【74】新しい家族
私と和解をしたお兄ちゃ……お義兄様はホッとしたようにソファーに腰掛けた。
やっぱり兄弟だけあってフィズと顔がよく似てるね。二人で並んで座っているとよく分かる。
「ところで、どうしてお義兄様じゃなくてフィズが皇帝の座に就いてるの?」
あ、聞いちゃいけないことだったかなと言った後で気付いた。だけど、口にしてしまった後だからもう遅い。
そして、特に気を悪くした様子もなく、お義兄様が私の疑問に答えてくれた。
「それはもちろん、フィズレストの方が皇帝の座に相応しい器の持ち主だからだ。ユベールと懇意にして好き勝手やっていた父に対抗できるのもこいつしかいなかったし」
「俺としては兄さんの方が適性あると思うけどね。真面目だし」
「そんなことはない。皇帝になるには俺は神経質すぎるからな」
ははっ、と笑ってそう言うお義兄様。
いやいや、サラリと言ってるけどそれって結構すごい判断なのでは?
長男だし、お義兄様は一番皇帝の座に近かったはず。なのに国のためを思ってフィズにその座を譲ったってことでしょ?
大変な立場だと分かっていても、いざ皇帝の地位を手放すとなったら誰だって惜しくなるものだろう。王の座を巡ってお家騒動が起こるなんて話も歴史を振り返ってみるとざらにあるし。
フィズを皇帝にするというのは、本当に国のことを思って出した結論だったんだろう。
「俺は辺境で剣を振ってた方が性に合ってたけどなぁ」
フィズが頭の後ろで腕を組んでそう言う。
「何を言う。お前の王の適性はかなりのものだぞ」
「そうですよ陛下。辺境にいた頃は、このままだったら陛下が強くなりすぎて人間辞めちゃうんじゃないかと思ってましたから。それに、こっちに戻ってきてから人間らしい文化的な生活ができて俺は感動してますよ。そのやたらとお綺麗なお顔も辺境で腐らせておくには勿体ないですし」
人間辞めちゃうって、辺境にいた頃のフィズはどんな感じだったんだろう……。あと、文化的な生活ができて感動するって、フィズ達がいた辺境ってどんな場所なんだろう。ちょっと気になる……。
「おいアダム、お前が余計なことを言うから姫の目が好奇心で爛々としてきちゃったじゃないの。姫、こいつが言うほど辺境は酷い場所じゃなかったからね?」
「そうなの?」
「うん、嫌味ったらしい狸親父共はいないし、適度に体も動かせるから鈍らないし、部下達はみんな従順だったから俺は快適に過ごせたよ」
「……」
ニコリと笑ってそう言うフィズに、私は苦笑いしかできなかった。
鈍い私でも分かるよ。適度な運動って魔獣との戦闘のことだよね? あと部下達はみんな従順だったって、絶対フィズが力でねじ伏せただけだよね? だってフィズの後ろでアダムがチベットスナギツネみたいな顔してるもん。
そして、何か言いたげなアダムにフィズも気が付いた。
「なぁにアダム、何か言いたそうだね」
「いえいえ、なんでもありませんよ。あなたが部下をシメるのは部下が道理が通らないことを言ったりやったりした時だけでしたから」
「だよね」
……アダムの顔を見るに、お灸の据え方が相当過激だったんだろうな。
「―――まあ、こっちに戻ってきて一番よかったのは世界一かわいいお嫁さんがもらえたことかな」
さらりとフィズが言う。
そんなハッキリかわいいなんて言われたらシャノンちゃん照れちゃう。
ドヤ顔と照れ顔を交互に繰り返していると、フィズが何かを思い出したように話を切り出した。
「あ、そうだ。お嫁さんと言えば、盗まれてた姫の結婚祝いの安全確認が終わったから持ってきたよ」
「おお」
「ユベール家に盗まれてたものだし、嫌だったらこっちで持って帰るけどどうする? 何も仕掛けられたりしてないのは確認済みだけど」
「う~ん、せっかく贈ってくれたものだから受け取ろうかな」
形式的に贈っただけの人がほとんどだろうけど、人の厚意を無下にするのは偲びない。
ユベール家が何か良くない魔法とかを仕掛けてないのも確認してくれたみたいだし。
「わぁ、うちのお嫁さんってばなんていい子なんだろう。やっぱり見た目だけじゃなくて中身も天使なんだね」
「ですね。陛下、皇妃様を見習った方がいいんじゃないですか?」
「俺もよく絵画みたいとは言われるよ?」
「俺が言ってるのは外見じゃなくて中身の方です」
「あっはっは、お前を解雇しないんだから十分に優しいだろ」
またもや軽口の応酬を始めた二人を見てお義兄様ははぁ、と溜息を吐いた。
「二人とも、そのくらいにしておけ。皇妃と神獣様の前だぞ」
お義兄様がそう言うと二人はピタリと黙る。
リュカオンは別に目の前でぺちゃくちゃ話されたくらいで気分を害したりはしないけどね。むしろ賑やかだなぁくらいにしか思ってないと思う。
「……あれ? でもフィズはともかくお義兄様とアダムはリュカオンを過剰に敬ったりはしないんだね?」
「国の中枢にいる者が教会の言いなりになるわけにはいかないからな」
「あ、そっか」
「だが、もちろんアルティミア国民として神獣様を敬う心はあるぞ。なぁアダム?」
「はい、もちろんです」
コクコクとアダムが頷く。
「それに、神獣様も一々大袈裟な反応をされたら疲れるでしょう」
「そうだな。我はただのシャノンの保護者のつもりでいるし、そなたらもそのように接してくれて構わない」
リュカオンが鷹揚に頷く。
そんなリュカオンを見てフィズが微笑んで言った。
「さっすが神獣様、心が広いねぇ」
「そなたに至っては初対面の時から我を敬う気などなかったであろう」
「あっはっは、何せ俺が信じるのは自分の剣の腕だけなんでね」
……フィズって優し気な見た目とは裏腹に結構武闘派だよね。外見は毎日図書館の窓辺で本とか読んでそうな好青年だから、度々出てくる発言と見た目のギャップにビックリする。
いや、別にフィズに大人しさを求めてるわけじゃないけどね。むしろ皇帝なんて敵も多いだろうし、自衛ができるなら越したことはない。フィズは自衛どころか過剰防衛しそうだけど。
「陛下、陛下があまりにも野蛮な発言ばっかり繰り出すもんだから皇妃様が怯えてますよ?」
「え!?」
アダムの言葉にぎょっとしたフィズが俊敏な動きで目の前にあったテーブルを飛び越え、対面に座っていた私を抱き上げた。
私の脇に手を差し込み、猫の子を持ち上げるようにぷらーんと自分の目線の高さまで持ってくる。
「ごめんね姫、怖がらせちゃった?」
「え、ううん。別に。元気なのはいいことだよね」
心配そうに眉尻を下げていたフィズの顔が私の言葉でパァッと明るくなる。
そんなフィズを見てなぜかアダムが笑い声を上げた。
「あっはっは、まさかあの陛下が一人の女の子を怯えさせることにこんな過敏になるとはね」
「当たり前でしょ。姫に嫌われたら俺はショックで立ち直れないよ。勢い余ってお前をボコボコしちゃうかも」
「皇妃様が陛下の言動に怯えなくて何よりです」
コロリと態度を変えるアダム。
というか、フィズはショックの受け方も武闘派なんだね。
私の旦那様は意外性の塊のようだ。
「フィズレストが立ち直れなくなるのは俺としても困るな。仕事が滞る」
「弟の精神面よりも国の運営の心配をする兄さんてほんっとうに真面目だよね」
「皇族としては普通だよ」
「は~あ、冷たいねぇ。俺達は温かい家庭を築こうね~姫?」
未だに私をぷらーんと抱き上げたままニコリと微笑むフィズ。フィズからしたら私の重みなんて枕を持ってるくらいにしか感じないんだろうな。
フィズの言葉にコクコクと頷きながらそんなことを考える。
―――そっか、私に家族ができるのか。
まだあんまり実感が湧かないけど、フィズと私は家族になったんだよね。
お父様とお母様が生きていた頃の記憶はないし、伯父様は年に一度しか顔を合わせない。物心ついた頃から胸を張って家族だと言える人が私にはいなかったから、今のフィズの言葉はなんだか無性に嬉しかった。
まだフィズは旦那様というよりもお兄ちゃんみたいな感じだけどね、向こうもきっと私のことは妹くらいにしか思ってないだろう。
そっか、これからはこの賑やかな感じが普通になるのか。
嬉しいなぁ。
「あ、姫が笑ってる。かわいいねぇ」
いつの間にか笑顔になっていたらしい。
そんな私を見るフィズの表情も、いつも浮かべているようなアルカイックスマイルじゃなくて、心からの優しい微笑みだった―――。





