【80】うちの子達って強かったんだねぇ
今日は王城の騎士と私の騎士達が手合わせをする日だ。
朝、準備を整えて食堂に行くと、既にオーウェン達はウォーミングアップを終えていた。よっぽど気合が入っているのか、既に目つきが臨戦態勢のそれだ。なんか体から湯気出てるし。どれだけ気合入れて準備運動したんだろう……。
オーウェン達を目にした瞬間、野生動物の群れに出くわした時のような威圧を感じて私は思わず硬直してしまった。目をまんまるに見開き、口を半開きにしてただオーウェン達を見上げる。
……ハッ!
そして次の瞬間、私はリュカオンの背中の上に倒れ込んだ。
私の体重を難なく受け止めたリュカオンは、半ば殺気立っているオーウェン達を見上げる。
「おいそなたら、少し落ち着け。うちの箱入り娘が殺気に怯えて死んだフリをし始めた」
「あ、すみませんシャノン様」
リュカオンの言葉でオーウェン達の雰囲気が柔らかいものに変わったのが分かったので、私はそろりと顔を上げる。
すると、リュカオンがハァと一つ息を吐いた。
「シャノンは肉食動物に出くわしたら何もできずにそこで人生を終えるタイプだな」
「私が俊敏に逃げ出せるタイプに見える?」
「いや、見えないな。肉食獣が幼獣と間違えて生き残る確率の方が高そうだ。……にしても、人間相手に死んだフリはないだろう」
「いやぁ、なんか本能的に? 気付いたら体が動いてた」
「ほう、シャノンにも本能なんてものが備わっていたのだな」
新たな発見だと言わんばかりにリュカオンが目を丸くする。
「失敬な」
「すまぬ。こんな警戒心のない無防備な生物が本能などと言うから少し驚いただけだ」
全然言い訳にもなんにもなってないね。
「まあ、本当に猛獣に出くわした時に死んだフリは止めておくのだぞ。おいしく食われるだけだからな」
「は~い」
物わかりのいいシャノンちゃんは素直に片手を上げてお返事をする。私はどこもかしこも柔らかくておいしいだろうからね。
「よし、ではそろそろ行くか。そなたらも、もう準備はできてるな?」
「「「はっ!!」」」
うちの猛獣達がリュカオンの問い掛けに元気よく答える。
聖獣騎士の二人と契約してる聖獣たちもやる気満々だ。うちの聖獣騎士と契約している聖獣はそれぞれイタチと馬だけど、イタチは馬の頭の上に鼻息荒く仁王立ちをしている。かわいい。
王城に向かうので、私もリュカオンに跨る。
いつまでもリュカオンに甘えてたら体力つかないなぁと思うけど、どうやら私の体は根本が貧弱らしく、無理をすると体力がつくどころか逆に弱っちゃうらしい。主治医のルークがそう言ってた。
なので、最近は無理のない範囲内で運動して、甘えられるところはリュカオンに甘えている。
「さあしゅっぱ~つ!」
今日は私が戦うわけでもないので、気分はちょっとしたお出かけだ。
***
「あ、姫、神獣様、おはよう」
王城に到着するや否やフィズが出迎えてくれた。その後ろにはフィズの側近であるアダム。
「おはようフィズ、アダム。ずっとここで待ってたの?」
何時に来るかは明確に言ってなかったと思うけど、ずっと待っててくれたのかな。
「いや? 本当に今来たばっかりだよ。そろそろ姫が来る気配がしたから」
「けはい……」
野生の勘的な?
そこでアダムが口を開く。
「ああ気にしないでください。この方、シャノン様のことに関しては勘の働き方がおかしいんですよ。ストーカーみたいですよね」
「すとーかー」
聞いたことない単語だ。
「ねえアダム、お前姫に変な単語聞かせないでくれる?」
「ああ、うちの子の教育に悪いな」
「おっと、予想外のところから攻撃がきましたね。すみません」
素直に謝るアダム。
なるほど、すとーかーっていうのはあんまりよくない単語なんだね。フィズとリュカオンの前で口にするのは止めておこう。
シャノンちゃんは空気の察せるお姫様です。
「さて、じゃあさっそく騎士団の訓練場に案内するよ。あいつらもなんだかんだ今回の手合わせを楽しみにしてたし、新人の実力を量るにも丁度いいだろうって言ってたから」
そして、騎士団の訓練場まではフィズが直々に案内してくれた。
「―――おお! オーウェン!」
やたらと広い訓練場に着くと、筋肉質な男の人がオーウェンに声を掛けてきた。
オーウェンがその人を見て目を見開く。
「アーロン隊長」
「もう隊長じゃないがな。出世して今は第二騎士団長だ」
そう言って男性はニカッと笑う。
「そうですか。アーロンさんが団長になったなら安心ですね」
「ああ。……あの時はすまなかったな。本当なら上司として俺が身を挺して守るべきだったのに……」
「いえ、嫌がらせとかはアーロンさんがいないところで巧妙に行われたので。療養の甲斐あってこうして戻ってこられましたし。……こいつらも」
「……そうか」
アーロンと呼ばれた第二騎士団長がオーウェンの後ろにいる、療養から復活した三人を見遣る。
「お前達は俺の隊にはいなかったな。だが、顔に見覚えはあるから大方オーウェンと同じ境遇の者達だろう。……よく復帰してくれた。―――そちらの二人は、ウラノスから来た聖獣騎士か」
「はい、イタチと契約している僕がロイで、馬の聖獣と契約しているそっちの男がイアンです」
「そうか、今日は手合わせをよろしく頼む」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
ふむふむ、このアーロンって人はまともな人みたいだね。今王城に残ってる時点でまともな人なのはほぼほぼ確定だけど。
うんうんと一人で頷いていると、アーロンがハッとした。
「―――も、申し訳ありません! 私としたことが、神獣様と皇妃様へのご挨拶がまだでした」
アーロンはそう言って跪く。そして自分が以前はオーウェンが所属していた部隊の隊長で、今は第二騎士団の団長をしていることを教えてくれた。
うんうん、リュカオンの存在も目に入らないほどオーウェンの心配をしてくれたってことはいい人かもしれない。
不敬をしたとビクビクしているアーロンに私はグッジョブポーズをして言う。
「大丈夫、皇妃様的には好印象だから!」
「?」
アーロンは私の言葉に少し首を傾げつつも、ペコリと頭を下げた。
別に私はこの国のために特別何かをしているわけでもないんだからそんなに敬う必要ないのにね。
そこでフィズが口を開く。
「―――さて、じゃあそろそろ俺達は執務室に戻るよ。姫、手合わせを見ているのに飽きたらいつでも来ていいからね。アーロン、後は頼んだ」
「ハッ!」
私の頭を一撫ですると、フィズとアダムは執務に戻っていった。
皇帝とその側近さんだもん、本当なら私の出迎えをする暇なんてないほど忙しいよね。
フィズの姿が見えなくなると、アーロンがスクッと立ち上がる。
「では、早速手合わせを始めましょう。今日は第二騎士団が相手をさせていただきます」
「うん、よろしくね」
よろしくと言ったものの、もちろん私が剣を振るうわけではない。もちろんリュカオンも。
完全に見学要員である私達は、訓練場の端にある休憩所からうちの騎士達と第2騎士団の手合わせを眺めることになった。
休憩所といってもちょっと屋根があってその下にベンチがあるくらいだ。
そのベンチの上にリュカオンと並んで腰掛ける。
「オーウェン達は勝てるかなぁ」
「どうだろうな。……シャノン、興奮して飛び出していったりはするなよ。危ないからな」
「リュカオンは私を何歳だと思ってるの。シャノンちゃん自分の虚弱さは分かってるからそんな無謀なことはしませんよ」
まあ、神聖王国の時代から生きてるリュカオンから見たら十四歳なんて赤ちゃん同然でしょうけど。
そんな話をしているうちに、手合わせは始まった。
人数比としては、うちの離宮から来た六人に合わせて向こうからも六人、六対六での試合のようだ。
「―――わぁ」
手合わせの様子はなんというか、すっごかった。騎士十二人の迫力はすっごかった。聖獣二体が騎士達の後ろでドン引きしてるくらいには。
そう、聖獣騎士の二人はなぜか聖獣の助けを借りず、訓練用の剣だけで戦っているのだ。聖獣と契約していることで魔法が得意になっているはずだけど、なぜかそれも封印している。
「聖獣と契約してるのだって実力のうちなんだから魔法使えばいいのに」
「はっはっは、魔法なしでも相手を下してみせるというあやつらの意地なのだろう。やつらはまだ若いしな」
「リュカオンから見たら人間はみんな若いでしょ」
「ちゃんと人間基準で話しとるわ。我は世間知らずではないからな。どこぞのお姫様と違って」
世間知らずなお姫様で悪かったね。
まあその通りなので何も言い返せない。その代わりにのしっとリュカオンの上にのしかかっておいた。
私達がそんなやり取りをしている間も、訓練場には剣同士がぶつかり合う音がひっきりなしに響き渡っている。
視線をリュカオンから音のする方へと戻すと、目にも留まらぬ速さで剣技を繰り出す騎士達の様子が見える。
意外なことに、どうやら試合を有利に進めているのは我らが離宮軍の方だった。そして、戦況の中心にはオーウェンがいる。
素人目に見ても、オーウェンの強さは周りから頭一つ分抜けていた。
心なしか普段よりも生き生きとしているオーウェンは相手の騎士達をどんどん地面に沈めていく。
「……考えてみたら、オーウェンは平民出身だけど一度は王城騎士への道が開かれてた人だもんね。その辺の騎士よりは強くて当たり前か」
「……だな」
オーウェンがあまりにも強かったから同期の妬みを買ったんだろう。
オーウェン以外の面々も、動きを見るにかなりの手練れだ。剣なんてまともに触れたこともない私にも分かるんだから、その実力は相当だろう。
―――もしかして私、かなりの拾い物をしたのでは?
私と同じことをリュカオンも思ったらしい。
「思っていたよりも頼りになりそうだな。シャノンがいい子だから周りにもいい人材が集まってくるのだろう」
安定の親バカっぷりだ。
「―――お、丁度お前の騎士が相手を倒すところだぞ」
訓練場の中心から目を逸らさないままリュカオンが言う。
私も目を凝らしてそちらを見ると、オーウェンが相手の騎士を訓練用の剣で吹っ飛ばしたところだった。その顔には、普段の寡黙な彼からは想像できない獰猛な笑みが浮かんでいる。
まるで、血に飢えた獣みたいな顔だ。
普段からは想像もできないオーウェンのそんな様子を見て、私はなんとも言えない気分になる。
「……今までずっと室内にいたからストレスが溜まってたのかなぁ」
「単に戦闘だと性格が変わるタイプなんじゃないか?」
「……」
まあなんにせよ、私の騎士達は頼りになるようで何よりだね。うん。





