【79】おや? オーウェンの様子が……
あれから、受験者を見極めるために私とリュカオン、そして護衛のオーウェンは何回か王城に通った。
その中で、王城の廊下で騎士とすれ違う度にオーウェンが少し反応していることに気付く。
他の職種とすれ違っても何の反応もしないのに、騎士とすれ違う時だけ視線で追うんだよね。
「―――で、どう思うリュカオン」
自室で、私はリュカオンにそう尋ねた。
「……なぜ我に聞くのだ。本人に直接聞いてみればいいだろう」
「え~、もし触れちゃいけないことだと困るなと思って。まずは保護者様にご意見を聞いておこうと」
「うむ、まあたしかにそれはよい心がけだな」
頼られて悪い気はしなかったのか、ベッドにダラリと寝そべっていたリュカオンが上半身を起こす。伏せの体勢だ。
「もしかしてオーウェンってば、やっぱり王城の騎士に戻りたくなっちゃったのかな。やっぱりこんな小娘よりも、もっと貴族らしい人の護衛をしたくなっちゃったとか」
「愛らしい姫の護衛をするのは騎士の夢であろう。シャノン程護り甲斐のある主人もいないと思うが」
「まあ、私の貧弱さは群を抜いてるもんね」
そういえば、最近オーウェンの弟であり医者のルークに私が急に熱を出した時の対処法とか教えてもらってたな。それを考えると私の護衛が嫌になったわけではなさそう。
「うむ、それに我のかわいいシャノンの護衛が嫌などと宣った時点で我があやつをぶっ飛ばす」
「リュカオンが言うと冗談に聞こえないね」
「冗談ではないからな」
微塵も笑ってない顔を見るに本当に冗談ではなさそうだ。
「じゃあ、オーウェンは何が気になってるんだろう。……ハッ! もしかして王城の騎士団にいた時に怪我をしたことを思い出したとか!?」
だとしたら、オーウェンのトラウマを呼び起こしちゃったことになる。
大怪我をして夢を諦め、不自由な体のまま故郷に戻ったことなんでできれば思い出したくないだろう。
そんな過去があるオーウェンを、私はなんの疑問も持たず王城に連れ行ってしまった。
……もしかして、私ってば結構酷いことをしてしまったのでは?
その考えに至った瞬間、私は反射的に走り出していた。
「シャノン?」
背後にリュカオンの声を感じながら私は扉を開く。
「シャノン様!?」
部屋から勢いよく飛び出した私に、ちょうど廊下にいたセレスが驚いた。そして、全速力で走る私の後から早歩きのセレスがついて来る。
……足が遅くてごめん。
セレスの後ろからはリュカオンがついてきているけれど、二人とも私を止める気はなさそうだった。だってちょっと足を速めれば追いつけるのにそうしないんだもん。
私は玄関から外に出ると、訓練をしているオーウェンの下へ一目散に駆け寄った。
「オーウェン!」
「どうしましたかシャノン様」
地面に片膝を突き、駆け寄る私を受け止めてくれるオーウェン。私を受け止める右腕はスムーズに動いているし、心配そうにこちらを見ている灰色の瞳も澄んでいる。
「オーウェン、ごめんねええええええ!!!」
「…………へ?」
突然の謝罪に、オーウェンは意味が分からないといったようにポカンとした顔をした。
「―――えっと、何のことです?」
本当に心当たりがない様子のオーウェンに、今度は私が首を傾げる番だった。
頭上にクエスチョンマークを浮かべるオーウェンに、私はオーウェンを王城に連れていったことでトラウマを刺激しちゃったんじゃないかと思ったということを説明した。
オーウェンは私の話を遮らずに最後まで聞くと、珍しく眉尻を下げて苦笑いのような表情になる。
「まさかシャノン様にそんなご心配をかけてしまうとは。騎士失格ですね。……たしかに王城にいい思い出はありませんが、この腕と目を治していただいた時にトラウマなんてものも一緒になくなってしまいましたよ」
「じゃあ、なんで王城にいる騎士を目で追ってたの?」
「それは……」
「それは?」
聞き返すと、オーウェンは言いづらそうに視線を巡らせた後、ややあって口を開いた。
「すれ違う王城の騎士と自分が戦ったら勝てるかどうかを考えていました」
「……へ?」
予想外の答えにまぬけな声が漏れる。
「オーウェンってば騎士とすれ違う度にそんなことを考えてたの?」
「はい。シャノン様や神獣様をお護りするには並大抵の腕では足りませんから。そんじょそこらの騎士には負けていられません」
「なるほど?」
オーウェンの言葉に、そんなものなのかと首を傾げる。
そんな私の顔を見たオーウェンは大真面目な顔で頷き、言った。
「やはり、こんなに愛らしいのに警戒心が皆無でのほほんとしているシャノン様をお護りするにはもっと腕を上げねば……」
「けいかいしんがかいむでのほほん……」
真面目なオーウェンの口から出てくるには似つかわしくない言葉に私は目を真ん丸にする。
というかオーウェン、私のことをそんな風に思ってたんだ。警戒心皆無でのほほん……。愛らしいっていうのは嬉しいけど。
「この真面目な男から頭の悪そうな単語が出てくると脳が混乱するな」
のそっと歩いて私の横に来たリュカオンがそう言う。
「オーウェン兄さんは十分強いと思うけど……。一度は平民の身でありながら王城の騎士になったくらいだし」
セレスの言葉にオーウェンは首を横に振る。
「いや、俺なんてまだまだだ。王城騎士になっても怪我をしてあの様だったし……」
どうやら、オーウェンはいまいち自分の実力に自信が持てないらしい。
う~ん、実際私もオーウェンの実力は知らないし、適当なことは言えないなぁ。ウラノスから来た聖獣騎士の二人はオーウェンのことを恐ろしく強いって言ってたけど、それがどのくらいかは分からないし。
「そんなに気になるならば、実際に手合わせをしてみればいいではないか。王城の騎士と」
なんてことないようにリュカオンが言う。
「いや、しかしそれは……」
「なに、構わぬだろう。シャノンの騎士ということはその地位は王城の騎士と同等。手合わせを申し出てみれば。断られたら大人しく引き下がればよい。シャノン、早速皇帝に頼んでみろ。奴はお前には甘いからな」
「は~い」
手紙……はちょっと時間がかかっちゃうから直接会いに行ってお願いするのがいいかな。せっかく自由に王城に出入りできるようになったし。
「そうと決まれば、早速フィズに会いに行こうか」
「いえ、たかだか一護衛のためにシャノン様にそこまでしていただくわけには……」
「ふふん、部下の願いを聞くのも主の務め。でしょ、リュカオン?」
「うむ」
コクリと頷いたリュカオンが伏せをしてくれたのでその上に乗る。
「よし、じゃあフィズのところに行くよ。オーウェン、護衛よろしくね」
「っはい!」
オーウェンは元気よく返事をすると、すぐに身なりを整えて私達の斜め後ろに並んだ。
「じゃあセレス、行ってくるね」
「はい、行ってらっしゃいませ」
セレスが嬉しそうに私達を見送ってくれる。その視線の先には、帯剣しているオーウェンの姿があった。
お兄ちゃんがまた騎士として働けるようになったのが嬉しいんだね。随分と家族仲がいいみたいだし。
そして、私達はフィズのもとへ向かった。
「あれ? どうしたんだい姫」
「フィズ、お願いがあるんだけど―――」
「いいよ」
「早い早い」
何も聞いてないのに了承しちゃダメでしょ。
「じゃあ聞いてから了承することにしよう。姫は俺に何をしてほしいの?」
フィズが首を傾げる。
了承するのは決定なのね。まあ私としては都合がいいけど。
「オーウェンと王城騎士が手合わせをするのを許可してほしいんだけど……」
「なんだ、そんなことか。もちろんいいよ。むしろオーウェンだけと言わず離宮の騎士みんな連れて来なよ。その間の離宮の警備はこちらから騎士を派遣するから」
「え、いいの?」
「もちろん。ウラノスの聖獣騎士との手合わせも皆のいい刺激になりそうだし。すぐに準備するね」
「ありがとうフィズ」
「姫のお願いだもん。当然だよ」
甘やかすねぇフィズ。
とりあえず、オーウェンの希望である手合わせが叶いそうでよかった。
そう思って護衛としてついてきたオーウェンの顔を見上げる。
「おぅ」
オーウェンの瞳がキラッキラだぁ。
こんなオーウェンのお顔見たことない。まるでおもちゃを買ってもらった子どもみたいだ。
剣の手合わせってそんなに楽しいのかな……。
「そんなに楽しいなら私も剣術習おうかな……」
「駄目だ」
「ダメだよ」
「ダメです」
ボソリと呟いただけなのに全員から猛反対を食らった。
「あ、はい」
素直に止めておきます。
剣を振れるようになるどころか剣に振り回されて終わるだろうしね。
うん、よく考えたら私と剣ほどミスマッチなものもないかもしれない。