【番外編】アダムに絵を描いてもらっちゃうよ!
一旦番外編です。
ユベール家が断罪され情勢も落ち着いたある日、以前フィズの側近であるアダムとした約束を果たしてもらうことになった。
アダムだけがやってくるかと思いきや、その後ろにはニコニコ顔のフィズ。
「アダムは俺の側近だからね、主である俺がついて来るのは当然でしょ?」
「普通逆じゃない?」
「逆だろう」
私とリュカオンの声が重なる。えへへ、仲良しだね。
「陛下は姫に会いたかっただけでしょ」
「あったり前でしょ。だってお前が会えて俺が姫に会えないなんておかしくない? 姫~、久しぶり~」
アダムにそう返すと、フィズは私を抱き上げてその場でクルリと回った。
ご機嫌だね。
「姫今日はおめかししてるんだね」
「うん。だって今日の私の姿がずっと残ることになるんだもん」
私―――というよりは侍女ズが張り切って準備をしてくれた。
そう、今日はアダムが私の肖像画を描いてくれる日だ。
剣の腕も立って事務仕事もできて絵も描けるなんてアダムは多才だね。アダムは護衛と見紛う程ガッチリとした体つきをしてるから、その外見からは絵が描けるなんて想像できない。
まあ、人を外見で判断するのはよくないよね。
手際よく画材を準備していくアダムを見ていると余計にそう思う。
「―――おいシャノン、もう一度ブラッシングをしてくれ」
のしのしと歩いてきたリュカオンがそう言って私の前で伏せをする。
「また? さっき散々ブラッシングしてあげたからもうふわっふわのモフモフだよ?」
「まだ足りぬ。少し動いたら毛並みが乱れた」
「気にし過ぎだよ」
そう言ってもリュカオンは聞かない。咥えて持ってきた特注ブラシを鼻先で私の方にズイッと押しやってくる。この特注ブラシはフィズがリュカオンのために用意してくれたものだ。
こうなったら聞かないから、既に極上の触り心地の毛並みをブラッシングしてあげる。
今日はリュカオンも一緒に肖像画に残してもらうから、リュカオンも気合が入っているのだ。朝からソワソワして入念に毛繕いをしていた。
「神獣様、姫の手が疲れちゃいますから俺がブラッシングしますよ」
フィズのその申し出にリュカオンが半眼になる。
「断る。そなたはその繊細な外見に反してガサツそうだ」
「分かる」
「え~、傷付くなぁ」
言葉とは裏腹に全く傷付いた様子のないフィズ。それどころか、こんなことを言われるのが新鮮なのか心なしか嬉しそうな気すらする。
暫くブラッシングをしていると、私の手の限界がきた。
「リュカオン、もう限界~」
「ふむ、まあいいだろう。ありがとうなシャノン」
スリッと頭を擦りつけられる。毛並みが乱れないようにか、いつもよりも控えめだけど。
「どういたしまして」
ついついいつもの癖でリュカオンに抱きつこうとしたらスッと避けられた。
そんなに毛並みが乱れるのが嫌か。
リュカオンに避けられ、危うく床にべしょりとダイブしそうになったけどフィズが支えてくれて事なきを得た。すごい反射神経だね。あと、よく見たら私がダイブしそうになった先にはリュカオンの尻尾が待ち構えていた。抜け目ないね。
フィズはそのままひょいっと私を抱き上げ、ソファーの上に座らせる。
「アダム、そろそろ準備できたんじゃない?」
「はい! バッチリです!」
フィズの呼びかけにアダムが答える。
「場所はこのソファーでいいの?」
「はい、皆さんで寄って座ってください」
アダムの言葉を聞いてリュカオンがぴょこんとソファーの上に乗り、私の隣に座った。
そして、リュカオンの逆側にフィズが腰かけてくる。
「アダム、せっかくだから俺も一緒に描いてくれ」
「家族みんなでってことですね。了解です」
そう言うとアダムは真剣な顔になり、黙々と筆を動かし始めた。
―――そして、一時間後。
くぁ~っとリュカオンがあくびをした。
そのリュカオンの足元には蹲るアダム。
絶望したように頭を抱えていた。
「勝てない……! どんなに美化しても絵が現実に勝てない……!! 顔面が強すぎる!!」
顔を両手で覆い、アダムが床をゴロゴロと転げ回る。
大の大人が床を転げ回るのなんて初めて見た。広い部屋でよかったね。
そんなアダムを見ているフィズは呆れ顔を隠そうともしない。
私はソファーから下り、描きかけの絵を覗き込んだ。私とリュカオン、そしてフィズが精巧に描かれている。たったの一時間なのに素人目で見るともう完成してるんじゃないかと思う仕上がりだ。
「十分上手だと思うけどなぁ」
「ああ」
「リュカオンもそう思う?」
「うむ、どこに飾っても恥ずかしくない出来だと思うぞ」
私達から見たら十分だけどアダムからするとそうではないらしい。こだわりがあるんだね。
アダムの描いた絵を見ていると、床に寝転がっていたアダムがジッと私を見ていた。
「ん? なぁに?」
「クッ!! 小首をかしげる姿が俺の描いたのよりも絵になってる!! まさか顔面の強さがこんなところで裏目に出るなんて。でも好き……!!」
アダムが再び顔を覆ってジタバタし始める。
「アダムが壊れた」
「壊れたな」
「大丈夫。こいつはこれが通常だから」
ニッコリとした笑顔を崩さないフィズが軽くアダムを蹴飛ばす。
「ほら、姫に醜い姿を晒すんじゃないよ。そんなに床が好きならお前にはモップの任を与えるけど」
「おっとすみません今すぐ起きます」
それまで駄々をこねてたのが嘘のようにヒョイっと起き上がるアダム。
「で、どうするの? もう一回チャレンジするの?」
「うっ! ……その……もっと上手くなって出直してきますうううううううううううう!!!」
そう言ってアダムは離宮から走り去っていった。
そんなアダムの後ろ姿をフィズが半眼で見送る。
「全くあいつは……側近の癖に俺を置いていって、何かあったらどうするんだろうね」
「そなたは十分自衛できるであろう。そなたを正面から下せる奴がいたらそいつ一人でこの国は半壊させられるぞ」
「わお。フィズって人間辞めてたんだねぇ」
「姫!?」
気付いたら頭に浮かんだ感想が口からポロリと零れ落ちてた。
ギョッとしたフィズがこっちを見てくる。
「大丈夫だよフィズ、リュカオンも人間じゃないし」
「うむ」
モフモフふわふわのリュカオンがコクリと頷く。
「……まあ、それで姫に好かれるなら人間なんて喜んで辞めるけどね」
猫の子のように私をぷらーんと持ち上げるフィズ。
私のこと大好きだね。
そこでフィズが何かを思い出して私を下ろした。
「あ、そういえば姫にお土産を持ってきたんだった」
そう言うとフィズはアダムが置いていった荷物をガサガサと漁りだし、スケッチブックと画材セットを取り出した。
「はい、お絵描きセット。よかったら暇な時に使ってみて」
「わぁ! ありがとう。これはフィズが?」
「俺は画材に関してはからっきしだからね、アダムが選んで俺が購入した。アダムは自分が買うって言ってたんだけど、姫が使うものを他の男に買わせるわけにはいかないからね」
「わぁ粘着質」
フィズのよく分からないこだわりはさておき、お絵描きセットは素直に嬉しい。使ってみよう。
私はさっそくもらった画材を使ってみることにした。
スケッチブックにサラサラを絵を描いていく。
「―――できた!」
絵が完成すると、私の両隣からリュカオンとフィズがスケッチブックを覗き込んでくる。
「わぁ、かわいい牛だね」
「うむ、上手に描けたな」
「……これ、リュカオン」
沈黙。
「わぁ、かわいい神獣様だね」
「うむ、紛れもなく我だ。上手に描けたな」
「……」
私は宇宙を見た猫の顔で二人を見上げた。
リュカオンは私からそっと目を逸らしたけど、フィズが逆に真顔でこちらを見てくる。
「姫、俺達は今適当に褒めたんじゃないんだよ。姫の小さな手が生み出したものはなんでも愛おしいから、今のは心の底からの褒め言葉だ」
「うむうむ」
フィズの言葉にリュカオンがコクコクと頷いている。
……なるほど? 二人は親バカさんだったってことだね?
まあいいでしょう。
こんなことでへそを曲げていても仕方がないので、私は二人の褒め言葉を素直に受け取ることにした。
私が描いた絵を見てリュカオンが言う。
「シャノンが我を描いてくれたのだし、せっかくだから飾ろう」
「え、いいよ。そんなに上手じゃないし」
「上手下手ではなくシャノンが我を描いてくれたことが嬉しいのだ。セレス」
「はい、額縁を用意してございます」
いつの間に。
仕事の出来すぎる侍女さんだね。
「じゃあアダムが描いてくれたのも飾っちゃおうよ。本人は満足のいく絵じゃないのかもしれないけど、私はこの絵好きだし」
「承知しました」
フィズが帰った後、二枚の絵は私の部屋の壁に飾られた。
「……なんで私の絵の方が額縁が豪華なの? 絵の出来的に逆じゃない?」
「シャノンが初めて我を描いてくれた絵だ。豪華にしないでどうする」
リュカオンの指示だったか。
この親バカ神獣さん。
「―――ふむ、二枚ともいい絵だ」
二枚の絵を見上げてリュカオンがうんうんと頷く。
「……そうだねぇ」
私の視線の先―――アダムの描いてくれた絵の中では私とリュカオン、そしてフィズが楽しそうに微笑んでいる。話している時の表情をアダムが切り取ってくれたんだろう。
「ほんとにいい絵」
私の新しい家族達が幸せそうにしてる、最高の絵だ。
「……リュカオンがこんなに喜んでくれるなら、今度フィズにも描いてプレゼントしようかな」
「……」
そう言うとリュカオンは一瞬黙り込んだ。
それからややあってリュカオンが口を開く。
「皇帝にプレゼントするなら、その前に少し絵の練習をしたほうがいいかもしれぬな」
「はい」
ですよね。
「そうだよね、たしかに皇帝陛下に上手じゃない絵を贈ったら失礼だよね」
「いや、あやつはシャノンの描いた絵ならばたとえ下手でも喜んで部屋に飾るだろう。問題なのは、それを喜んで飾っている皇帝を周囲がどう思うかだ」
「なるほど、皇帝の威信に関わるってことだね」
確かに、私のことに関しては少し盲目的なところがあるフィズなら喜んで部屋とか、下手したら正面玄関とかに飾っちゃいそうだよね。
―――うん、フィズに絵を贈るのはもうちょっと上手くなってからにしよう。
私に絵の才能はなさそうだから、何年先になるかは分からないけど。





