【82】世界一の皇妃様 side騎士オーウェン
俺の仕える皇妃様はとてもかわいらしい。
外見はもちろんだが、シャノン様の真の魅力はその内面だ。
誰よりも民のことを想っているし、優しく、とても愛情深い。シャノン様が怒りを表す時は大抵自分ではない誰かのことを思ってだ。
身分の高い家に生まれた令嬢特有の我が儘さがシャノン様にはない。
シャノン様は死にかけて価値観が変わったと仰っているが、元々の性根は変わっていないだろう。
そんなシャノン様の人気は王城内でうなぎのぼりだ。
まあ、当然の結果だろう。
信じられないほど可愛らしくて性格もよく、抜けたところはありつつも聡明で、それでもって神獣様の契約者なのだ。
今まで嫌われていたことの方がおかしい。
最近王城に出入りするようになったシャノン様だが、その一挙手一投足が皆を虜にしている。
華奢な足でテトテトと一生懸命歩いていらっしゃる姿は、折れるんじゃないかという心配と共に庇護欲を誘う。リュカオン様と戯れる姿は王城の使用人の癒しだ。
神獣様に対して癒しというのは不敬かもしれないが、心温まってしまうものは仕方がない。
シャノン様を驚かせたくないから皆は態度に出さないようにしているが、実際はその可愛らしさに歓声を上げるのを我慢しているのだ。
撫でくりまわしたくなるのを必死に我慢しているからかよく見るとぷるぷる震えている者もいる。少々警戒心に欠けるシャノン様は全く気付かないが。
それに、シャノン様の近くを通る時だけ皆歩くのがゆっくりになる。少しでも長くシャノン様を眺めていたいからだ。
こちらにもシャノン様は全く気付いていない。
……まあ、シャノン様ご本人も歩くのはそこまで速くないからな。断じてシャノン様が鈍いわけではない。うん。
リュカオン様が傍で目を光らせている限りシャノン様の身の安全は保障されているから、まあ、多少ご本人が無防備でも問題ないだろう。
俺だって死ぬ気でシャノン様を守るつもりだ。
たとえシャノン様の外見がどうであれ、俺のその気持ちは変わらない。
右目と右腕が機能しなくなったあの時、俺は正直、この世界に絶望した。
騎士の命でもある腕が動かなくなった時の絶望は筆舌に尽くしがたい。絶望で目の前が真っ暗になった。残った左目も機能しなくなったのかと錯覚しそうになった程だ。
その後、逃げるように同じ境遇の仲間達を連れて故郷に帰ったが、その道中のことはあまり覚えていない。ただ、必死だった。
辛くて、悔しくて、憎くて、恥ずかしくて、そんな黒い感情がグルグルと自分の腹の中で渦巻いていた。
故郷に帰ると、ルークは俺達を快く受け入れて治療をしてくれた。嫌な顔一つしない、優しくて賢い弟。そんなルークには、ずっと申し訳なさを感じていた。
俺がこんなことにならなければ、ルークはもっと都会の病院に医者として勤めて、不自由なく暮らせるはずだった。
そんな弟をこんな田舎に留まらせてしまっていることが兄として不甲斐なかった。
早く弟を解放してやらなくては。
だけど、ルークは嫌な顔一つしないし、セレスは金を稼ぐために王城侍女となった。
二人とも、俺にはもったいない程できた弟妹だ。
王城侍女となったセレスのことは心配で気が気じゃなかった。あの子はきっと仕事ができるから、性格の悪い者達に目をつけられるんじゃないかとずっと心配していた。
そしてある日突然、セレスが帰ってきた。天使様と神様を連れて。
始めは人形かと思ったシャノン様は、俺達を地獄から救い出してくれた。
怪我を治してくれた上に、行き場のない俺達を雇ってくれた。また家族三人で暮らせるなんて夢みたいだった。
美味しいメシに尊敬できる優しい主、そして近くには愛する家族と信頼できる仲間達。かつて騎士として夢見た環境が今実現しているのだ。
シャノン様とリュカオン様には感謝してもしきれない。
離宮に来てから外に出られない期間、俺達は死ぬ気でトレーニングをした。
シャノン様を守るために、恩に報いるために。
もちろん、訓練のし過ぎで体を壊しては意味がないのでルークにしっかりと管理してもらった。あいつの言うことを聞いているとみるみるうちに筋肉が戻った。いや、むしろ前よりも筋肉がついた気すらする。我が弟ながら恐ろしいな。
シャノン様が王城に出入りできるようになり、俺も護衛として同行させていただくことが増えた。
そこで王城の廊下で騎士とすれ違うたび、自分はあの騎士よりも強いのかと考えるようになった。そんなことを考えていたから無意識にすれ違う騎士を視線で追っていたのだろう。そのせいでシャノン様に余計な心配をかけてしまった。
だが、さすが俺の中の理想の主ナンバーワンのシャノン様。シャノン様は俺達のために王城の騎士と手合わせをする場を作ってくれた。
一生ついて行きます。
王城騎士との合同訓練の時、折れた剣がシャノン様の方に飛んで行ったのは肝が冷えた。
幸い王城の新人のおかげで事なきを得たが。
戦いに夢中になって肝心の主の警護をおろそかにするなんて、騎士失格だ。
シャノン様が心配するので態度には出さないが、俺は深く反省した。
――だが、あの時の剣、やけにあっさり折れたような……。
……気のせいか。
一先ず何も起こらなかったと思ったが、その日の夜シャノン様が熱を出した。
シャノン様の体調不良にいち早く気付いたのはリュカオン様だ。
「シャノン、少し体温が高くないか?」
「え? そうかな」
「ああ、さっきもあまり食事を摂れていなかっただろう」
確かに、シャノン様は夕食を残されていた。
「シャノン様~、少しお熱測りますね」
会話を聞いていたルークが飛んできてシャノン様の熱を測り、喉などを診ていく。
「うん確かに熱が出てきてますね。たぶんこれからもっと上がってくると思うのでベッドで安静にしましょう」
「は~い」
「いいお返事ですね」
そのまま部屋に戻られるかと思えば、シャノン様は俺達の元へトコトコと近付いてきた。
「これは定期的にくる体調不良だから。いわば私のルーチンワークだから気にしないように。断じて剣が飛んできたことにびっくりして熱が出たわけじゃないからね? さすがのシャノンちゃんもそこまで弱っちくないから。……だから、みんないつまでもそんな辛気臭い顔しないように!」
いつもよりも少し強い語気でシャノン様が言う。強い語気の割に威圧感を感じないのは、シャノン様の言葉が俺達への思いやりに溢れているからだろう。
俺達が合同訓練に夢中になっていたせいでシャノン様が体調を崩してしまったのではないかと思っているのを察されたんだろう。
「みんな強くてかっこよかったよ。うちの騎士達が強くて私は安心です! 今日から暫く私は寝込むので離宮の警備は頼んだよ!」
シャノン様はにぱっと笑うと、リュカオン様の背中に乗って部屋に帰られた。
「お前達」
「ああ」
「分かってるな。今日は夜通し離宮の警備だ」
「「「もちろんだ」」」
かわいい主に頼られた俺達の気持ちは一つだった。
普段あまり頼み事をしないシャノン様に頼られて舞い上がっていた俺達は、夜中になっても離宮を徘徊した。
特にシャノン様の部屋周りを重点的に警備していると、案の定本格的に体調を崩したシャノン様の部屋からルークがひょっこりと顔を出す。
「……兄さん達、シャノン様が気にしてるから早く寝て」
「だが……」
「いいから、早く寝て」
「あ、はい」
普段ニコニコと微笑んでる弟の真顔には逆らえなかった。
―――あいつ、逞しくなったなぁ。
弟の成長を見守ることができて兄としては嬉しい限りだ。
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