【61】問題解決! だけど体質は変わらないね
アリアとラナに抱き着いて大泣きした後、私は例によって熱を出した。
なんでだろうね。気付かないうちに気を張ってたのか、緊迫した空気感が私には合わなかったのか。皇妃としてきちんと認められたことだし、ちょっと空気が綺麗なところで療養でもしてこようかな。
ずっと頭を悩ませていた最大の問題が丸っと解決してスッキリしたのか、熱を出していても私の頭は冴えていた。
そして、心なしか前回熱を出して体調を崩した時よりも体が楽な気すらする。
私の体が強くなったのかと錯覚しそうになったけど決してそんなことはない。私の扱いのプロフェッショナルが駆け付けてくれたおかげだ。
「シャノン様にこの部屋は少し寒いですわね。もうちょっと温度をあげましょう」
「湿度も上げますね。あ、あとシャノン様のお気に入りの毛布を持ってきましたがどうしますか? あ、喉がお辛いと思いますのでお使いになるなら一度頷いてください」
私はコクリと頷いた。
声すら出さなくていいこの徹底ぶり。体だけは繊細な私の飼育に慣れてるだけあるね。
一瞬にして今使っていた毛布が愛用のものと入れ替えられた。寒さを感じる暇もない程素早い作業、流石すぎる。
二人が来てくれたおかげで私は快適だけど、懸念したのはセレスと二人の関係だ。こちらでは私の唯一の侍女で何から何まで面倒を見てくれていたセレス。それなのにアリアとラナがこんなに好き勝手やっちゃって気分を害さないか心配だった。
なにせ、私第一の二人は離宮に帰って来るや否や挨拶もそこそこに私の療養環境を整え始めたのだ。私は気付かなかったけど、離宮に着いた頃には既に微熱が出ていたらしい。
私の体調はそれからすぐに悪化し始めたからラナ達が離宮の使用人とゆっくりと話す暇もなかった。
やっと作業が一段落すると、二人は真っ先にセレスに話し掛けた。
「申し訳ありませんセレスさん!」
「後から来た身にも関わらず勝手なことを!!」
ガバッとセレスに頭を下げる二人。
自分よりも年上のアリアとラナに頭を下げられたセレスはアワアワと動揺している。
そしてラナが申し訳なさそうに言った。
「シャノンさまのこととなると周りが見えなくなってしまうんです」
「あ、分かります」
分かるんだ。
あっさりと同意したセレスに心の中でツッコミを入れる。こんなことを考えられるんだから今回は結構余裕あるかも。
そしてセレスは申し訳なさそうにする二人に鼻息荒く言った。
「それに、勝手なことどころか勉強になります! 私はまだシャノン様の侍女になってから日が浅いので、シャノン様に適した環境などを完璧に整えて差し上げることはできませんでした。侍女は私一人しかいなかったというのもありますが……それは言い訳ですね」
セレスのその言葉を聞いた二人は、顔を見合わせてコクリと頷いた。
そして二人は微笑みを浮かべてセレスに向き直る。
「そんなことはありません。セレスさん達がシャノン様のお傍にいて下さったと知って私達がどれだけ安心したか。ねぇアリア?」
「ええ、シャノン様は甘えん坊さんですから、一人でこちらに放り出されてどれだけ憔悴しているかと心配していたんです。でも、私達の想定よりはお元気そうでした。きっとそれはセレスさん達がシャノン様を支えて下さっていたからなんでしょうね」
そう言ってアリアがセレスの手を取る。
「これからは一緒にシャノン様の手となり足となり馬車馬のように働きましょう!!」
「はいっ!!」
「はいっ!!」じゃないでしょセレス。
ウラノスにいたころは「シャノン様吸い」とか言って私をクンクンしてた二人がまともな話してるからおかしいと思ったんだよ。
セレスもなぜか嬉しそうに返事しちゃってるし。
声を出せないから呆れ顔でただ三人が意気投合したのを見ていると、同じく呆れ顔のリュカオンからの念話が飛んできた。
『シャノン、お前の侍女は少々変わっているようだな』
『なんていうか、自分で言うのもなんだけどあの二人は私命なんだよね』
『この短い間でもそれは重々伝わってきた』
さっすがリュカオン、状況把握力が抜群だね。
そこで、部屋の扉がノックされた。
セレスが返事をするとルークが入ってくる。
「シャノン様宛に陛下と教皇様、あとウラノスの国王陛下からお見舞いの品が届いてます。いや~、三大権力者からのお見舞いなんて畏れ多すぎて運んでくるのに手が震えちゃいましたよ」
一人では持ちきれなかったからなのか、ルークは二段になっている台車に載せてお見舞いの品を持ってきてくれた。中身は高そうなお菓子やジュース、あとはフルーツの盛り合わせだ。
「これなんか幻って言われてるメロンですよ。さっきの今でどうやって手配したんだろう」
お見舞いの品を見分してルークが何やら呟いている。
皇帝と伯父様はまだ分かるとしても教皇さんからお見舞いの品が届くとは思わなかった。なんか、俗世間とは完全に関わりを絶ってそうな感じだから意外だ。
最低でもお礼のお手紙は書くとしても、はたして届くんだろうか。
……まあ、それは後で考えよっと。
まずは体調を回復させるのが先決だ。
お見舞いの品に添えられていたメッセージカードは、私の代わりにリュカオンが目を通した。
「皇帝とシャノンの伯父は諸々の後始末で手が離せないようだな」
『あ~、大貴族があんなことになったんだもんねぇ』
近い将来ユベール家がお取り潰しになるのは間違いないだろうけど、そこに至るまでの手続きは大変そうだ。
「面倒な手続きは全て兄に任せてシャノンの下に駆けつけたいという旨が簡潔に書いてあるが、まあ暫くはまともに時間もとれないだろうな」
『膿を出し切るなら早い方がいいもんね』
今回の断罪の対象は何もユベール本家だけじゃない。きっと皇帝はこれを機に今までユベール家の威光を利用して甘い汁を啜ってた人達も一気に国の中枢から追い出すつもりだろう。
それがどれだけ面倒な作業なのか、私には想像もつかない。
後始末を手伝えなくて申し訳ないなぁと思いつつも、私は体調を回復すべく眠りについた。





