【6】またまた離宮
またか……。
滞在場所に案内された私は激しいデジャヴを感じていた。
なにせ、私の滞在場所は本城ではなく離宮だったからだ。まさか帝国に来てまで離宮に詰め込まれるとは。お飾りとはいえ私皇帝のお嫁さんなんだよね?
もうこれも運命だと受け入れて離宮に骨を埋めようかな。
流石の私もこれには遠い目になってしまう。
とりあえずお風呂だね。
こんな血まみれのボロボロじゃベッドにダイブもできない。
お風呂に入る前に軽く離宮の中と自分の部屋を見て回ったけど、部屋のレベルとしては祖国とそんなに変わらなかった。よかったよかった、自慢じゃないけど私は全体的に結構体が弱いので悪い布だと肌は荒れちゃうしちょっとの埃ですぐに咳が出ちゃうのだ。
ストレスがたまってもメンタルはなんともないけど体が早急に音を上げるという珍しいタイプのお姫様が私である。
一度死を間近に感じた私は、たとえ生活水準が下がったとしても普通に生きていければ文句言わないけどね。
この短期間で私も成長したものだ。
「リュカオン! お風呂いこ!」
「ああ」
早速リュカオンとお風呂に行くことにする。いつまでもこんな血まみれじゃいられないもの。
汚れを落とせばリュカオンは元の綺麗な銀色の毛皮に戻っていた。そういえば、リュカオンの配色は大体私と一緒だ。リュカオンは銀色の毛に紫色の瞳、私は白銀の髪色に薄紫の瞳だからほぼほぼ一緒だろう。
色が一緒なだけで物凄い親近感。
さっぱりしてお風呂を出る。するとバスタオルと着替えが用意してあった。この離宮の侍女が用意してくれたんだろう。
体を拭いて用意されていた着替えを身に纏う。
「ふぅ、スッキリ!」
「よかったな」
「挨拶がてら侍女さん達のところに行こうかな」
「いいんじゃないか?」
脱衣所から出た私は侍女さん達の声のする場所へと向かった。
「あ、いた」
「姫様!」
調理場で談笑していたらしい彼女達が慌てて立ち上がり、礼をしようとするのを手で制す。
「そういう堅苦しいのはいらないわ。これからお世話になるから挨拶に来ただけだもの」
「挨拶、でございますか……?」
侍女さん達がぽかんとする。
普通の貴族や王族は挨拶に来ないのだろうか。
「ええ、これからよろしくお願いします」
ペコリと頭を下げると、向こうも慌ててバラバラと頭を下げてくる。
そして頭を上げた彼女達の視線から、何かを聞きたそうな気配を感じた。
「えっと、もし何か質問があるならなんでも聞いて?」
私がそう言うと、少し逡巡した後に侍女の一人が口を開いた。
「あの、姫様が連れ歩かれているその狼は姫様の契約獣なのでしょうか?」
「ええ、私の契約獣よ」
堂々と自分に契約獣がいることを言えるのが嬉しい。私だって一応王族なのにずっと契約できなかったことが実は少しコンプレックスだったのだ。
お姫様らしい口調で侍女に答えると、侍女は再び質問を重ねてきた。
「その聖獣とはいつごろ契約されたのですか?」
「ええと、この子は聖獣じゃなくて神獣で―――」
そう言いかけた瞬間、侍女達の視線が瞬く間に冷たいものへと変わるのが分かった。先程案内してくれた人達と同じような視線だ。
「そうですか。お答えいただきありがとうございます。それでは私達は失礼します」
「え?」
それだけ言うと、侍女達は足早に去って行ってしまった。
明らかに私から逃げ出したことが伝わってくるのでさすがに追いかけることはしない。
……帝国、こわっ。
なんでどいつもこいつも急に態度が変わるんだろう。温度感が急に変わり過ぎて風邪ひいちゃうわ。
あ、もしかしてリュカオンが神獣だっていうのが嘘だと思われてるのかな。たしかに私の国でも神獣っておとぎ話レベルだったし、急に言われても信じられないのは無理ないかも。
でも、嘘吐いてると思われたからって態度が急にあんな冷たくなることある? この国って嘘吐くのが大罪だったりするのかな。
私が思ってたよりも国が変わると結構なものが違うのかも。これは慣れるまでに時間がかかりそうだな。
なんにしても、しばらくリュカオンを神獣だと主張するのは止めておこう。どうにもリュカオンを神獣だと言うのはこの国の人の逆鱗に触れるみたいだし。
なにより、私はいいけどリュカオンまで人の悪意に晒されるのが耐えられない。さっきも去り際に侍女が何人かリュカオンを睨んでたし。
天国にいるお父様お母様、シャノンは初日で侍女全員に嫌われました。
これからの帝国生活、嫌な予感しかしません。
そして、その嫌な予感は見事に的中した。
―――今日、これからよろしくと挨拶したばかりの侍女達だけど、結婚式の次の日から誰一人として離宮に来なくなったのだ。