【59】脳内は通常運転
人型になったリュカオンの抗いがたい神聖なオーラについ跪きそうになったけど、ふわっと私のお腹に手が回ってきて止められた。
「シャノン、お前まで跪こうとしないでくれ。我が寂しいだろ」
「リュカオン……」
暴力的なまでに神々しい美青年がふわりと私を抱き上げた。銀髪の髪に紫の瞳……人の姿だけど間違いなくリュカオンだ。やってることもリュカオンだし。
そしてひょいっと私を抱き上げたリュカオンは、自分の片腕に私を座らせた。
「ずっと立っていて疲れただろう。少し休んでいろ」
「あ、ありがとう」
みんなのつむじを見ながら休めと? と思ったけど、自分の虚弱さは分かっているのでありがたく休憩させてもらう。
いや~、でも周りの人が軒並み頭を下げている状態だと心が休まらないね。そんなことを考えながら少し疲労の溜まった足をプラプラする。
全員が跪いてると思ったけど、そのまま立っていた人間がただ一人いた。私のそっくりさんだ。
そっくりさんはキッと私を睨み付ける。だけどリュカオンも負けじとそっくりさんを睨み返した。そんなリュカオンの圧に負け、そっくりさんが一歩後ずさる。
「―――っ! わ、私の契約獣だって神獣です! この国に来たばかりの時に言ったけどみんなに信じてもらえなかったから、どうせここでも信じてもらえないだろうと思ってさっきは嘘を吐いたんです……」
絶望的な状況なのにそっくりさんはまだ諦めていなかった。そして、奇しくも私が悩んでいたのと同じような言い分だ。
だけど、リュカオンが神獣だと確定されたこの状況においてそっくりさんの言葉に耳を貸す人間は誰もいない。
追い詰められたそっくりさんは、自分の傍らにいたリュカオンそっくりの聖獣をギョロッと見る。
「あんたも人型になりなさい!」
「なにを……!」
そんなの無茶だと私が止める前に、そっくりさんに怒鳴られた聖獣は「キュ~……」と鳴いて魔法を行使した。
だけどもちろん、ただの聖獣が人型になれるはずもない。そして無理に魔法を行使しようとして力尽きたんだろう、リュカオンそっくりの聖獣がバタンと倒れ込んだ。
どうやら気絶してしまったようだ。
次の瞬間、リュカオンそっくりな姿をしていた聖獣は尻尾の先から徐々に狐の姿へと戻っていった。
気絶したことで魔法が解けたんだと思う。
「!」
そして現れた狐はとてもくたびれていて、私は無意識に息を呑んでしまっていた。
リュカオンの腕から下り、慌てて狐のもとへと駆け寄る。
とてもぐったりとしたその姿は、お腹が微かに上下していなければ生きているのか死んでいるのか見分けがつかないほどだ。相当無理をしたんだろう。
とりあえず死んでいなかったことに一安心。
―――そして、魔法が解けたのは狐だけではなかった。
私のそっくりさんがいた場所に現れた赤い髪の毛をした女性。それは間違いなくヴィラ・ユベールだ。
大人びたその顔立ちに薄桃色のかわいらしいドレスはどこか不釣り合いだった。ヴィラも自分に掛かっていた魔法が解けたことに気付いたのか、もはや演技も止めて憎々し気に顔を歪めている。
ヴィラの姿に気付いたギャラリーは再び、思い思いに話し出す。
「あれは……ヴィラ・ユベール……」
「ユベール家の令嬢が皇妃様に化けていたのか」
「大貴族がなんでこんなことを……」
もはやヴィラが私に成り代わるのは絶望的な状況だ。この場にいる誰もが私とヴィラの見分けがついてしまってる。
ヴィラももう足掻いても無駄だと分かったのだろう、もう無理な演技を重ねるようなことはしなかった。だけどその代わりに何を考えているか分からない不気味な笑みを浮かべている。
「ふふ、うふふふふっ―――あーあ、上手くいくと思ったのに」
不気味な笑い声が突如止み、ヴィラはどこか投げやりにそう言った。
「てっきりもう本物の皇妃は逃げ出したと思ってたのに。なんでこのタイミングで戻ってきたのかしら……いえ、ずっといたけれど見えてなかっただけかしら。神獣がついているならそんなこともできるものね」
どうやら一応私の動向も気にされてたらしい。いつ見にきてそう思ったのかは知らないけど、セレスの故郷に行っている時の離宮はからっぽだったし、その後は認識阻害の魔法を離宮全体にかけてたからそう思うのも無理はない。
なるほど、私がもう戻ってこないと踏んでたから皇妃に成り代わるなんて無茶な作戦を実行したのか。さっき私が現れた時ヴィラも驚いてたし。
不気味な笑みを浮かべたヴィラが足を進めながら話す。
「それに、まさか死んだと思っていた教皇も出てくるとは思わなかったわ。暗殺者にターゲットを殺したと思い込ませるなんて、一体どんな手を使ったのかしら。教会も中々薄暗いところがあるじゃない」
ヴィラの進む先にいた人々がサッとその場から離れたので、空いた貴族用の椅子にヴィラはふわりと腰かけた。
「―――さて、今なら特別になんでも話してあげるわよ?」
すらりと長い足を組み、ヴィラはそう言った。
「……なんで私に成り代わろうなんて……。ユベール家贔屓の政治でもしようとしたの?」
「うふふ、いいところを突いてるけれどまだお子ちゃまね。お父様とお兄様はそう説得したけど、私の真の目的はそうじゃないわ」
「じゃあ何?」
そう聞くと、ヴィラは宙を見ながら独白し始めた。
「私はね、何よりも美しいものが好きなの。洋服、宝石、アクセサリー、そして人間もね。美しいものは何時間でも眺めていられるし、醜いものはほんの少し視界に入るだけでも嫌」
忌々し気にそう言い放ったヴィラは一転、うっとりとした表情になった。
「そして、私は出逢ったの。この世で一番美しい人間―――皇帝陛下にね。一目惚れだった。陛下を一目見た瞬間から何がなんでも、どんな手を使ってでもこの方を手に入れるって、この人の妻になるって決めたの」
言い終わると、ヴィラは鋭い目つきで私を見た。
「だから、私は何の苦労もせずに陛下の妻の座に納まったあなたが妬ましくて妬ましくて仕方ないわ」
「言いたいことはそれで全部か」
リュカオンがヴィラを睨みながら言い放つ。
ただ、神獣であるリュカオンに睨まれているにも関わらずヴィラはどこ吹く風だ。
「ええ、これで全部よ。……言いたいことはね」
「?」
なんか不穏な響き……。
嫌な予感がすると思ったら突如、私の眼前にものすごい勢いでナイフが迫っていた。ヴィラが忍ばせていたナイフを魔法を使って投げたのだ。
―――避けられない……!!
いくらリュカオンのおかげで強い魔法が使えるようになったとはいえ、反射神経までは鍛えられない。
眼前に迫るナイフが、どこかスローモーションのように見えた。
キンッ
「―――いやいや、なに人の奥さん殺そうとしてくれてちゃってるの」
ギュッと、温かいものに抱きこまれる。
これは皇帝だ。
「しかも、俺の目の前で」
そう言って皇帝は足で弾き飛ばしたナイフを拾い上げ、その刃先を見る。
「ご丁寧に毒まで塗布してくれちゃって」
やれやれと言いたげにそう呟く皇帝。
いやいや、今皇帝ってばなにも魔法を使わずに魔法でブーストされたナイフ弾き飛ばしたよ? 一歩間違えたら自分の足に刺さるところなのに、どんな動体視力と身体能力してるんだろう。
絶対にそんな場合じゃないのは分かってるけど、思わず突っ込みたくなっちゃったシャノンちゃんでした。





