【76】春の訪れ
フィズやアダム、お義兄様が離宮にやってきた日から暫くが経った。
諸々の後始末でフィズが大変そうだから何かできることはあるか聞いてみたけど、特に私がやることはなさそうだった。
まあ、私はこの国の政治のことはなにも分からないもんね。
その代わり、僅かに残ったウラノスとの和平反対派の勢力などの説得の時はリュカオンと私の名前を出すことに同意した。リュカオンの名前を出せば大体の人がリュカオンの言うことを聞いてくれるからね。どうして私の名前も必要なのかは分からないけど。
もしかして―――
「私も神々しい雰囲気が出てるのかな!?」
「……」
ワクワクとしてそう聞いてみると、リュカオンからは微妙な視線を返された。
「シャノンはかわいいが神々しいとは少し違うんじゃないか?」
「えへへ、私かわいいかぁ」
「……うむ、かわいさだけで言えばシャノンは天下をとれると思うぞ」
「じゃあ私ってば天下人だねぇ」
そう言うとまたもや微妙な顔をされた。
「……まあ、我も含めてシャノンの保護者陣が本気を出したら天下なんてあっという間だろうが……」
「ん? なにか言った?」
呟き声だったからよく聞こえなかった。
「いや、なにも」
フルフルと首を振るリュカオン。
お澄まし顔もかわいい。
以前離宮に訪ねてきて以来、フィズは時間を見つけては離宮にやって来るようになった。側近だからか、アダムも毎回ついて来る。
その度にお菓子やら洋服やらをお土産に持ってきてくれるんだけど、そろそろ贈り物が本当に山になってきている。
私は部屋の一角の贈り物の山をちらりと見た。そこには、積み重ねられた贈り物の山が二つ。山の一つはフィズ、そしてもう一つはお兄さんもとい、教皇さんもとい、おじ様からの贈り物だ。
おじ様はなぜかフィズと変わらない頻度で何かしらをプレゼントしてくれる。変わらない頻度というか、まるでフィズと競い合うように贈り物をくれる。フィズからの贈り物が増えたらおじ様の贈り物も増え、おじ様からの贈り物が増えるとフィズからの贈り物も増えるといった感じだ。
まさかとは思うけど、あの二人ならお互いが何を贈ったのかも把握してそうだから実際に競い合っている可能性も否めない。
多分二人の懐は全く痛まないんだろうけど、私の心は痛むので今度二人に会った時には贈り物は特別な時だけにしてって言ってみようと思う。
「くぅ、私が傾国の美少女だったばっかりにこんな悩みが……!!」
「よく傾国なんて言葉知ってたな。偉いぞ」
「ふふん」
リュカオンに褒められたのでドヤ顔をしておく。
「まあ、奴らは今一時的に箍が外れた状態だから放っておいてもそのうち落ち着く……か……?」
「途中からあからさまに自信なくなったね」
「いや、奴らの愛は深くて粘着質っぽいからなぁ」
そう言って遠い目をするリュカオン。
「まあ、とにかくシャノンの口から直接希望を伝えるのが一番いいだろう」
「うん、そうするね」
正直、もうプレゼントはお腹いっぱいだ。
頻繁に貰ってると特別感がなくなっちゃうし。
―――だけど、それから暫くフィズは離宮にやって来なかった。
それまでは一週間に一度か二週間に一度は来ていたのに、三週間を過ぎてもフィズは来なかった。
フィズの身になにかあったのかと心配になったけど、届いた手紙を読んでみると本当に忙しいだけらしい。
皇帝でも無視ができない程の権力を持っていたユベール家と、その周囲の家が丸っと失墜した影響はそれだけ大きかったのだ。
フィズが来なくなってから一か月が過ぎた頃、漸くフィズが離宮を訪れてきた。
正面玄関をくぐったフィズは、出迎えていた私を見ると笑顔で駆け寄って来る。
「―――姫~!!」
「おお」
やけに上機嫌のフィズが私の脇に手を差し込み、ヒョイっと持ち上げた。そしてその場でクルクルと回る。
「フィズご機嫌だね」
「うん、もうすぐやっと一段落がつきそうなんだ。教会が協力してくれてね」
「教会が?」
「うん、いかにも俗世とは隔絶してますって顔をしてるあいつらが手を貸してくるなんて今でも信じられないよ。きっと姫のおかげだね」
「いや、どちらかというとリュカオンがいるからじゃ……」
皇妃がリュカオンの契約者だから手伝ってくれてるんだと思うけど、フィズは「姫がかわいいからだよ」と言って聞く耳を持たなかった。
そのまま正面玄関のエントランスで話し込むのは何なので、私達はいつも通り応接室へと移動した。
私とリュカオンがいるのとは反対側のソファーに座ると、フィズは早速話し始める。
「いや~、教会の奴らってば姫が関係する事柄に関してはやたらと協力的なんだよね。そこの神獣様と同じような親バカ感がするんだけど心当たりはない?」
「……ココロアタリ、ナイ」
ぷいっとフィズから顔を背ける私に生温かい眼差しが注がれるのが分かる。
ダメだ、私嘘が絶望的に下手くそかもしれない。
私の口が勝手に余計なことを言わないように両手で口を押える。
絶対に内緒だよって言って人に教えると、その人も同じように内緒って言って誰かに話しちゃうから、本当に隠さないといけないことは誰にも言ってはいけませんって侍女達に習ったのだ。ちゃんと覚えてるから私は誰にも言わないよ。
おじ様の秘密は私が守るからね!
教皇様が実は図書館にいるなんて知ったら一目見たい人が集まったりしておじ様の平穏な生活が乱されそう。もしかしたらユベール家みたいに教会をよく思ってない人に暗殺者とかを差し向けられるかもしれないし。
「……そっかぁ、心当たりないかぁ。じゃあ仕方ないね」
「うん」
残念な子を見る顔をしているフィズの言葉にコクコクと頷く。
部屋の中に一緒にいたセレスやアリア達、そしてリュカオンの全員が残念な子を見るような、生温かい目でこちらを見ていた。
そんなに誤魔化すの下手だったかな……。
ちょっとショックを受けていると、リュカオンが慰めるように私の膝の上に尻尾をポフッと乗せてくれた。ありがたくその尻尾をもみもみさせてもらう。
「―――にしても、フィズが元気そうでよかったよ。アダムも元気? 今日は姿が見えないけど」
「ああ、あいつは元気だよ。あいつを連れてくるとうるさいから今日は仕事を言いつけて置いてきた」
「そんなこと言ってもアダムのことは結構信頼してるくせに」
そう言うとフィズは自分の口の前で人差し指を立て、私に向けてウインクをした。調子に乗るからアダムには内緒ってことらしい。
「……なるほど、私のライバルはアダムってことだね」
「いやいや、なにもなるほどじゃないよ。姫は何を受信しちゃったの?」
「打倒アダムだね」
「あいつを倒すのなんて姫にかかれば余裕でしょ。何なら俺が倒してくるよ」
今からでも……と腰を浮かせるフィズを慌てて止める。どうしてフィズには物理的に倒す選択肢しかないのか。
遠慮しなくていいのに、と首を傾げるフィズを、私は庭の散歩に誘った。
最近は座り仕事ばかりだろうし、たまにはお散歩もいいだろう。
やっと暖かくなってきたので、今は日陰にほんの少し雪が残るくらいだ。
花壇にはまだ全然花は咲いてないけどこれからだろう。見るものは特にないけど、花壇の間をフィズとリュカオンと並んで歩く。
「お、冬の間は気付かなかったがここには芝生もあるのだな」
「ほんとだ」
今では雪で埋もれていなかったけど、花壇の外側には芝生のゾーンがあった。
「もう少し暖かくなったら芝生に寝転がって昼寝でもしたいな」
「いいねぇ。じゃあその時は三人でお昼寝しようね」
リュカオンの発言に私も乗っかる。
「三人……俺も?」
「うん、嫌?」
キョトンとした顔のフィズに聞き返す。
すると、フィズはふわりと笑って言った。
「いや、全然嫌じゃないよ。……そうだね、姫と神獣様と昼寝をするのはすごく癒されそうだ」
心の底から楽しみそうにフィズが呟く。
「じゃあ春になったら約束ね。フィズ忘れないでね?」
「もちろん。たとえ二人が忘れても俺だけは忘れないから安心して」
「おぉぅ」
そんなんだからリュカオンに粘着質とか言われるんだよ。今もリュカオンはやれやれって顔してるし。
そして、近い未来の約束をしてフィズは王城に帰っていった。
私達が今回のんびりとお散歩をできたのも、庭でお昼寝の約束をできたのも、離宮の護りがしっかりと固められたからだ。
オーウェン達は現在、ウラノスからやって来た聖獣騎士達と協力して離宮に鉄壁の護りを敷いている。
ウラノスから騎士がやってきたし、使用人が足りなくなったらいつでも要請できる環境になったことで庭師志望のジョージは見事、庭師見習いにジョブチェンジした。今は目前に迫っている春に向けて色々と準備をしている最中だ。
春になったらフィズに色とりどりの花壇を見せてあげられるだろう。
―――そして、アルティミア帝国の情勢が落ち着いた頃には、長かった冬がすっかりと終わりを迎えていた。
約束をしてから数週間後、二人が離宮を訪ねて来た。
「フィズいらっしゃ~い。あ、アダムも」
「出迎えありがとう姫」
「お久しぶりです皇妃様」
状況が大分落ち着いたからか、二人の顔色は以前会った時よりも全然いい。
そして、私達は早速約束を果たそうと庭に出た。
幸い今日は天気もいいし、少し前に昼食を終えたところなので午睡にはピッタリなタイミングだ。
リュカオンが枕になってくれたので、私とフィズはふわふわな毛並の上に頭を乗せて芝生の上に寝転がった。芝生の上といっても薄い布を一枚敷いてるんだけどね。
そうやって寝転がりながら暫く話していると、私達はいつの間にか揃って眠りについていた―――。
***
「あ~あ、幸せそうな顔して寝ちゃって。俺も混ぜてほしかったなぁ」
ぼやくアダムを横目に、セレスはシャノン達にブランケットを掛けていた。
「前々からのお約束でしたからね。アダム様は周囲の警戒に努めてくださいませ」
「はぁ、了解。でも不穏分子は一掃したから今の時点で陛下達を狙う人がいるとは考えにくいですけどね」
「それでも、用心をするに越したことはありません。この方々は我が国の皇帝陛下と皇妃様、そして神獣様なんですから」
セレスは毅然と言い放つ。
「まさに権力が一点に集中してる感じですね。ここに教皇猊下もいたら完璧なんですけど」
まあ、そんなことはあり得ないだろうと、アダムも自分で言っていて思う。
数秒の沈黙の後、セレスが話を切り出した。
「……アダム様、シャノン様はずっとお飾りなのでしょうか……」
その問い掛けに茶化して答えようと口を開きかけたアダムだったが、セレスの顔を見て一度口を閉じた。
それからややあり、アダムが再び口を開く。
「まあ、皇妃様の年齢が年齢なので暫くは嫌でもお飾りのような扱いになってしまうでしょうね。でも、十分に成長された後は皇妃様が決めることでしょう。そのままお飾りとしてまったり生活しても、皇妃として政治や社交に積極的に関わっても、皇妃様が決めたことなら陛下は全て受け入れますよ」
そこで、セレスはシャノンと出逢ってからのことを思い出していた。
ちょっと抜けているけれど、きちんと物事を捉えられる頭の良さ。
セレスの故郷までついて来るほど国民思いな心。
そして、常人ではありえないくらいの器の大きさ。
正に、シャノンは王族となるべくして生まれてきたような少女だ。
そこで、セレスは思う。
「―――お飾りだろうとなんだろうと、皇妃はシャノン様の天職なんでしょうね」
その時、一吹きの温かい風がフワリとセレスの髪を舞い上げた。
その風はまるで、セレスの発言に同意を示しているかのようだった―――。
これで1章完結です。すぐに2章も開始します!
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