【72】皇帝がやってきたよ!
お腹いっぱいになった私はどたっとベッドの上に横になった。
そして、私の真似をするように狐が私の隣に横になる。かわいいやつめ。
「もう……食べられない……」
「キュゥ~」
「こら、食べてすぐに横になるでない」
保護者リュカオンが鼻先で私達の背中を押し、体を起こさせる。
狐が来てからリュカオンの育児の負担が増えた気がする。狐は自分の部屋があるけど、最近は私達と一緒に寝ることもあるし。
なんだか、家族が増えたみたいな感じがする。
「……」
そんなことを考えていると、ふとウラノスの伯父様の顔が頭に浮かんだ。
年に一度くらいしか顔を合わせなかった伯父様。お見舞いの品を贈ってくれた伯父様。
―――そして、お母様のことを目に入れても痛くないくらいかわいがっていたという伯父様。
相談する気なんかなかったのに、気付いた時には、私の口からポロリと言葉が溢れていた。
「―――ねぇ、伯父様は私のことが嫌いだと思う……?」
私の言葉にリュカオンと狐が目を見開く。
二人の反応を見て初めて、私は今の言葉が自分の口から発されていたことに気付いた。
「あ……何言ってるんだろうね、やっぱり今のなし。もっと楽しい話しよ―――」
「シャノン」
早々に話題の転換を図ったけど上手くはいかなかったようで、リュカオンが私を呼び止める。
「なぁに?」
「シャノン、我にはウラノス国王……お前の伯父の真意は分からん。もしかしたらシャノンの伯父にも複雑な想いがあり、顔を合わせることはそう多くなかったのかもしれぬ。だが、シャノンのことを虐げることなどいくらでもできたであろうシャノンの伯父がシャノンに用意したのは、十分な物資のある離宮と愛情深く優秀な侍女達だ。……つまりは、そういうことではないか?」
リュカオンの言葉で、私は数少ない、伯父と顔を合わせて話した時のことを思い出していた。
目はあんまり合わなかったけど、伯父の表情は決して私を憎んでいるものではなかった。
「……そっか」
「うむ」
リュカオンが鼻先で私の頬をスルリと撫でる。
それだけの行為なのに、暖炉やコートなんて比べ物にならないくらい温かかった。
そこで、私はしんみりとした空気を打ち消すように明るく言った。
「さて、ちょっと暗い空気になっちゃったからもっと面白い話しよ! 例えばほらっ、お腹の虫は昆虫なのか否かとか!」
「本当にその話したいか!?」
「うん、なんかこういう話してると頭よさそうじゃない?」
「この話題で頭がよさそうだと感じてる時点でそこそこに残念だぞ」
「なぬ」
……まあ、価値観とか基準って人それぞれだよね。
その日の夜は、リュカオンと狐に挟まれてベッドに入った。
狐が「やれやれしょうがないな、一緒に寝てやるよ」みたいな顔をしてるのがちょっぴり癪に障る。自分だって一人で寝てたらたまに寂しくてキュンキュン鳴くのに。私よりも大人ぶってるけど、実は狐の精神年齢は私とそんなに変わらないんじゃないかと名探偵シャノンちゃんは睨んでるよ。
「じゃあおやすみ二人とも」
「キュ」
「ああ、おやすみシャノン」
二人に挨拶をして目を閉じると、あっという間に意識が遠ざかっていく。
―――その日に見た夢は、私が生まれた日、両親が涙を流しながら喜び合っている光景だった。
***
それから数日後、なんと、フィズが離宮を訪ねてくることになった。しかも正面から。
皇帝と皇妃として堂々と会うのは何だか新鮮だ。
「なんか、フィズと堂々と会うのって逆に疚しいことをしてる気分になるねぇ」
「人に聞かれたら誤解を生みそうなセリフだが気持ちは分かる」
やたらと毛並みがサラサラなリュカオンが同意してくれた。
そして、その隣に座る私も今日はおめかしをさせられている。なぜなら皇帝であるフィズが来るからと、みんながやたら張り切ったからだ。
セレスは前日からずっとドレスを選んでたし、アリアとラナも久々に私を磨けるということで大はしゃぎ。今日の朝食のメニューもなんだか意識の高そうなサラダとかやたらと栄養価の高そうなパンとかだった。食事に関しては日頃からやってないと意味ないんじゃないの?
まあ美味しかったからいいけど。
フィズを出迎えるために立ってると疲れちゃうだろうから座って待っていてとのことだったので、遠慮なく応接室のソファーに座ってフィズが来るのを待っている。
外から人が来るので狐は自分の部屋で待機だ。
リュカオンや侍女のみんなと談笑しながら待っていると、フィズがやって来た。
部屋の扉がノックされたので、出迎えるためにぴょこんとソファーから下りる。
そして、ラナが扉を開けるとフィズが入室してきた。
「……おぉぅ……」
きちんと皇帝らしい格好をしたフィズはキラッキラしていた。物理的に輝いてるんじゃないかって思う程眩しいし、ついつい皇妃らしからぬ声が出ちゃったくらい顔面の暴力がすごい。
旦那様のビジュアルの良さに慄いていた私だけど、侍女達が気合を入れて準備をしてくれたおかげで向こうも同じ状態だった。
「姫、とっても可愛らしいね! どこの天使かと思ったよ。かわいすぎて眩しいんだけどもしかして物理的に発光してたりする?」
「してないけど……」
思考が同じ過ぎてビックリしちゃった。
だけど、私以上にフィズの後ろにいる男の人の方がビックリしている。
「フィズ、そこのとんでもない顔をしてフィズを見ている人はどなた?」
「ん? こいつ? 俺の腰巾着だよ」
「側近と言え側近と」
あ、側近さんだったんだ。黒い髪は短く刈り込んでるし、体はかなりガッチリして背も高いから護衛の人かと思った。
「側近さんはなんで、十年来の親友が実は詐欺師だったみたいな顔でフィズを見てたんです?」
「やけに具体的なたとえですね。……いえ、この方がそんな風に人をベタ褒めするのを見たことがなかったので。よく似た他人なのかと思ってしまいました」
「あはは、アダム、辺境で君の命を何回も助けてあげたのは誰だったかな?」
「陛下です。ついでに訓練で俺のことを四十六回半殺しにしてくれたのも陛下です」
「半殺しくらいで一々数を数えてるなんてみみっちい男だね」
「あんたの顔がいいっていう理由だけで四十六回半殺しにされたにも関わらずここまで仕え続けてる俺は聖人ですよ」
うん、二人はとっても仲がよさそう。
話を聞く限り辺境で魔獣退治をやってた時からの部下なのかな。それなら体格がいいのも納得だ。
そしてフィズがこちらを向く。
「姫、こいつはかなりの面食いだから粘着されないように気を付けて」
「そんなことしませんよ。精々納得がいくまで肖像画を何枚も描かせていただくだけで」
「それを言ってるんだよ?」
おお、放っておいたら軽口の応酬が止まらなさそう。
そこで、リュカオンが口を挟んだ。
「シャノン、この男はどうやら絵を嗜むようだな。今度描いてもらったらどうだ」
心なしか目がキラキラしているリュカオン。
「……リュカオン、もしかして私の肖像画ほしいの?」
「欲しい。なんならこまめに残して成長の記録をつけたい」
「思ったのより斜め上の理由だったよ」
なんで私の肖像画がほしいのかと思ったら、保護者心が疼いただけだった。
神獣であるリュカオンの望みとあれば断られるはずがない。
そんなこんなで、今度フィズの側近さんに肖像画を描いてもらうことになった私。
だけどいざ描くとなった時、「現実の作画が良すぎて絵が負ける!!!」という理由で側近さんが筆を折りかけることになるとは、今はまだ知らない―――。
 





