【58】神獣証明
教皇さんはそっくりさんを偽者だと証明するって言ってるけど、一体どうするつもりなんだろう。
内心首を傾げていると教皇さんの顔がこちらに向いた。ベール越しだから、顔は輪郭がぼんやりと分かる程度だ。
「―――と、その前に、これは小耳に挟んだ話なのだが皇妃様は神獣様と契約していると言っていたそうだ。二人は一見全く同じ狼を連れているが、それは聖獣か?」
「!」
何気なく切り出されたそれは、私にとって一番されたくない質問だった。
どうしよう……。
リュカオンを神獣だと言った瞬間に何人もの人に態度を変えられたのが私の中ではちょっとしたトラウマになっている。
私がどう答えようか迷っているのを感じ取ったのか、そっくりさんは先んじて教皇さんの質問に答えた。
「はい、私が連れているのは聖獣です。ここに来た当初はこの国のことに疎く、早く馴染もうとしてこの子のことを神獣だと言ってしまったんです。この国の方々がどれだけ神獣様のことを大切に思っているのかを知った今では反省しかありません……」
しおらしく言って瞳を潤ませるそっくりさん。庇護欲の誘い方が上手い。
「そうか、君はどうだ?」
私が答える番が来た。
ど、どうしよう……。
すると、私の背中がポンと叩かれた。皇帝だ。
「大丈夫だよ。素直に答えたらいい」
皇帝は私を落ち着かせるように微笑む。その微笑みに勇気をもらった私は腹を括った。
リュカオンを見ると、コクリと頷かれる。
「―――私の契約しているこの子は、正真正銘の神獣です」
言った! 言ってやったぞ!!
拳をぎゅっと握りしめ、ふんっと息を吐く。だけど、そんな私をそっくりさんはどこか勝ち誇ったような顔で見ていた。
そして、会場もにわかに騒がしくなる。
「―――どういうことだ? 神獣様?」
「本当なのか?」
「いや、さすがに嘘だろう……」
「ってことはさっき素直に謝罪したあちらの方が本物の皇妃様なのか……?」
そんな話し声が聞こえてくる。
また信じてもらえないのかと少し胸がキュッとした。そんな私の背中を大きな手がポンポンと優しく叩く。
そして皇帝は声を潜めて言った。
「大丈夫だよ。見てな」
「え?」
聞き返した私の声は民衆の騒めきにかき消されて皇帝には届かなかったようだ。
皇帝は教皇さん達の方に目配せする。
皇帝の目配せに対してコクリと頷いた黒髪の枢機卿さんは、よく通る声で民衆のざわめきを切り裂いた。
「静粛に!」
その一言で話し声はピタリと止まった。枢機卿さんもかなり上の方の人っぽいし民から畏敬の念を抱かれてるみたいだから、みんな反射的に言うことを聞いたんだろう。
いつの間にか教皇さんの斜め後ろに戻っていた枢機卿さんが教皇さんに言う。
「猊下、話の続きをどうぞ」
「ああ。―――皆、今このそっくりな二人の意見が分かれたのは聞いたな。そこで、私はこの場に来てから今までずっと我慢していたことがあったのだが、それを今させてもらおうと思う」
今までずっと我慢してたこと? なんだろう。
お手洗いくらいしか思いつかないけど多分違うのは私でも分かる。あとこの教皇さんがお手洗いに行くところが全く想像できない。
何をするんだろうと首を傾げていると教皇さん達一行はどんどんこちらに近付いてきた。
おおお、圧がすごい。
思わずしゃがんでリュカオンに抱き着いてしまった。当然、私の顔は立っている教皇さん達よりも大分下の位置にくる。
だけど次の瞬間、教皇さん達の頭が私達よりも下にいた。
「―――え?」
なんてことはない。教皇さん達が私達……というかリュカオンの前に跪いたのだ。いやなんてことあるよ!
思わず自分で自分の思考にツッコんじゃうくらいに私は混乱していた。
いやだって、皇帝と並ぶほどの権威の持ち主が目の前で跪いてるんだよ? 夢なんじゃないかと思ってリュカオンに抱きつく。あったかい。クンクンと匂いを嗅いでみる。うん、もふもふ特有のいい匂い。
どうやら夢じゃないみたい。目をくしくしと擦って見ても同じ光景が広がってるし。
「わぁかわいい」
「?」
小さい声で何かが聞こえた気がして上―――皇帝を見る。だけど「どうしたの?」と言わんばかりの澄まし顔をされてしまった。空耳だったのかな?
そして私が視線を戻すのと、教皇さんが口を開くのは同時だった。
「―――ご挨拶が遅れて申し訳ありません神獣様。お姿を拝見することが叶ったことに我ら一同、幸甚の至りにございます」
「うむ」
相手に合わせてかリュカオンも少し仰々しい返事をした―――と見せかけてこのお返事の仕方は通常運転だ。
リュカオンももう声を出してもいいって判断したみたいだね。
「し、喋った……!!」
「言葉を発する聖獣なんて聞いたことないぞ」
「じゃあ本物の神獣様なのか?」
「いや、ウラノスの特殊な聖獣かもしれないぞ」
「だが猊下が跪かれているんだぞ。それが何よりの証拠じゃないのか?」
教皇さんの行動にギャラリーも混乱を極めているようだ。
そして、そっくりさんも。
教皇さんが跪いたことに驚愕したように何度か口をパクパクさせた後、そっくりさんはようやく声を発した。
「そ、そうですよ! 確かに言葉を発したくらいでは神獣の証拠としては弱いです。失礼ながら猊下が頭を下げたのだって十分な証拠にはなりません!!」
必死に訴えるそっくりさんは、今の発言で信仰心の厚い人達の反感を買ったことには気付いていないらしい。
「……そうか。では、人の姿になることができたら?」
「へ? そんなことできるわけが……」
「ミスティ教に受け継がれる神獣様についての書の中には、神獣様は人の姿をとることもできると記されている。どんなに特殊な聖獣でも人の姿をとることができないということは皆分かっていると思う。つまり、今ここでこちらの神獣様が人の姿をとることができたら、それが神獣であるという証拠だ」
そっくりさんを見据えて教皇さんが言う。
だけど、それを聞いたリュカオンは眉間にシワを寄せた。
「なぜそれが教会の書物に残されているのか知らんが、人型になるのは断る。なぜなら、我らはもう二度と人前で人の姿になることはしないと決めたからだ」
どこか悲しみを帯びた、低い声でリュカオンが言い放った。
そして、それを聞いて喜んだのは私のそっくりさんだ。
「ふふ、やっぱりそんなことできないんじゃないですか。やっぱり神獣様と偽っているけどあちらが連れているのはただの聖獣なんですよ」
みんなに聞こえるようにか、一際大きな声でそっくりさんが言った。それに応じて民衆の騒めきも再び大きくなる。
再び私を疑う声が大きくなったことにリュカオンが少し俯いた。私はそんなリュカオンの頭をよしよしと撫でてあげる。
「リュカオンいいよ。リュカオンがやりたくないことなんてやらなくてもいいの」
人間の姿になれるなんて私にも隠してたことなんだし、どんな理由があるのかは知らないけどリュカオンにとっては絶対のタブーなんだろう。
私はそんなに嫌なことをリュカオンにやらせる気はない。
リュカオンはグッと少し声を漏らすと、大きく息を吐いた。
「ハァ~、すまないシャノン、やはり人型になろう。むしろ、我が最初からそうしていればこんなことにはならなかったのかもしれない。ただし、我が人型を見せるのは今回の一度だけだが」
「え? リュカオンいいよ! リュカオンに何かあったら……」
「いや、人型になったところで我の体はなんともない。ただ苦々しい記憶を思い出すだけだ」
そう言ったリュカオンの声には、どこか後悔の色が滲んでいた。
決断から行動までが爆速のリュカオンは、私に四の五の言われる前にと思ったのか次の瞬間、眩い光を放ちながら人の姿に変化した。
「!」
眩しさに一度目をギュッと瞑り、光がおさまってきた頃にゆっくりと開く。するとそこには、おおよそただの人間ではありえない程の神々しさを纏った男性が立っていた。
リュカオンの毛の色と同じ銀色の髪に、紫色の瞳をした男性を見た瞬間、人々は自然と膝を突いて頭を垂れた。
私も人型リュカオンに止められなきゃ同じことをしてた自信がある。それ程までに、リュカオンの纏っている神聖な雰囲気は絶対的だ。
―――そしてもはや、その場にリュカオンが神獣ではないと疑う人間は誰もいなくなっていた。





