからと団長に仲間外れにされちゃいまして」
クラレンスは飛んできた剣から私を護ってくれたし、たしかに何も謝ることはないね。だからさっきの列のなかにもいなかったんだ。
ふむふむと頷く。
まあ、別にアーロン達も謝らなきゃいけないことをしたわけじゃないけど。
「皇妃様はこれから訓練を見学されるんですか?」
「うん、せっかく来たしちょっと見てから帰ろうかなって」
「そうなんですね。じゃあ見学専用ブースに行かれますか? 休憩所で見学されていてこの前みたいなことがあっても嫌ですし」
クラレンスがにこやかに提案してくれる。
「見学専用ブースって、なに?」
新参皇妃の私には聞き覚えのない言葉だ。というかなんで騎士団の訓練所にそんなものがあるんだろう。
「二週に一度、貴族の令嬢の方々などが騎士の訓練を見学できる日があるので、その時に使われるのが見学専用ブースです。実際に騎士達が訓練している場所からは結構遠いんですがご令嬢方が使うだけあって椅子とか設備は結構しっかりしてるんですよ」
「へ~」
「ただ、今日がその見学可能な日なので他の令嬢方も使ってますが……」
「大丈夫!」
休憩所で見学して前回みたいに迷惑をかけるよりは、ちょっと遠くても専用の場所があるんだしそっちの方がいいよね。
そう決めると、私達はクラレンスに案内してもらってその見学ブースに移動した。
……おお、確かに遠い。
リュカオンに乗って揺られること数分、到着したそこからはかろうじて騎士の顔が判別できるくらいの距離感だ。
訓練場の隣に建てられているそれは一軒家くらいの大きさの建物で、壁が全面ガラス張りで内装は白を基調とした高級なカフェのようになっている。令嬢達はここでお茶をしながら騎士達の訓練を眺めるんだろう。
「―――では、僕は訓練に戻りますね。皇妃様のために頑張りますので僕の勇姿を見届けてくださいね」
クラレンスは爽やかにそう言い残し、訓練に戻っていった。
―――私達三人と、どこか目つきの鋭い令嬢達を残して。
「……え~と、皆様ごきげんよう?」
とてもご機嫌はよろしくなさそうだけど一応ご挨拶。すると、すでに見学ブースの中にいた十人弱の令嬢達も一応は挨拶を返してくれた。リュカオンには最上級の敬意の籠った挨拶を、私には教科書通りの定型文を。
あまりご機嫌麗しくなさそうな令嬢達は、たぶん私と同い年くらいから少し年上までの年齢層だ。
挨拶を終えると、先頭にいた金髪の令嬢が一番最初に口を開いた。この中では見た感じこの令嬢が一番年上だ。
……あれ? よく見たらあからさまに機嫌が悪そうなのこの令嬢だけだ。他の子達はなんだかこの令嬢に遠慮してるだけっぽい。
「失礼ながら皇妃様、水色の君と随分親密そうですよね」
水色の君……クラレンスのことかな。
いや、クラレンスとは別にそこまで仲よくないよね? まだ会うの二回目だし。
「違うよ」と私が言う前に令嬢は畳みかけてくる。
「皇帝陛下という素晴らしい伴侶を持ちながら他の殿方にも色目を使うのはいかがなものかと存じます。ふらふらと目移りばかりしていては不誠実な方だと周囲に思われても文句は言えませんわ」
「いろめ……」
……とは?
クエスチョンマークを頭の上に浮かべたまま首を傾げた私はリュカオンに念話を送る。
『リュカオン、どうしよう、なんか怒ってるっぽいのは分かるんだけどどうして怒られてるのか分からない』
『うむ、シャノンは無垢で天使だからな、分からなくてよい。まあ、ようするにこれはいちゃもんだろう』
『いちゃもん……!!』
あまりガラのよろしくない方々がやるという噂のあれか……!
『上位貴族の令嬢はちやほやされて育ってきているから自分が一番だと思っている者が多い。その中に自分達と同じ年頃で、明らかに自分達よりも優先されている者が現れたら面白くないんだろう。たとえ皇妃だと分かっていてもな』
『案内してもらっただけなのに……』
理不尽に思わないでもない。いや、理不尽だからいちゃもんなのか。
なんにせよ人生初のいちゃもん、上手く切り抜けられるかな……。
リュカオンとオーウェンがブチ切れる前になんとかしないとだ。
なにせうちの神獣さん、さっきから尻尾で床をバシバシ叩いてるので。