【81】え、うち志望なの?
第一試合はうちの騎士が勝ったみたいだけど、すぐさま第二試合が始まった。
そして、オーウェンを筆頭に、うちの騎士達は暴れまくった。それはもう、これまでの鬱憤を晴らすかのように暴れまくった。
どうやら、彼らにとって離宮で大人しくしている期間は長すぎたようだ。
オーウェン達のやる気に触発されたのか、王城の騎士達もどんどんヒートアップしていく。第一試合では見ているだけだった第二騎士団長であるアーロンも、最早バリバリ参戦している始末だ。
みんな完全に頭がパーンしちゃってるよ……。
「あれ、誰が止めるんだろう……」
ボソリと呟く。
第一試合に参加していなかった他の第二騎士団の面々も全員参加してるから、かなりの混戦状態となっている。それでも戦況は拮抗してるからうちの子達はみんなかなりの手練れなんだろう。
「ふむ、唯一止められそうな騎士団長も参加しているからな。まあ、思う存分暴れたらそのうち疲れて止まるだろう」
リュカオンはあくまで静観の構えみだいだ。
リュカオンからしたら子どもが戯れてるようなもんなのかもね。
ただ、みんなギスギスした感じというよりは剣を合わせるのを心から楽しんでいるといった様子だから、私もそこまで心配はしていない。何歳になってもみんな男の子なんだね。
あれだけ動けたら楽しいだろうなぁ。
走っても早歩きくらいのスピードしか出ない身としてはかなり羨ましい。
そんな風に訓練場の方をぼんやりと見ていると、不意にガキィンッ!! と変な音がした。
「―――え」
音がしたと思った次の瞬間には、折れた訓練用の剣が眼前に迫っていた。
反射神経が絶望的にない私になにかができるわけもなく、ギュッと目を閉じる。
ガンッ!!
「―――おっと、大丈夫ですか皇妃様」
衝撃が訪れなかった代わりに、柔らかい声がかけられた。
「……?」
顔を上げると、目の前には騎士服を着た青年。
座っている私を見下ろしているせいで耳に掛けていた薄水色の髪がサラリと垂れる。
青年は鞘に入ったままの剣を手にしており、その下には飛んできたであろう折れた剣の刃の部分が転がっている。この青年が庇ってくれたんだろう。
リュカオンの尻尾が私を守るように取り囲んでいるから、青年が何もしなくても私に剣は当たらなかったかもだけど。
「あ、ありがとう」
「どういたしまして。皇妃様をお守りできて本望です。少し遅れてきた甲斐がありましたね」
そう言って青年はニコリと微笑む。
ん? なんだろう……一見人好きのする笑みのはずなのになんだか違和感が……。
「シャノン様!!」
違和感の正体を確かめる前にオーウェンが鬼気迫る顔で駆け寄ってきた。その勢いのままひょいっと脇に手を差し込まれ、抱き上げられる。
「どこも怪我してませんか!? すぐにルークを呼んで診てもらいましょう」
「だ、大丈夫だよ。そもそも当たってないから。剣」
オーウェンのあまりの剣幕に私はタジタジになってしまう。それを、本当は怪我をしているのに誤魔化していると捉えたらしく、王城の医者を呼びに行こうとするオーウェン。そんなオーウェンにつられて他の騎士達も慌てだす。
特に、折れた剣を持っている第二騎士団の騎士は顔が真っ青になっている。持っている訓練用の剣の刃の部分の半ばより先がないので、それがこちらに飛んできたんだろう。
完全に事故だけど、騎士達は自分達のせいで私に危険が及んだと思い一種の恐慌状態に陥っている。
どうどう、一旦落ち着きなさいな。
「ですが……!」
「担架! 担架持ってきますか!?」
「す、すみません俺の剣が!! 今すぐ命を以て償います!!」
「なら俺も同罪です……!!」
「お、おちついて! 私けがしてないから!!」
みんな暴れ牛みたいだ。
暴れ牛を落ち着かせるのってどうやるんだっけ!? 赤い布をちらつかせたらいいんだっけ!?
「りゅ、リュカオン! 今すぐ赤い布だせる!?」
「……シャノン、お前まで混乱するでない」
ハァ、と溜息を一つ吐いてリュカオンが立ちあがった。
「皆落ち着け。シャノンには傷一つついておらぬ。だから医者を呼ぶ必要もないしそこの者が命を絶つ必要もない」
「うんうん、命大事にだよ」
コクコクと頷く。
すると、オーウェンが再び問いかけてきた。
「……シャノン様、本当に怪我はないんですか?」
「ないよ!」
両手をバンザイしてクルクル回り、怪訝な顔をするオーウェン達にどこも怪我をしてないことを見せる。
「ほら、なんともないでしょ?」
「はい。完全体の愛らしいシャノン様です」
「そこの騎士さんが庇ってくれたからね」
そう言って私は薄氷色の髪の騎士さんを指す。
騎士さんはニコリと笑い、軽く会釈をした。
「貴方は……」
どうやらオーウェンには見覚えのない騎士のようだ。
「僕は先日採用になりました、新人のクラレンス・フェオリートと申します」
「クラレンス! 遅刻してきたのはいただけないが皇妃様をお護りしたのはグッジョブだ!!」
第二騎士団長であるアーロンがクラレンスと名乗った騎士を褒める。
既に働き始めてるってことは、リュカオンが面接に参加するようになる前に採用された人だ。
アーロンの言葉にクラレンスがペコリと頭を下げる。
「すみません、団長から以前言付かった用事を済ませていたら遅くなりました」
「何か頼んでたか……? まあいい、今回は不問だ」
「ありがとうございます」
なんか、騎士にしては珍しいくらい物腰穏やかな人だな。
眠気を誘われるような聞き心地のいい声だし、先程から微笑みを絶やしていない。紛れもない好青年だ。
なのに、どこか違和感がある。しっくりこないっていう方が正しいかな。
そんなことを考えていると、アーロンが私の方に飛んできた剣の一部を拾った。
「―――にしても、訓練用の剣がこんなぽっきり折れるなんて……点検を怠ったか?」
「いえ、点検は一週間前に行ったばかりです」
「だったよなぁ。……俺達が熱くなり過ぎたか」
確かに、すごい迫力だったもんね。あれなら剣の一本や二本折れちゃっても無理ないかも。
「あ、そういえば貴方は怪我なかった?」
「はい、僕も無傷です」
クラレンスはヒラヒラと手を振り、どこも痛めていないことを示す。
「それに、将来は皇妃様の騎士を目指しているのでこの程度で怪我なんてしていられません」
そう言ってクラレンスはフワリと微笑んだ。
そこで、私はクラレンスに感じていた違和感の正体に気付く。
―――そっか、クラレンスはなんだか作り物っぽいんだ。
絵に描いたような好青年がそのまま飛び出してきたような感じなのだ。
……まあ、だから何ってことはないんだけど。お腹の中に何も抱えていなさそうなザ・好青年が現実に存在したことにびっくりしただけだ。
というかあれ? 皇妃様って私じゃない?
「―――え、うちの騎士志望なの?」
「はい」
クラレンスが微笑みを浮かべたまま頷く。
ほへ~、一時期は使用人がゼロにまでなった私のもとで働きたいなんて言う人がいるなんて。神獣様効果は絶大だなぁ。
「……シャノン、口が開いているぞ」
「はっ!」
リュカオンに指摘され、急いで口を閉じる。
無意識におまぬけな顔をしちゃってたみたい。
私の騎士を志望してくれるのは嬉しいは嬉しい。だけど、私はまだ新しい人を離宮に入れる気にはなれなかった。
結局、私ままだ以前の使用人達のことが吹っ切れていないのだ。それに、新しい人を入れることで今の居心地のいい環境が壊れるのも怖い。
そんなんじゃいけないことは分かってるんだけど……。
そんな私の思考を察してか、リュカオンがスリッと私に頭を擦りつける。まるで、そのままでいいと言われているようだった。
「……ええと、とりあえず採用については要検討で」
「はい、もちろんです。僕もまだ入りたての分際で皇妃様の騎士になれるとは思っていませんから」
わぁ、さわやかぁ。
クラレンスが爽やかな好青年すぎてなんだかスースーしてきた気すらするね。
そんな事故が起きたもんだから、その後の手合わせはもちろん中止になった。
そして私はアーロンを伴ってフィズの執務室を訪れ、事故の説明をした。すると、フィズは顔色を変えてあからさまに狼狽する。
「姫に怪我はないの!?」
「うん、大丈夫」
「すぐに騎士団の武器一式を買い替えよう。うん、それがいいね」
「待った待った、対策が大がかりすぎるよ。あと普通に使える武器もあるだろうからもったいないし」
「お金で姫の安全が買えるなら安いもんだよ」
フィズはいい笑顔でそう宣った。
これだからお金持ちは。
でもシャノンちゃんは無駄遣いを許しませんよ。
……後ろでアーロンがちょっと嬉しそうな顔をしていたのは見なかったフリをしよう。





