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【68】まだまだ子どもなので





 正体を指摘されると、お兄さん―――もとい教皇さんは観念したように微笑んだ。


 ……やっぱり、お兄さんからはどこか懐かしいような気配がする。その気配に加えて、式典の時の騒ぎの最中にベールの下から一瞬だけ教皇さんの顔が見えたから私はお兄さんが教皇さんだと気付くことができたのだ。


「―――皇妃様、こちらにも事情があるのでこのことは内緒でお願いしますね?」


 そう言いながら長い人差し指を口の前に持ってきてしーっというジェスチャーをする教皇さん。和平記念式典の場にいたオーラたっぷりの人と同一人物とは思えない茶目っ気だね。


「もちろん、このことをむやみやたらと口外する気はないですよ。ここにいる時は私はただの女の子で、お兄さんはただ神聖図書館を管理しているお兄さんです」


 ……にしても、フィズといい教皇さんといい権力者っていうのはどいつもこいつも自由に動ける裏の顔を作りがちだよね。……あ、私もか。

 私が権力者かどうかはさておくけど、そういえば私もしっかりシャルって偽名名乗ってセレスの故郷に行ったり侍女に紛れたりしてたね。人の事言えないや。


「教皇なのにお兄さんはずっとここにいるんですか?」

「そうですよ。人にバレないように教会の奥深くにいるのは息が詰まってね。その点、ここなら地下室とかにいるよりは開放的でしょ? 人は全く来ませんけど、正体を隠して過ごすには最適ですし。まあ、寂しいには寂しいんですけどね……」


 そう言ってどこか遠くを見るお兄さん。まるで、何かを思い出しているみたいだ。


「お兄さんの正体を知ってる人って、他には誰がいるんですか?」

「教会の上層部、その中のごく一部しか知りません。そう考えると皇妃様はかなりレアですね」

「……他に誰もいない時はシャノンでいいですよ。そういえば、お兄さんのお名前はなんですか?」

「う~ん、僕はもうお兄さんって年でもないからおじさんって呼んでくれていいですよ。いや、おじ様もありか……?」

「……さすがにおじさんって年ではないでしょう……」


 どう見たってフィズよりも数歳上くらいの年だ。顔にはシワ一つ見当たらない、ただの絶世の美青年だ。


「え~、僕としては是非おじ様って呼んでほしいんですが、ダメですか?」

「……それは、ちょっと……」


 なんでそんなにおじ様呼びを推すんだろう。そういう趣味なのかな。それとも本当に実は結構な年とか? ……ないね。どっからどう見ても二十代のお兄さんだ。


 う~ん、結局名前についてははぐらかされちゃったし、暫くはお兄さん呼びかな。この美青年をおじ様って呼ぶのは抵抗あるし。

 お兄さんがなんでそう呼ばれたいのか、理由は分からないままだけどおじ様呼びはとりあえず却下だ。



「キュ~」

「あ、狐」


 これまで風呂敷の中に隠れていた狐がモゾモゾと出てきた。これまではお兄さんを警戒するように風呂敷の中に隠れてたんだけど、どうやらお兄さんは大丈夫だと判断したらしい。


「狐もおやつ食べる?」

「キュ」


 コクリと頷いた狐の鼻先にお兄さんお手製のマフィンを持っていく。すると、スンスンと匂いを嗅いだ後、パクっとかぶりついた。

 うんうん、いっぱいお食べ。


 あぐあぐとマフィンを頬張る狐を見てお兄さんが言う。


「……それは、ヴィラ・ユベールに従わされていた子ですか?」

「はい。やっとここまで回復したんです」

「そうですか。密かに心配していたのでホッとしました」


 安心したように胸を撫で下ろすお兄さん。


「―――そういえば、どうしてお兄さんはあの場に来てくれたんですか?」


 頭の中にポンっと湧いて出てきた疑問を口にする。


「ふふ、年甲斐もなくできた小さいお友達を助けたいと思っちゃったんですよね。ユベール家が僕の命を狙ってきたことに僕の部下達もプンプンだったので、そのガス抜きも兼ねて出ていっちゃいました」


 プンプン……どこか静謐な空気を纏ってるお兄さんが言うと違和感がすごいけどなんかかわいい。


「本当は暗殺し返すって枢機卿達が息巻いてたんですけど……ほら、万が一バレちゃった場合教会関係者が暗殺に関与したってバレたらイメージ悪いじゃないですか。皇帝からも協力を求められてましたし、丁度いい機会かなって」

「へぇ……」


 暗殺するなんてダメだよ! って止めるんじゃなくてイメージが悪いから止めたってところがいかにも権力者って感じだよね。


「―――って、あれ? そういえばお兄さんはいつから私が皇妃だって気付いてたんです?」

「最初から」

「え?」

「最初っからだよ」


 そう言って微笑むお兄さん。

 なんですと?


 その時、私の脳裏には「教皇様の瞳は真実を見通す」という噂話が蘇っていた。

 


「―――な~んてね、どうしてシャノンちゃんが皇妃様だって気付いたのか、いつから気付いてたのかは企業秘密ですよ。うちの教会は色々と隠し事が多いですから」

「……お兄さん、意外と狸ですね」

「狸ってかわいいよね」

「……」


 むぅ、いいように遊ばれてる……。最初の頃、久々に人に会ったって泣いちゃったお兄さんはどこに行っちゃったんだ……。

 むっつりと頬を膨らませると、お兄さんが微笑ましそうに私の頬を見詰めてきた。


「ふふ、そうしてるとシャノンちゃんの方が狸みたいでかわいいですね。隣の狐とセットでいい感じだ」

「……私、お兄さんのことが分からなくなってきましたよ……」

「ふふ、これでも教会のトップですから。簡単に分かられても困っちゃいますよ」


 そう微笑んでお兄さんは紅茶の入ったカップを口元に運ぶ。

 大変絵になりますね。


 にしても、本心を見せない微笑みって権力者的には標準装備なのかな。


「……」


 ニコッ


 フィズとお兄さんの真似をして試しにやってみると、リュカオンが悲しそうな顔をしたのですぐに止めた。


「どうしたのリュカオン」

「シャノンが将来こやつや皇帝のようになってしまったらと考えただけで悲しくなった」

「失敬な」


 全く気にしてなさそうな顔でお兄さんが言う。言ってみただけで、特に失敬だとは思ってないんだろう。



「……キュ……」


 そんなことを話していると、おやつを食べてお腹いっぱいになったのか狐が隣でうとうとしていた。


「お腹いっぱいになったらすぐに眠くなっちゃうなんて赤ちゃんみたいだねぇ。ふぁ~」


 狐につられたのか、私もあくびがでちゃった。

 そんな私をリュカオンが生温かい目で見る。


「シャノン、お前も人のことは言えぬな」

「うん、私もお腹が満たされてちょっと眠い……」


 眠そうな狐を抱っこしようとしたけど私の腕力では持ち上がらなかった。びっくり。

 その代わり、寝ぼけた狐が温もりを求めたのか私の上に乗りあげてくる。


 そんな狐の重みに負け、私はソファーの上に横になった。


 うぅ、あったかい、ふわふわ、いい匂い……。

 栄養が行き渡ってきた狐の毛皮は魔性だ。すぐに凄まじい眠気がやってくる。

 そして、私の上で納まりのいい場所を見つけた狐はさっさと穏やかな寝息を立て始めた。


 寝る一歩手前の私に、お兄さんの優しい声がかけられる。


「ここで寝ても大丈夫ですよ。足もソファーに乗せちゃってください」

「あい……」


 お言葉に甘えて靴を脱ぎ、ソファーに足を乗せる。

 その後、ふわりとブランケットか何かを掛けられたな、と思ったところで私の意識は途切れた。




 ―――そして意識が途切れる直前、リュカオンの「シャノンもまだまだ子どもだな」という呟きが耳に入った。


 まったくその通りでございます。















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<書籍3巻は2025/8/6発売です!>
お飾りの皇妃書影
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― 新着の感想 ―
[良い点] おじ様…! シャノンちゃんがおじ様なんて言った日には、私メロメロになっちゃいます。 [一言] そんなところ(失礼)で寝たらフィズが怒っちゃうよー。
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