【60】終結、かな?
私にナイフを投げたヴィラは周囲を囲んでいた騎士達によって地に押さえ込まれていた。
「ぐっ! たかが騎士風情が私に触れるなんて……!」
拘束されたままに憎々し気に呟くヴィラ。そんなヴィラのもとにリュカオンが向かって行った。
リュカオンは腕を組み、ヴィラを見下ろす。
「騎士風情とは言うが、そなたの家はもう取り潰しを避けられないだろう。皇妃に成り代わろうとし、観衆の前で皇妃を亡き者にしようとしたのだ。しかも、我の契約者である皇妃を。その罪は重いぞ。……他人に成り代わってまで皇帝の妃になりたかったか」
「ハッ、当たり前じゃない。あの美しい皇帝を手に入れられるのならば少し顔が変わるくらい構わないわ。幸い皇妃の顔も悪くはなかったし」
「その顔になるために何人犠牲にした……」
「あら、殺してはいないわよ。みんな虫の息だけど」
死んでないんだからいいでしょ? と、何の罪悪感もなさそうに言い放つヴィラ。周囲の人間を自分の願いを叶えるための道具としか思ってなさそうなその姿にゾッとする。
「何故殺さなかった。さすがに良心が痛んだか」
「? そんなもの痛むわけないでしょう。私は道具を道具として使っただけだもの。道具が死なないように調節したのはお父様がうるさいからよ」
こ、怖い……。
キョトンとした顔でそんなことを言い放つヴィラに心の底から恐怖を感じる。ブルリと震えると、ナイフをポイッと捨てた皇帝が私を抱き上げて背中をよしよししてくれた。
私の背中を撫でながら皇帝が呟く。
「なるほど、どうりで……」
「どうりでって、何がです?」
「ユベール家が禁忌魔法を使っている可能性は我々も気付いていた。だが、ユベール家周りで不審な死を遂げた者はどれだけ探してもいなかったんだ。禁忌魔法は命と引き換えに使うものだ。だから、流石のユベール家も禁忌魔法には手を出していなかったと俺達は判断していた」
「だけど、違ったんだね」
「うん、どうやらユベール家は命を失うことなく禁忌魔法を行使する方法を編み出したようだね。禁忌魔法は研究も禁止されてるから完全に違法なんだけど。……はぁ、一体何年前から研究してたんだか……」
私を抱えているのとは反対の手で頭を抱える皇帝。そっか、皇帝は長らく辺境で魔獣退治をしてたって言ってたもんね。
皇帝が戻ってきた頃には死者を出さずに禁忌魔法を使う方法は確立されちゃってただろうなぁ。
私は労うように皇帝の頭をよしよしと撫でた。
「お疲れ様」
「天使かよ」
「?」
皇帝にぎゅ~っと抱きしめられる。
皇帝……これまで労ってくれる人もいなかったのかな……。なんか可哀想。
戯れる私達を見てリュカオンが呆れた顔になる。
「……シャノンを見ているとなんだか気が抜けるな。そんな場合ではないのだが……」
気が抜ける顔でごめんねリュカオン。
そしてリュカオンはコホンと咳払いをし、話を本筋に戻した。
「そこの当主が娘に人を殺すなと言っていたのは人道的な理由ではなく、禁忌魔法の使用がバレないようにするためだったようだな」
「そんなことは……!!」
「ない、とでも言うつもりか? 娘をあんな風に育てておいて」
「―――っ!!」
流石に娘の発言がやばいっていうのは分かってるらしい。
当主も取り繕ってるだけで実際は同じような考え方なんだろうな。
「む、娘は勘当します! 禁忌魔法も娘が我々の与り知らないところで勝手に研究したことなんです!!」
「……無理な言い訳をするのは血筋だな」
ユベール家の当主を冷たく見下ろしてリュカオンが言い放った。そしてリュカオンはユベール家の当主からこちらに視線を移し皇帝を呼ぶ。
「皇帝」
「はい」
私を下ろし、皇帝が一歩前に出る。
「我々はユベール家の隠し部屋を発見し、そこにあったユベール家の裏取引などの様々な悪事の証拠、そして行方不明になっていた皇妃の結婚祝いを発見しました」
「「「!?」」」
皇帝のその言葉に目を瞠ったのはユベール家の人々だ。
隠し部屋って、王城の中にあったあれのことかな? どうやら王城内にあったってことは隠すらしい。まあ、王城の中にあったって知られちゃったら問題だもんね。
私が二回目に行った時、部屋の中はからっぽになってたけど皇帝達が回収してたのか。
「そんなものは嘘だ!」
「なぜそう思うんだい?」
「……」
皇帝が聞くと当主は口を噤んでしまった。
「だんまりか。じゃあ教えてあげるよ。そこにあった証拠品は全て自分達が回収したから、だろ?」
「!」
「残念だけど君達が回収したのは全てこちらが用意した偽物だ。本物の証拠品を全て回収した後偽物にすり替え、ユベール家だけに届くように皇帝がユベール家の隠し部屋を探しているらしいとの噂を流して偽物の証拠品を回収させたんだ」
そう言った皇帝の下に一人の騎士が駆け寄り、皇帝に何か囁いた。それに皇帝はコクリと頷くと、ユベール家当主の方に向き直る。
「我々が用意した偽物がユベール家の屋敷で見つかったそうだ。そして、禁忌魔法の使用で弱り切った者達もね」
「……っ!」
当主は何か言おうとした後、諦めたようにがっくりと肩を下ろした。
「禁忌魔法での反撃も考えてたんだけど、自分で使う度胸はなかったようだね……」
心底軽蔑したようにそう呟いた後、皇帝はユベール家の人達を連行するよう騎士達に指示を出した。
この後どうなるのかは分からないけど、衆目の前でこんな醜態を晒したユベール家はもうお終いだろう。
「―――さて、色々騒がせて済まなかったね。気を取り直してウラノスとの和平記念式典を始めようか」
ユベール家の三人の姿が見えなくなった後、皇帝が言った。
「神獣様の契約者である皇妃の祖国との和平だ。きっと、これから両国はより発展していくだろう!」
皇帝がそう宣言すると、客席から「うおおおおおおおおおおお!!!!」と歓声が上がった。
神獣効果は絶大だね。
そして、式典はつつがなく終了した。
「では、我々は帰りますね」
黒髪の枢機卿さんがそう言う。
結局教皇さん達も式典の最後までいてくれたのだ。神獣であるリュカオンも教皇さんも記念式典に参列したので、和平に異を唱える人は大分減っただろう。反ウラノスの親玉であるユベールもあんなことになっちゃったしね。
「皆さんありがとうございました」
「いえ、教皇猊下の意思ですので」
私のお礼に対して枢機卿さんがそう言うと、教会の一行はそれ以上の長居は無用とばかりに去って行った。
公の場には姿を現さないって話だったのに何で来てくれたんだろう……。
教皇さん達の後ろ姿を眺めていると、安心したのか足から力が抜けた。
「おっと」
倒れそうになったところを支えられる。
「……あ、ありがとうございます伯父様」
私を支えてくれたのは伯父様だった。
「いや、礼を言われることではない。……シャノン、こちらでは随分苦労をしたようだな」
「いえ、リュカオンがいたのでそこまでじゃないですよ」
「これまでシャノンが恵まれた環境下にいなかったのは皇帝陛下から聞いている。魔獣の瘴気の処理で中々こちらに来れず、悪かった」
魔獣の瘴気というのは、こちらに来る時にリュカオンが倒した魔獣のことだろうか。倒したまま放置しちゃったからその後始末が終わるまで道が通れなかったってことか。
……なんか、申し訳ない。まあ私達は後始末をする余裕はなかったってことで許してもらおう。
「一体誰があんな大量の魔獣を倒したのかと思えば、神獣様だったんだな」
「はい」
「……よく、頑張ったな」
そう言って伯父様はぎこちなく私の頭を撫でた。思えば、伯父様に頭を撫でられるのは初めてかもしれない。
「頑張ったシャノンに私と皇帝陛下からご褒美があるんだ……喜んでもらえるかは分からないが」
「? なんですか?」
伯父様と皇帝からのご褒美……なんだろう。
「―――シャノン様」
「!」
聞き覚えのある声に、私はバッと顔を上げた。
そして顔を上げると同時に、むぎゅっと抱きしめられる。
「アリア……ラナ……」
私を抱きしめた女性二人は、ウラノスにいた頃の侍女だ。
「なんでここに……」
「やっとこちらの国に来れるようになったので、シャノン様のお世話をするべく連れてきていただきました。家庭がある者達は断念しましたが私は独り身なので!」
「アリアはそうかもしれないけどラナは旦那さんいたでしょ?」
「旦那も一緒に連れて来ちゃいました!!」
胸を張ってそういうラナ。
「こちらの皇帝陛下も色々と尽力してくださったんですよ。最初は帝国内のごたごたのせいでシャノン様が使用人を誰も連れられなかったことを謝ってくださりましたし。……シャノン様、頑張りましたね」
アリアに優しく微笑まれ、頭を撫でられる。
すると、何か温かいものが私の頬を伝った。
「へ……」
手で頬を拭う。何これ、涙?
自分が泣いているのだと自覚すると、次から次に涙がボロボロと溢れ出てきた。
「シャノン様、一人でよく頑張りましたね」
ラナが優しく微笑んで私の頬を撫でる。そこからはもう、我慢できなかった。
「―――ひっ、うぇぇぇぇん!!」
それから、私はアリアとラナに抱き着いて大泣きした。
なんで泣いたのかは自分でもよく分からない。二人を見て安心したのかもしれない。本当は今まで自分を騙してただけで、知らない土地でずっと心細かったのかもしれない。
―――自分でも明確に理由が分からないまま、私は箍が外れたように大泣きした。