【69】大人同士の話し合い sideリュカオン
ぴったりとくっつき合って眠るシャノンと狐に教皇がブランケットを掛けてやっている。
あれだけの部下を従えて仰々しく登場した男の所帯じみた姿は、やはりどこか違和感がある。
「教皇ともあろうものが甲斐甲斐しいものだな」
「ふふふ、それはお互い様じゃありませんか? 神獣様」
「我は歴としたシャノンの契約獣だ。だがそなたは違うだろう」
「それは―――」
「茶飲み友達だから、などとは言わせんぞ」
「……」
そう言おうとしていたのだろう、我がそう言うと教皇が押し黙った。
―――さて、ここからは大人の時間だ。
「教皇、子ども達は寝静まったことだし、これからは大人同士の話をしようじゃないか」
我が言うと、教皇は微笑んでその長い足を組んだ。
「神獣様ともあろうお方が僕なんかに聞きたいことでも?」
「神獣は全知全能ではないからな。そなたに聞きたいことなど山ほどあるぞ」
「へぇ、例えばどんなことですか?」
「そうだな、例えばそなたとシャノンの関係とかだな」
そう言ってちらりとシャノンを見ると、狐の胸毛に顔をスッポリと埋めて眠っていた。息苦しくないのだろうか。
シャノンに癒された後、我は目の前のソファーに座る教皇に視線を戻した。
「いくらうちのシャノンが可愛かろうと、たった一度会った者のためにそなた程の男が行動を起こすとは考えにくい。……そなた、シャノンとどんな関係がある」
すると、教皇は虚を衝かれた顔になった。
「……神獣様ならとっくに気付いているかと思いましたが、案外隠し通せるものですね」
教皇がそう言った次の瞬間、目の前の男からブワッと魔力が解放された。
「なっ―――!!」
そして、みるみるうちに教皇の髪と瞳の色が変化していく。我と同じ、銀色の髪とアメジストのような紫色の瞳に。
それは、紛れもない神獣の色。そして、教皇からは先程までは全く感じなかった同族の気配を感じる。
この気配―――
「そなたも神獣だったのか……いや、純粋な神獣ではないな。昔、神聖王国人以外の者と結婚した神獣がいたと聞いたことがあるが、そなたはその子孫か」
「ご名答。祖父が神獣で、祖母が巫女と呼ばれる特別な魔法を使うことができた人間だったそうです」
完全に油断していたとはいえ、この男に神獣の血が入っていることに全く気付かなかった。推測でしかないが、おそらくこの者は神獣の姿と人間の姿を上手く使いわけられるのだろう。今だって、無理に魔法で色を変えた感じはしなかったからな。
「神獣の血……ということはそなた、見た目よりはかなり長生きしているな?」
神獣の寿命は人間とは比べ物にならない程長い。だからその血が入っているこやつも、見た目は若いがかなりの年数を生きているのだろう。
なるほど、要所要所で年寄りアピールをするわけだ。
まあ、我よりは断然若いがな。
「さすが神獣様。僕なんかとは頭の回転が違いますね」
「ふん、あからさまな謙遜をしおって。あれだけ狂信的な部下を大勢抱えておいて何を言うか。まるで教会はそなたのためにある組織のようではない、か……」
―――そうか、そういうことか。
自分の言葉で我はあることに気が付いた。
「このミスティ教は、そなたのために作られた組織なのだな」
そう言うと教皇はニッと微笑む。
「ご名答。さすが神獣様ですね」
自分にも神獣の血が入っているくせに何を言うか。
「僕達が生まれた頃には神聖王国はもうなかったので、神獣の存在もほとんど迷信になっていました。その中で、神獣の血を引いているのは僕と弟、そして母しか周りにはいませんでした。そんな母も、人間である父が亡くなった後儚くなり、残されたのは僕と弟だけ……」
そして、何かを思い出すように宙を見ながら教皇は語り続けた。
「人よりも長生きな僕達がそのまま生きていたらいつか必ず人間社会から弾き出される。だから僕は、かわいい弟のために生きやすい環境を作ることを決意したんです」
「それが神獣信仰か」
「はい。万が一僕達に神獣の血が入っているとバレてしまっても、神獣が信仰されているならば虐げられることはありませんから。神聖王国そのものも信仰の対象に入れたのは、なんというか、カムフラージュというか……おまけです」
テヘッとおどけたように笑ってみせる教皇だが、なぜだろう、人間年齢でいうとかなり年寄りだと思うと先程とは見る目が違ってしまうな。我が言えたことではないんだが。
そして、こやつは簡単に言うが一から神獣を信仰の対象にするにはかなり時間がかかっただろう。生半可な努力ではなかったはずだ。
そこでふと、先程からちょこちょこと話に出てくる教皇の”弟”が気になった。
「そなた、弟は―――」
その質問に無言で首を振る教皇。
「そうか……」
「弟はとある女性に惚れたと言ってここを出て行ってしまい、その女性との子どもが生まれて暫くして亡くなりました。弟も神獣の血が入っているので死因はもちろん寿命ではありませんが、納得した最期だったようです……」
「だったようって、そなたが本人と話したわけではないのか?」
「その女性との交際に猛反対したせいで駆け落ちするように出て行かれちゃいまして。まあ、出て行った先はお相手の女性の実家だったんですけど、その女性の国が国でしたし弟には拒否されるしで半ば絶縁状態だったんですよね。あはは」
空気を重たくしないためなのか、教皇は笑って見せたがその笑いはカラッカラに乾いていた。
「……そなた、もしかしてぶらこんというやつか」
「ブラコン……たしか兄弟が大好きな人に使うことばでしたよね。そうなんでしょうか? 僕にとって弟は世界の全てだったのでブラコンなんて言葉では足りない気がしますけど……」
「……」
ごく当たり前のことを言うテンションで首を傾げる教皇にドン引きしたのは言うまでもないだろう。
そんな我の内心に気付いてか否かは分からぬが、教皇がポンっと手を叩いて話題転換を図った。
「―――あ、そうだそうだ、随分話が逸れましたけど最初の質問に戻りましょう。確か僕とシャノンちゃんの関係でしたね」
「ああ」
半ばげんなりとしていた我の耳に次の瞬間、信じられない言葉が飛び込んできた。
「まあ、僕から弟を奪った女性がシャノンちゃんの母親なので、僕はシャノンちゃんの伯父ということになりますね」
「はぁ……。―――はぁ!?」
さらりと聞き流すところだったが今なんて言った!?
思わず教皇を二度見してしまったぞ。
我が驚いたことが嬉しかったのか、教皇がしたり顔になる。
「だから僕言ってたじゃないですか、シャノンちゃんに『おじ様』って呼んでって」
「あの文脈で誰が『伯父様』だと思うんだ!!」
「あはは」
そんな風に、イタズラが成功した子どものように笑う教皇を見ながら我は思った。
―――シャノン、どうやらお前の初めてのお友達は血縁者だったようだぞ……。