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【70】愛の結晶 sideリュカオン






「そなた、シャノンの伯父だったのか……」


 我は信じられない思いで目の前の男を見た。


「……ん? というかそなた、シャノンが自分の姪だといつ気が付いたのだ? 気付くタイミングなんてなかったと思うのだが」

「シャノンちゃんと初めて会った時ですよ」

「ほう?」

「僕の祖母が巫女と呼ばれていたことはさっき言ったと思いますが、祖母は真実を見通す魔法が使えたんです。その力が僕にも受け継がれているんですよ。大分弱まってはいるんですけどね。その魔法を警戒魔法陣が反応したシャノンちゃんに使いました」


 まあ、あの場面だったら使うであろうな。しかもあの時はユベール家からの暗殺者が来た後だったから教会全体も警戒していただろうし。


「本来、僕の力ではその人の過去やその周辺の出来事までは視えない筈なんです。そこまで視る気もなかったですし。……だけど血が繋がっているからか、はたまた魔法のイタズラなのか、あの時僕の脳にシャノンちゃんの過去から今に至るまでの情報が一気に流れ込んできました」


 そうか、だからあの時様子がおかしかったのか。


「あの時泣いたのは、久々に人と会ったからじゃなくてシャノンの父が自分の弟だと分かったからか?」

「……多分、それもあるかもしれませんね。あの時は感情がぐちゃぐちゃで、自然と涙が出ちゃったんです。でも多分、涙が出た一番の理由は―――弟が、命を懸けてシャノンちゃんを生かしたことが分かったから、ですかね」

「なんだと? どういうことだ?」


 シャノンの父親が命を懸けて……?


 そこで、話の流れを打ち切るように教皇がパンッと手を叩いた。


「―――っとその前に、僕ばっかり喋るのは不公平でしょ? 僕からも神獣様に一つ質問させてください」

「はぁ? このタイミングでか?」

「はい。このタイミングで、です」


 ニコニコと柔和な笑みを浮かべているが、決して譲歩する気がないのが雰囲気から分かる。

 仕方がない、ここは年長者の我が譲ってやろう。我やこやつくらい長く生きていたらもはや年は関係ない気もするがな。


「仕方ない、質問してみろ」

「はい」


 そこで、教皇の雰囲気がガラリと変わり、表情はそのままで雰囲気だけは真面目なものになる。


「―――なぜ、神聖王国は滅びたんですか?」

「……単刀直入だな」

「貴方相手に駆け引きなんかしてもしょうがないでしょ」


 そう言って教皇はダラリと力を抜いてソファーの背凭れに体を預ける。


「そうだな、神獣の血が入っているのならそなたには全く関係のない話でもないし……いいだろう、話してやる」

「お願いします」


 そして、我は話し始めた。愚鈍だった我らの、罪の話を。


「―――神聖王国民は、大の面食いだった」

「……は?」


 そこで教皇がポカンと口を半開きにし、何を言ってるんだコイツとでも言いたげな顔になる。

 

「まあ大人しく聞け。神聖王国民は面食い。そして我ら神獣は神聖王国民が大好きだった。国民性というよりは、血筋というか―――まあ、遺伝子レベルで神聖王国民を好ましく思うように我らはできているのだろう。それがなぜかは我にも分からぬが」

「へぇ」


 純粋な神聖王国の民ほど好ましく感じるから我らはそういった生き物なのだろう。


 教皇にも神獣の血が流れているわけだが、どこか他人事のように我の話に相槌を打っている。それもそうか、こやつが知っているのは神聖王国が滅びた後の時代だしな。


「神聖王国は民の数は少ないながらも我らと手を取り合って国を栄えさせていた。……そうだな、国民の数と神獣の数が同数くらいにはいた気がするな……」

「そんなに神獣がいたんですか。この国の国民がその場にいたら喜びで発狂しそうですね」

「だな」


 帝国にそこまで長いこといるわけではないが、なぜかその光景は容易に想像できる。まあ、そうしたのはこの男なわけだが。


「神獣と神聖王国民は契約獣と契約者、その関係で長らく上手いことやっていた。だが、神獣は人型になれば漏れなく皆美形だ。面食いの神聖王国民が惚れないわけがない。そして、神獣も神聖王国民ならそれだけで好ましく思ってしまう。……まあ、最初の一組が恋人になったらそこからは物凄い勢いで恋人が成立しまくって、国中が神獣と神聖王国民のカップルで溢れかえった」


 そう言うと、教皇が何とも言えない顔になる。だがそんな教皇の反応を無視して我は話を続けた。


「まあ、そんなわけで国民のほとんどが神獣と結ばれるという事態が起こったんだ。そなたの祖父や、一部の王族、神聖王国民は他国の者と結婚した者もいたようだがそれは本当にごく少数だな。……そして、数年後には神獣と王国民の間の子どもが多数生まれ、国中が祝福ムードだった。……だが、我らは気付かなかったのだ」

「何にです?」

「神聖王国民と神獣の血が、恐ろしく相性が悪いということに、だ。神獣と神聖王国民の間に生まれた子どもは、ほぼ例外なく短命だった。まるで呪いのようにな」


 ―――そう、我らは気付けなかったのだ。そして、気付いた時にはもう遅かった。


「血の相性が恐ろしく悪いという原因を突き止めた時には既に遅かった。人口が激減した神聖王国はもはや国としての体を成せなくなり―――滅びた。そして我ら神獣は王国が亡びるのを見届けてから神獣界へと還ったのだ。もしまたこちらに来ることがあってももう二度と、人間の前では人型をとらないと誓ってな」

「……そんなことが……。でも神聖王国の人以外との子どもなら大丈夫なんでしょう? 現に僕の母はかなり長生きしたそうですし」

「ああ、そうだ。あと、血が薄い者同士ならば大丈夫だろう」


 だが、それは我らの戒めだ。今さら変えるつもりはない。


 これで我の話は終わりだ。そういうように尻尾を振り、教皇の方を見る。

 すると、教皇が考えるように自分の口に片手を当てて言った。


「神獣様、シャノンちゃんは僕の弟の子、つまりは八分の一神獣の血が流れているわけですけど、そんな気配を感じますか?」

「!!」


 そこで、我はやっと気付いた。そうか、シャノンの父がこやつの弟となれば、シャノンにもそれなりに神獣の血が流れていることになる。

 ……だが、我が初対面の時に感じたのは、ほとんど残滓のような、残り香くらいの神獣の気配だった。そして、それがシャノンに興味を持った理由の一つでもある。

 かなり昔の先祖に神聖王国民以外と結婚した数少ない者がいたのだと思い、その程度なら大丈夫だと思っていたが……。


 ―――そしてシャノンには、薄っすらとではあるが神聖王国の王族の血も混ざっている。


 嫌な予感がして、我はごくりと唾を飲み込んだ。


「おい教皇、もう一度聞く。そなたの弟が命を懸けてシャノンを生かしたとは、どういうことだ?」


 我の問いに、教皇はゆっくりと瞳を閉じ、そして開いた。


「これは、魔法で視えたことですが、シャノンちゃんもその呪いとも言える短命の運命を背負って生まれました。そのことにどうやって弟達が気付いたのかまでは分かりませんでしたが。そして僕の弟……いや、シャノンちゃんの両親は自分達の命と引き換えにシャノンちゃんの寿命を延ばした……」

「……禁忌魔法か」

「ええ。シャノンちゃんに残っている禁忌魔法の残滓はそれでしょう。いえ、禁忌魔法というよりは―――親の愛、ですね」


 教皇がソッと目を伏せる。


 ―――そうか、だからこやつは泣いたのか。


 おそらく、こやつは元々シャノンには複雑な感情を抱いていたのだろう。愛する弟の子でもあるが、こやつ視点だと自分から弟を奪ったシャノンの母親の子でもあるわけだからな。

 だが、シャノンの両親は心の底からシャノンを愛し、自分達の命と引き換えにシャノンを生かすことを選んだ。

 その選択が正しかったのかどうかは、誰にも判断できぬことだろう。


 我は狐の毛に顔を埋めて眠るシャノンを見遣った。


「……今生きているこの子は、親の愛そのもの、か」

「ですね。弟達は寿命を延ばすだけでなく、シャノンちゃんの未来に影を落としそうな要因は全て取り払ったのでしょう。神獣の血がほぼ消えているくらい薄くなっているのもその辺りが関係するのだと思います」

「……そうか」


 神聖王国の王族で他国に嫁いだ者が過去に数人いた。その血がシャノンの母親に受け継がれていたのだろう。そのことはシャノンの母親も知らなかったはずだ。そしてその母親が、世界を探しても数人しかいないであろう、神聖王国以外の者と結婚した神獣の子孫と結ばれた。


 神獣の血がもっと薄ければ、先祖が特に血の濃い神聖王国の王族でなく一般市民だったら、何の問題もなかった。


 ―――ほとんど天文学的な確率で、シャノンも短命の運命を持って生まれてきてしまったのだ。


「……神獣界に戻る前に、もっと何かすべきだった……そうすればこんなことには……」


 すると、教皇が我の呟きにハァ、と溜息を吐いた。


「なってましたよ。こんなこと、誰が予想できるって言うんです? それこそ、神でもなければ無理ですよ。それに当時、貴方達も周りなんて気にかけている余裕はなかったでしょうし」


 貴方はただ力を持った獣なんですから自惚れないでください、と教皇は続けた。

 この国の者達が聞いたら失神しそうなセリフだが、こやつなりの慰めでもあるのだろう。


「それよりも、僕達はこの子を幸せにすることを考えましょう。僕の弟や……シャノンちゃんの母親の分までこの子を幸せにするんです」

「……そうだな」


 そう言ってシャノンを見る教皇の目は慈しみに満ちていた。


 ―――シャノン、そなたは両親に愛されているのだぞ。


 シャノンにとっては酷な事実かもしれぬからまだ本人には言えぬ。それは教皇も同じ意見のようだった。


 もし将来、シャノンが望むのならばその時は―――


 グッと目を閉じ、我は覚悟を決めた。


「シャノンは必ず幸せにしてみせよう」

「ええ、シャノンちゃんのためなら教皇としての力を乱用することも厭いません!」

「それは厭え」


 自分の影響力を自覚しろ。そなたがあれやこれや出張ってきたら国内のパワーバランスが崩れるぞ。

 吹っ切れたようにやる気満々の教皇に、我は呆れた目を向ける。



 我は、”もんすたーぺあれんと”とやらの誕生に立ち会ってしまった気がするぞ……。



 ただ、国内でも皇帝と並んで最強の味方がシャノンにできたからよしとするか。
















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Twitterです!更新報告とかしてます!
<書籍2巻は2024/12/6発売です!>
お飾りの皇妃書影
ぜひお手に取っていただけると嬉しいです!

― 新着の感想 ―
[良い点] 神聖王国滅亡の真相が、何だかなーってのが面白かったです。 それと、禁忌魔法の残滓は短命の呪いを何とかしたくて両親が使った、親の愛だったのも良かったです。 てっきり、あのヤバいお嬢様の纏って…
[良い点] 読み始めたらわくわくがとまらず、一気読み。 凄く面白いです。 シャノンが可愛いし、神獣様がかっこいいです。 更新楽しみにしています。 すてきな作品ありがとうございます。
[一言] 神獣様ではなく、やはりパパですねw
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