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【63】弱いといいこともあるんだね……







 皇帝から贈られてきたロッキングチェアに座って揺られていると、手紙が届いた。もちろん差出人は皇帝だ。

 お、今回は状況報告みたい。


 手紙に目を通しているとリュカオンが椅子のひじ掛けに前脚を乗せ、手紙を覗き込んでくる。


「なんと書いてある?」

「ユベール家のことはあらかた片付いたみたい。ユベール家の権威を利用して甘い汁を吸ってた人達の断罪、追い出しもほとんど済んだみたいだよ」

「ほう。思ったよりも早かったな。皇帝がきちんと働いているようで何よりだ」

「働きすぎな気もするけどね」


 元々寝る間も惜しんで仕事してたらしいのに。今なんて一時間も寝られてないんじゃないかな。

 体を壊さないといいんだけど。


「ユベールの周辺の者達もほとんど処分されたのか。じゃああの憎たらしい侍女は間違いなくクビだな」

「だろうねぇ」

「もし追い出されていなかったら我が追い出してやる」


 そう言って意気込むリュカオン。

 まあ、好き嫌いを別にしてもメリアは侍女失格だからね。私の最後のイタズラのせいでとっくにクビになってるかもしれないけど。


 手紙を読み進めていってもユベール家の具体的な処分は書いていなかった。観衆の目前で皇妃に成り代わろうとした罪、禁忌魔法を研究、使用した罪、他にも非人道的なことを山ほどしていたらしいから、まあ……そういうことだよね。

 皇帝は私を気遣って書いていないけど、もう二度とあの人達に会うことはないだろう。

 

 別に可哀想とかは思わない。だけどなんか不思議な気持ちだ。


 そして、手紙の最後にはヴィラが従えていた聖獣のことが書いてあった。あの狐の聖獣のことは私も気になってたのでちょうどいい。

 リュカオンも気になっていたらしく、身を乗り出して手紙の文字を目で追っている。


 どうやら、狐の聖獣は強制的に契約させられていたようだ。それもたぶん禁忌魔法だろう。

 どうりでヴィラとあの聖獣の間には絆みたいなものが感じられなかったわけだ。

 聖獣を無理矢理従わせるのも立派な犯罪だし。

 ウラノスで生まれた私は聖獣は大事にするという考えが染みついているので、手紙を読んで怒りを覚えた。狐の聖獣はすぐに運ばれて今も治療を受けている最中だけど、今もまだ衰弱しているし人間を見るとひどく怯えて治療が中々進まないらしい。

 人間に怯えるのは完全にヴィラのせいだろう。狐の聖獣は変化へんかの魔法が得意だから、強制的に私の姿に変える魔法を使わせていたに違いない。


 そのことをウラノスからやってきた聖獣騎士に伝えると、二人も酷く怒っていた。


「許しがたいです……!」

「対等であるべき聖獣を物みたいに扱うなんて!!」


 普段は比較的穏やかな二人だけどこの時ばかりは怒りを露わにしていた。

 元凶がいなくなったことで狐の聖獣を縛る魔法はもう解けているわけだけど、それでもやっぱり怒りは収まらない様子。私も気持ちは同じだ。


「―――そこで二人に質問があるんだけど、二人とも聖獣の世話は得意?」


 そう二人に問いかけると、二人は力強く頷いた。



 その後、私は皇帝におねだりの手紙を書いた。

 そして私からの珍しいおねだりの手紙は、喜んで叶えられることになる。




***





「キュ~……」


 怯えたように耳をペタンとさせたガリガリの狐が運ばれて来た。


 私の要望通り、狐はこの離宮で療養してもらうことになったのだ。王城周辺に比べたらこっちの方が人も少なくて静かだしね。


 狐は逃げたそうだけど衰弱し過ぎて逃げることも出来なさそう。まともにごはんも食べてくれないらしい。


 狐は聖獣騎士の二人が張り切って準備した部屋に運ばれた。それをこっそり影から見守る。


「……キュ?」


 部屋の中を見た瞬間、狐が小さく声を上げた。

 今までいた環境と全然違うからだろう。

 庭に面した大きな窓がある部屋の中には砂場が用意されている。狐は穴を掘るのが好きらしいのでそこそこ深くまで掘れる砂場だ。その周りには植木鉢に入った木が何本か置かれている。頑張って調べてなるべくストレスのない環境を作ってみたらしい。

 もちろんこの狐が何を好むのかは分からないから寝やすそうなクッションの置いてある一角もある。


 動物用のキャリーバックからよろよろと出てきた狐は部屋の中をキョロキョロと見回した。これまでいた環境と違うからびっくりしたのかな。

 辺りを見回した後、危なっかしい足取りで砂場に向かっていった狐は力尽きたようにそこで座り込んだ。


 それを部屋の扉の影から見守る私達。


「―――砂場、気に入ったのかな」

「ユベールの屋敷には絶対にない環境ですからね。トラウマが刺激されないのかもしれません」


 狐を運んできた獣医さんが少しホッとしたようにそう言った。


「ところで、あの狐に名前はないの?」

「……本来聖獣は契約をした時に契約者から名前を付けられますが、ヴィラは付けなかったようですね。そもそもまともな契約ではありませんでしたし、ヴィラがいない今、名前を付けられていたとしても意味はないですが」

「そうなんだ」


 いつか、あの子にまともな契約者が見つかったら名前を付けてもらえるといいな。


「医者、あの狐は食事をしたのか」

「し、神獣様!! いえ、食べていません」


 リュカオンに声を掛けられたことに感動した後、獣医さんは簡潔に答えた。さっき初めてリュカオンと顔を合わせた時も跪いたりしようとして大変だったんだよね……。

 獣医さんの言葉にうむ、と頷くとリュカオンは言った。


「では我とシャノンが食事を届けてこよう」


 任せろと言わんばかりにモフッとした胸を張るリュカオン。

 式典が終わった瞬間に狼の姿に戻ったリュカオンは今日も今日とてもっふりキュートな姿だ。本人も言っていたように、もう二度と人前で人間の姿になることはなさそうだし、私も強要する気はない。

 今思えば使用人がいなくなったばかりの頃リュカオンが料理を作ってくれたことがあったけど、あれはこっそり人型になってたんじゃないかな。料理中は私を完全に締め出していたとはいえ抵抗はあっただろうに……。

 私がお腹を空かせているからってそこまでしてくれたリュカオンの思いやりに、今更だけど感動した。


 ―――ハッ! 違う違う、今はリュカオンの保護者力に感動を覚えてる場合じゃなかった!!


「食事を届けるのはリュカオンだけの方がいいんじゃない? ほら、私も一応人間だし狐が怖がらない?」

「シャノンなら大丈夫だろう。それに、せっかく気合を入れてそんな格好をしているのだから」


 リュカオンが溜息を吐きつつ私の姿を上から下まで見遣った。


「え、これかわいくない?」

「可愛いが皇妃のする格好ではないな」

「えへへ、まあ外でこの格好はしないからセーフだよ」


 私は狐を模した服に身を包んでいる。フワフワの生地はしっかりと狐色で、フードには耳もついている。さらにお尻の所にはふんわりとした尻尾もついている徹底した再現っぷりだ。これは着ぐるみというらしい。狐を威圧しない格好は何かなと聞いたら侍女ズが作ってくれたのだ。


 まあ、そんなわけで私は狐のお世話をする気満々だった。ただ知識はあまりないのでそこは聖獣騎士の二人の力を借りる。

 普段はお世話をされる側の立場なので何だか新鮮だ。


「では皇妃様、これをあの子の近くに置いてきていただけますか?」

「はい!」


 獣医さんからミルクっぽいものの入ったお皿を渡される。


「聖獣に必要な栄養素が入ったミルクです。大分弱り切っていますから、まずはこれだけでも飲ませたくて……」

「なるほど了解。行ってきます」


 私はリュカオンを伴って部屋に入った。すると狐がビクッとしてこちらを見た。

 そして後ずさろうとするのをリュカオンが止める。


「怯える必要はない。我らはそなたの回復を願っているのだから」

「!」


 そこで狐もリュカオンが神獣だと気付いたのか瞳を真ん丸にする。


「我がいるのだからこの離宮は安全だ。これにも悪いものは入っていない」


 リュカオンに視線で促され、私はミルクの入ったお皿をなるべく狐の近くになるように置いた。

 すると狐の視線がこちらを向く。

 尊敬するようにリュカオンを見ていたその瞳はこちらを見た瞬間、生温かいものへと変わった。


 ……なんか、伝わってきたよ……これはこいつなら勝てるわって思ってる目だね。


 生温かい目で私を見た後、狐はよろよろと起き出して栄養たっぷりのミルクを飲み始めた。


 どうやら狐の中で私とリュカオンは安全だと判断されたらしい。その意味合いは大分違う気がするけどね。私は完全に自分よりも弱いと舐められている。




 少しだけ微妙な気分になった私には目もくれず、狐はガブガブとミルクを飲み干していった。















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― 新着の感想 ―
[一言] 「こいつなら勝てる」 お狐様だから、それくらいの軽さあざとさはあってもいいかも。
[良い点] 侍女ズwグッジョブ! 獣医さんは神獣様にも恐縮しただろうけど、狐な皇妃様にも困惑したでしょうね。お疲れ様です。
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